四.警察官、闇(?)の仕事をしたること

 翌日の夕方。桃子の職場である交番に紡とつばき、そして来田姫子が集っている。

紡は黒衣の紳士で探偵な夢幻の美青年みたいな格好で桃子のデスクの椅子に、つばきは紺の服に真紅や胆礬たんば色の装飾が美しい中国貴州きしゅう省に居住するプイ族の衣装に身を包んで宿直フロアに続く段差に、姫子は撫子なでしこ色のワンピースに紅樺べにかばのジャンパーを羽織って来客用の椅子にそれぞれ腰掛けている。桃子は今お茶を淹れに奥に引っ込んでおり、珍しく静かな交番の時の流れを示すように姫子の手の中で風車も止まる。


「その風車、どうしたんですか?」

「クラスの武くんっていう子が作り方を教えてくれて、お昼休みはいつも一緒に作るの」

「へぇー! 手作り! よく出来てますねぇ〜」


中学生幽霊と小学生少女が仲良くしているのを、紡は静かにラジオかのように聞いている。するとそこに、桃子が奥からつばきの横をすり抜け、盆を持ってやって来る。


「よくぞ集まって下さいました。お茶と最中もなかです」

「まさか勤務時間中に始めようとはね。不良警官だこと」

「子供の前で滅多なこと言わないで下さい!」

「桃子ちゃん不良なの?」

「ほらー! もう悪い言葉覚えた!」

「でも問題は君が不良かどうかじゃない」


紡は椅子が無くて中央にの桃子にずいっと迫る。


「な、なんでしょう……」

「どうして仕事が終わった後じゃなくて、こんな時間に始めようというのか。どう思うつばきちゃん?」


紡はつばきの方を振り返る。つばきはわざとらしく顎に手を当てて考える。


「桃子さんには仕事が終わってから行動出来ない理由がある、と考えるのが妥当ですね」

「よろしい。その理由とは?」


つばきは顎から手を離すと、壁掛け時計の下に周った。


「まず桃子さんが仕事を終えた時の条件を考えましょう。スタンダードな九時十七時勤務で考えた場合、桃子さんの勤務終了時、この季節なら辺りは真っ暗です」

「つまり?」

「小学生の娘さんを、親御さんの許可無く外には連れ出せない時間です。いかに桃子さんが社会的信頼を担保されている警察官でも、理由を黙ったままでは不可能です」


紡も腕を組んで大きく頷く。


「確かに」

「逆説的に、そこをクリア出来ているなら退勤後、いえ、そもそもいつもの仕事のように休日にお宅を訪ねればいいんです」

「うん。そこから導き出される答えは?」


つばきは目深に被ったプイ族独自の帽子を軽く上に上げる。


「桃子さんは私達のことについて親御さんの了解を得られていない、もしくは最初から話してすらいないと考えられます」

「よろしい。親御さんの了承も無く勝手に首を突っ込んで面倒になりたくはない。帰る」

「待って待って待って下さい!」


席を発った紡に桃子は慌てて取り縋る。


「今回は私が依頼人だからいいでしょ!?」

「それが許されるなら私も桃子ちゃんの両親の了承無く業者に君の臓器売買を依頼出来ることになってしまうよ」

「それはまず本人の了承いるでしょうよ!」

「あは。一体どれだけの臓器売買が本人の了承あると思ってるんですか?」

「そういう闇社会の話はいいですから!」


桃子は紡を無理矢理椅子に座らせる。


「まぁまぁ、別に悪いことするんじゃないですし。悪霊憑いてるかどうか見るのなんて一瞬で済むでしょう?」

「自分じゃ出来ないくせに、簡単に言ってくれるね」

「私、お化け憑いてるんですか……?」


知らない大人に緊張してか、単に一連のやり取りにドン引きしていたのかずっと黙っていた姫子が口を開いた。訝しむような、不安がるような響きをしている。


「あっ、いえっ、そんなんじゃなくてですね?」


桃子が慌てて取り繕おうとするも、


「そうだよ、あの警察官のお姉ちゃんは君に怖〜い幽霊が取り憑いているかも知れないって思ってるんだよ〜!」

「がおーっ!」

「ちょっ! 二人して何言ってるんですか!」


紡とつばきが余計なことを言って怖がらせようとする。いや、つばきのに関しては意図すら分からない。


「もう! いいから早く始めて下さい!」


遂に桃子が大声を出し始めたし、何よりこんな意味不明な場に姫子をいつまでもいさせるのは可哀想なので、紡は仕事を始めることにした。






「あの……」

「すぐ終わりますから。多分」


桃子が姫子を宥める。さっきから紡は、姫子を椅子に座らせて前後左右や頭の上から覗き込んでジロジロと見ている。それだけでは飽き足らず、


「口開けて」

「あー」

「別に内科検診じゃないから黙ってていいよ」


しばらく姫子にそうさせたかと思えば、


「ちょっとこれ飲んでくれる?」

「ちょっとちょっと、怪しいものじゃないでしょうね?」

「桃子ちゃんが私に依頼したくせに、よくそんなことが言えるね」

「はぁい姫子ちゃん。ただのお水ですから安心して飲んで下さいね〜。苦くないですよ〜」

「本当?」

「ほんとほんと」


つばきが姫子に水を飲ませて、


「で、なんなんです?」

「しばし待つ」

「えー……」


「何も起きませんね?」

「起きないね」

「なんだったんですか」

「次。ちょっと窓閉じて」

「はいはい」


今度は香炉を取り出して、


「何するつもりですか」

「見て分からないの? お香焚く」

「火気厳禁! というか怪しいもの焚く気じゃないでしょうね!? 阿片あへんとか!」

「阿片? 最近社会で阿片戦争って習ったよ!」

「流石に私もリアルタイムで見ていない時代です」


阿片戦争で盛り上がる小学生女児と中学生女子(幽霊)という嫌な絵面を横目に紡は良い匂いの煙を焚き始め、


「で、どうするんです?」

「しばし待つ」

「土鍋でお米炊いてもこんなに待つ工程多くないですよ」


「何も起きないじゃないですか!」

「ありがとう姫子ちゃん。もう帰っていいよ。気を付けてね」

「あっはい」

「えぇ!? マジでなんだったんですか!?」

「桃子さん送って行ったらどうですか?」


急に終わってしまった。

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