六.妖怪の成り立ち

 その後ひったくり逮捕の件については応援を呼んで適当に済ませた。「ぬ」のお手柄を伝えて表彰ものにでもなったら身元とか調べられて逆にマズいので、謎のイケメンお兄さんシンイチが颯爽と解決して颯爽と去って行ったことにした。


「ね、ね、桃子! ぬー役に立った?」

「立ちましたけど、ああいう危ない真似はもうしちゃ駄目ですよ」

「褒める?」

「褒める褒める」

「えへぇ、ぬー、褒められるの、好き!」

「はいはい」


桃子は「ぬ」の頭を撫でてやりながら紡邸に向かった。






「やぁ、いらっしゃい。うちに来るのは久し振りな気がするね」

「寂しかったですか?」

「馬鹿な」


ここは紡邸。玄関からお邪魔しようと思ったら縁側にいる紡が見えたので、桃子と「ぬ」はそちらに直で乗り込むことにした。夕日を浴びて足の爪を切っていた紡は、歩いている二人を見付けるとわざわざ立って出迎えてくれた。トマトジュースのイラストが描かれたTシャツにクリーム色の膝下ハーフパンツという寛いだ格好の全身像がオレンジがかる。

桃子達を縁側から上げると紡はまた爪切りを再開する。


「夜になる前に切らないと、親の死に目に逢えないからね」


紡さんの親って日本香港イングランド何処にいるんでしょうね、桃子はぼんやり思いを馳せた。






 リビングに入ると夕飯の用意を済ませたつばきがエプロン片手に戻ってくる所だった。白地に『ゲバラ焼き肉のたれ』と書かれたTシャツはサイズが大き過ぎるようで半袖が肘まで覆い、ホットパンツでも履いているのかボトムスが裾で隠れて見えない。


「あは。ここで桃子さんを見るのは久し振りですね」

「私もつばきちゃんのお料理食べるのは久し振りです」


桃子がつばきと抱擁していると爪を切り終わった紡もリビングに入って来た。紡は「ぬ」を見るとテレビを点けた。「ぬ」はN○K教育を見ている間は大人しくしているのが分かっているからである。画面では早速彼女のお気に入り番組が始まっている。


『やぁ、あっしだよ。埴輪ハオちゃんだよ。今日はゴミ拾いのボランティアだよ』


「ぬ」が無害な存在になったのを確認してから紡は椅子に座り、桃子にも着席を勧める。


「で、最近その子の世話に忙殺されてた桃子ちゃんがわざわざ来るとは、何かあったのかな?」

「そうなんですよ。あの子今日、急に不思議なことを口走って。紡さんならそこから正体が分かるかも知れないな、と」


桃子は本日のひったくり事件の一連の出来事を紡に話す。


「……それであの子が急に『ひひひひひ! 夜業すんだか釣瓶下ろそか! ぎいぎい!』って、笑いながら大声の怖い声で」


桃子がそこまで話すと、紡とつばきは顔を見合わせる。


「どうかしましたか、お二人共?」

「紡さん、今の台詞って」


つばきの言葉に紡は大きく頷くと、桃子の方を向き直って軽く身を乗り出す。



「あの子の正体は、『釣瓶落とし』だね」



「……笑◯亭?」

「お前を井戸に落としてやろうか?」

「勘弁して下さいっ!」


桃子が身を縮こまらせると、紡は溜め息を吐いて仕切り直した。


「釣瓶落としは木の上から急に落ちて来る妖怪だよ。そして桃子ちゃんが聞いた台詞を大笑いしながら発すると言われている」

「木から! 道理で高い所に登りたがるわけです」

「うん」

「しかし、だとするとおかしくありませんか?」


紡の話につばきが首を傾げる。


「何がですか?」


今度は桃子が首を傾げる。


「釣瓶落としは文献によれば大きな首だけの姿か、釣瓶火と言って顔の付いた火の玉みたいな見た目をしていると伝えられています」

「某動く城のカ◯シファーみたいな?」

「そうそう、みたいな」


話が逸れかけているので、紡はわざわざテレビに夢中の「ぬ」の背中を指差す。


「ところがあの子は顔が大きくもなければそもそも五体満足。確かに矛盾しているね」

「文献が間違ってて、実際は五体満足だったのでは? もしくはたまたま見たのがそんなのだっただけとか」


桃子の反論に紡は背もたれに身を預けながら答える。


「『べとべとさん』って妖怪知ってる?」

「なんですかその絶妙に怖い都市伝説みたいなネーミングは」

「全然怖くないよ。暗い夜道を歩いているとずっと姿無く足音だけで付いてくる妖怪。特に危害は加えてこない」

「いや、夜道でストーキングされたら十分怖いですよ」

「そこはどうでもいい」

「どうでもいい、って……」


紡は左手を、人差し指と中指で二足歩行する手遊びの要領でテーブルに立たせる。


「この話のミソはね、べとべとさんの成り立ちにあるわけだ」

「成り立ち」


紡は右手も同じ手遊びにして、左手の真後ろに配置する。桃子はその縦列を横から見ている具合になる。


「べとべとさんという妖怪は、人間が暗い夜道を歩く時『もしかしてこの暗闇の中を何かが付いて来てるんじゃないのか?』と些細な物音や気配にも怯える心理から産まれた存在なんだ。多くの人が『何かいるかも』と思ったことによって」

「何かに似ていると思いませんか?」


つばきの付け足しに桃子は手を打った。


「あっ、『呪』……」

「その通り。妖怪の成り立ちは『呪』と同じと言っても差し支えない程酷似している。つまり、だ。例え釣瓶落としの実態が五体満足だとしても、人間が首だけの妖怪と認知してしまえば容易にそちらが『本当』になる。妖怪とはそういうものなんだ」


桃子は「ぬ」の方を見る。首だけじゃない、明らかに少女の形をしたそれはお目当ての番組が終わってザッピングをしている。


「でもあの子は……」

「うん、五体満足だ。つまり、いつしかの予想通り彼女は釣瓶落としとして未完成というわけ。原因が気になるし、も重要だね」


紡はゆっくり椅子から立ち上がると、「ぬ」の横に腰を下ろした。「ぬ」もそれに気付いて紡の方を見る。紡は「ぬ」の目を真っ直ぐ見詰める。


「ねぇ、君が生まれた所に案内して欲しいな」

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