十一.これにて一件落ちゃ

「さて、こんなところかな」


紡は手をパンパンッと払った。たった今、土地神と水神の社へ、祝詞の奉納と野菜のお供えを終えたところである。


「これで解決ですか?」

「まぁ二柱ふたはしらともご納得いただけたようだし、治まるでしょ」

「あは。じゃあ平野さんへ報告に戻りましょうか」

「それに一応、井戸の確認も必要だからね」


一行は機嫌良く車を飛ばして、藤原宅へ戻った。


「じきにこの道にも人通りが戻って、こんな好き放題には飛ばせなくなるだろうね」






 一行が藤原宅に戻ると、平野は律儀にそこで待っていた。勝手にお茶を淹れて煎餅齧ってはいたが。まぁ不在の間の家を任されているのだから、気心の知れた仲なのだろう。多分。


「おや、お帰りなさい」

「ただいまです」

「なんか旅館みたいなやり取りしてますね」

「この家なら民宿は出来そうですよ」

「つばきちゃん将来悪いコンサルになってそうですね」

「あは〜? なんで悪いの確定〜?」

「怖い怖い怖い!」


それ大丈夫か? と言いたくなるような首の角度で、脳天をぐりぐり押し付けながらこちらを見上げるつばきにおののく桃子、を無視して紡は、井戸のある家庭菜園に向かった。それを室内から見ながら平野は、


「お嬢さん方、お茶と煎餅は如何ですか?」


と、ちゃぶ台に載った空の湯呑みと、木製のお盆を寄せてくる。


「この土地で採れた茶でも米でもなし、安全だと思いますよ」

「あぁ……、なんか紡さんの言葉で変にお気を遣わせてしまって、申し訳ありません……」

「お気になさらずお気になさらず」

「紡さーん! とお茶いりませんかー!?」


つばきが井戸の辺りをウロウロしている紡の背中に呼び掛ける。が、


「あは? 聞こえてないのかな?」

「珍しいですね。あの食い意地張った紡さんが、食べ物のことを聞き逃すなんて」

「桃子さんに言われたら終わりですよ」

「なんと!?」


そうこう言っている間も、紡はこちらに来る気配が無い。井戸の中を覗いたりしている。


「どうしたんでしょうね紡さん。コンタクトレンズでも落としたんでしょうか?」

「あの人裸眼ですよ。ちょっと行ってみましょうか」


つばきが庭に降り立ったので、桃子もその後に続く。二人がナスとマクワウリの間を抜けて後ろに来ると、紡は一所懸命縄を引いて、釣瓶を上げているところだった。


「どうしたんです? さっきからそんなに。お茶冷めちゃいますよ? 煎餅全部食べちゃいますよ?」

「何か気になることでもありましたか?」


紡はつばきの問いにも振り向かない。


「桶、上がって来たから取ってくれる?」

「あ? えぇ、はい」


桃子が桶を直接手掴みで引き上げると、紡は首を伸ばしてその中を見る。


「どうしたんですか?」

「……おかしい」

「はい?」


桃子も水を見てみる。確かに一度ぶち撒けた時と同じように、濁ってはいるが……。


「こりゃ工事自体が杜撰で水が汚れてるんでしょう? いくら神様に了解もらっても、そんな魔法みたいに綺麗にゃなりませんよ」

「そうじゃない」

「は?」


紡は鋭く冷たい声を出した。そして桃子から桶を受け取ったかと思えば、水を井戸に戻してしまう。


「どうしたんですか? あ! まさか!?」

「うん」


紡は井戸の底を眺めるように目線をやりながら、小さく頷いた。


「水から『呪』が抜けていない……」


紡は煙草を取り出し咥えたが、つばきと目が合って箱に戻す。桃子はその一連の動きを目で追いながら問う。


「……ミスしました?」

「そんなはずは、ない」


紡は腕を組んで唸る。つばきもその顔を覗き込む。


「神様連中が本当には許してなかったとか?」

「そんな馬鹿な……」

「しかし心理戦、駆け引きと言うからには、相手が騙してくることも無いとは言えません」

「むむ……。でも、卑怯な嘘を吐くのは人間くらいだ。多くの存在はそれを必要としない」


話が行き詰まり始めたので、桃子は空気だけでも変えようと試みた。


「と、とにかく、一旦お茶でも飲みましょうよ。落ち着いたら何か思い付くかも知れませんし」


桃子が家の方に腕を引っ張ると、紡も自由な方の腕で頭を掻いた。


「うーん、そうするしか、かぁ……」






 せっかくのお茶と煎餅だが、紡は「味がしない」とでも言うような顔をしている。平野も最初は、何がどうしたのか聞きたそうにしていたが、今は「そっとしておこう」という感じで縁側にいる。

桃子も同様で、紡に何か話し掛けたいところだが、今は目を合わせるのも居心地が悪い。それでゴロリと仰向けになって向こうの視界から外れつつ、あちこち目線を動かしているわけだが、


「あ」

「どうしました?」

「いや、この家は仏壇じゃなくて神棚なんだな、って」

「あぁ」


つばきも桃子の目線の先へ目を向ける。そこには壁の天井近く高い位置に架けられた、神棚がある。


「紡さんにくっ付いてあちこち行ってるとよく見掛けますけど、やっぱり仏壇より珍しいですよね」


桃子は神棚を、より正確には供えてある美味しそうな饅頭を見る内、あることに気が付いた。桃子はパッと状態を跳ね起こす。


「あ、そうだ。紡さん」

「何」


桃子は紡の方を見ながら、神棚を指差す。


「神棚って何処かの神社の分社みたいなものでしょ?」

「雑に言うとね」

「分社ですよ分社! きっと土地神とか水神に分社があって、そっちの方がお怒りなんですよ!」


力説する桃子へ、つばきが呆れた目線を向ける。


「桃子さん。神様は分社末社で偏在しつつも、全て同一の存在です。そんな脳みそ二つのケルベロスの喧嘩や、ロックバンドの方向性の違いみたいなのは起こしません」

「あ……、そうですか……」


桃子、一瞬で散る。いい考えだと思ったのに……、俯いてしまう彼女だが、横目で紡の方を見ると案外


「ふむ……」


顎に手を当てて思案顔をしている。


「どうしました紡さん?」


紡は桃子の方を見ずに、思案顔のまま呟く。


「いや、他の神社っていうのは、案外いい線なんじゃないかってね」

「本当ですか!?」


桃子が身を乗り出すと、紡はやっとこっちを見て爽やかな顔を見せた。


「もちろん桃子ちゃんが言ってるのは違うけどね」

「がくっ」

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