急.
その晩は上機嫌でお祝いみたいなピザを買って来た紡。逆に機嫌悪い時よりパカパカ煙草吸って早い時間からぐっすり眠った。そのご機嫌具合は桃子がふざけて
「お休みのちゅー♡」
と腕を広げたら応えようとしてくれたくらいである。その後紡は逃げようともがくつばきを、がっちり抱き締めて寝た。
「怖いぐらい気分上がってますねこの人」
「あはぁ……」
翌日の昼頃には嶺井が頼まれていたデータをまとめて食堂に持って来た。さすが自衛隊、休みの面子も返事が速かったようだ。
紡はそれを確認すると、
「思った通りだ」
軽く手を叩いて椅子から立ち上がった。
「どちらへ?」
「ふふ、後は艦長の了解を得るだけ。と言うわけで艦長室へ行くんだよ」
「艦長の?」
紡は上機嫌で廊下に躍り出た。
さて艦長室。先日に引き続き詰めている源田をノックで呼び出す。彼が出て来たのは一分程経ってからだった。
嶺井が小さく
「『入れ』じゃないんだな」
と呟くと
「あは。女性に見せられないものでもあるんじゃないですか?」
つばきがポロッと返事してしまったので嶺井がすごい顔で桃子を見た。
「今の……」
「う゛っ! う゛ん゛! あーあー、あはっ☆」
桃子必死の誤魔化しで、嶺井は首を傾げつつも視線を源田に戻した。
「どうかなさいましたか、陽さん?」
「はい艦長。お願いがあって参りました」
「お願い?」
紡は斜め上、艦内神社を指差した。
「あちら、動かしてもいいですか?」
「艦内神社を、ですか……?」
「はい」
紡はにっこり笑う。
「あれが一連の騒動の原因なんです」
「なんと!?」
誰よりも大きい声を出したのは桃子である。
「桃子ちゃんうるさいよ」
「そ、そんなこと言ったって、今までずっと乗組員さんの霊を探していたのに、急に神社!? しかも船乗りを守ってくれるはずの艦内神社!?」
桃子の言葉に源田も小さく頷く。
「金子の仕業でないのは朗報だが、どうしてその結論に至ったかご説明いただきたい」
「もちろんです」
紡はタブレットを取り出した。そして全員に見えるようにして動画を再生する。
「これは?」
「設置していたカメラの録画で、怪異があった瞬間だけをまとめたものです」
「あぁ、あの紡さんが前見ていた……」
「あれとは違うよ。これは新しいの」
流れている映像には二つの画面が並んで映し出されている。左はその怪異が起きている現場。そしてもう一つは、
「これは……、医務室前かね」
「その通りです」
そこには掲示板を熱心に眺めている乗組員の姿が。
画面が切り替わる。左では乗組員の頭にバケツが飛び、右ではまた誰かが掲示板。次には左の画面が大きく揺れ、右ではコーヒー豆を溢す男。
「お分かりですか?」
「……いや」
「本艦で何かしら怪異が起きた時、必ず医務室前に誰かがいるのです」
「ほう?」
「こちら、嶺井さんがまとめて下さったデータです。この艦で起きた全ての怪異での乗組員の居場所が記載されていますが、バッチリ医務室前に人がいます」
紡は大学ノートを源田に押し付ける。彼はそれを受け取ると開かずに取り敢えず持っておく。
「分かった。確認は後でするとして、今はその論説を信じよう。それで、何故それが艦内神社に関わって来るのかね?」
源田の疑問に、紡は真っ直ぐ頭上を指した。
「艦長室の上は何処でしょう?」
「上? 上は」
「医務室……」
思わず呟いたのは嶺井だった。紡はそれに大きく頷く。
「そうです。桃子ちゃん、いつかのうどんの話覚えてる?」
「うどん? あの踏んで主従を決めるとかいう……?」
「そう。そして踏み過ぎると反発や逆襲を招くという」
「ま、まさか」
紡とつばきを除く全員が艦内神社を見上げる。言葉にしたのは桃子だった。
「上のフロアの医務室前に立つことが、艦内神社を踏み付けることになっていたって言うんですか!?」
「そう。だから誰かが医務室前に来ると怪異が発生したんだ」
源田が少し動揺しながら
「し、しかし、本艦が出航した当初から医務室前に訪れる乗組員はいくらでもいたが、怪異が発生するようになったのは金子が死んでからだ」
紡は顔の横で両手をひらひら振る。
「それもうどんと同じ。踏み過ぎない内はうどんも固くならないように、神社の方も最初は我慢してくれていたんでしょう。艦内神社という構造上仕方無い面はありますから」
紡は艦内神社を見上げた。
「しかし本来神棚や仏壇はその建物の最上階に安置するもの。艦内神社は艦長室前や食堂みたいな人が集まり易い所に置く慣習があるそうですし、そういう意味では神棚の配置としては正しいのですが、やはり階下は良くない」
紡はまた源田の方に向き直って、ダメ押しの完璧満面作り笑いを叩き付けた。
「というわけでこちらを艦橋の方へ御遷居させたいのですが、よろしいですか?」
その後紡によって艦内神社は『なか』の最も高い位置に移され、試しに桃子が医務室前に立っても怪異が起きることは無かった。
こうして仕事を終えた一行は、源田以下『なか』の乗組員達に見送られてタラップを降りた。今は早くなった夕暮れの中、駐車場である。
「いやー紡さん、そう言えば犬神の時もそうでしたけど、踏むのって本当に怖いんですねぇ」
「そうとも。これからは足元にも頭上にも気を付けるんだね」
紡は車のエンジンをかける。桃子は少し不安そうな表情で助手席に座る。
「ところで、神棚や仏壇は一番高い所にって話ですけど、マンションとか集合住宅はどうしたらいいんですか?」
「あは。そういう場合は神棚や仏壇の上の天井に『天』とか『雲』とか書いた札を貼って、『ここが一番上ですよ、この上にはもう雲しかありませんよ』っていう形を取るんですよ」
「はえー」
つばきの答えに紡も大きく頷き、桃子も安心したのを見届けてから
「桃子ちゃんもSMプレイ以外で踏みつけるのはやめようね」
「してませんが!?」
グンッとアクセルを踏み込んだ。すると
車は一瞬エンジンを唸らせたが、すぐにうんともすんとも言わなくなってしまった。
「あれっ? エンストした!?」
慌てる紡を見てつばきは笑う。
「あは。アクセル踏み過ぎて車に叛逆されてるじゃないですか」
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