十三.紡と桃子、椿館にて幽霊の中物したること その一

 朝が来た。顔を洗い歯を磨き、お化粧して寝巻きのジャージから着替えて桃子の準備は整った。

紡は桃子が起きた時には既に万事整えて、コーヒーを飲みながら紙に何か書いていた。


「桃子ちゃんも飲む? つばきちゃんが淹れてくれたんだよ」

「あ、いただきます」


紡はカップにコーヒーを注ごうとして、


「あ、もう無いや」

「何なんですか!」

「じゃ、行こうか」


紡が紙とペンを懐に仕舞うと、いよいよ広間へ向かうこととなった。


「緊張しますね」

「掌に人って三回書いて飲んだら?」

「それって効くんですか?」

「効くと思い込んでりゃね」

「何と言う……」






 広間に行くと既に有原、荻野、薫が円卓に着いている。桃子もそれに列しようとしたが、紡に袖を摘まれた。


「私達は、あっち」


指差す先には、碁盤の乗った丸テーブルがあった。


「えらく離れた所に座るんだな。推理ドラマじゃ犯人の位置だぞ」


有原が挑発的な声色を掛けるも、紡は相変わらず微笑むのだった。


「お構い無く」


そして懐から紙を取り出し、碁盤の裏にそっと貼った。






 やがて美知留、その後大島が現れ円卓に着いたので有原が大きく息を吸って立ち上がった。


「じゃあ始めようじゃないか。誰が幽霊か、最後の話し合いを」

「つばきがおらんな」


荻野が相変わらずステッキを鳴らす。


「別に待つ必要なんかぇよ」


有原は腰を下ろすと


「まずは俺から」


と続けた。


「俺はあれから色々考えたんだが、幽霊はそこのさくら・オースティンだと思う」

「えっ!?」


思わず桃子が声を上げると、美知留がジロリと有原を見た。


「ふーん、随分な心変わりじゃない」

「あれから考えたんだよ。『幽霊と分かる行動』について。それは結局分からなかったんだが、その観点で行くと怪しいのはただ噛み付いて来ただけのあんたより『幽霊が行動し易いようバラけよう』とか言ったり、昨日の夕飯での会合の中座や今の座ってる位置みたいに周りからひたすら距離を取ろうとする。まず人間ならしないような言動だ。もしかすれば、それこそが『幽霊と分かる行動』なんじゃないのか?」


じっと有原が紡を見据える。対する紡はそちらを見もせず碁石を摘み上げて眺めている。


「つ、さくらさん!」

「みんなはどう思うんだ! 俺の意見に賛成か、それとも他の誰かが幽霊だって決定的な確証があるか!」


有原が全員を見回すと、


「いや、私はそれに賛成しよう」

「僕も確証がある意見は無いかな……」

「わ、私には何も分かりません!」


と目線を下げる。


「じゃあ隣の沖田さんも幽霊なわけ?」


美知留が問うと有原は頷いた。


「ニコイチだからそうだろう。オースティンが彼女にも見廻りさせたのも人間側を監視する為に違いない」

「ふーん。そう言われてるけど、お二人は反論ある?」

「それは……」


このままは幽霊にされてしまう!

気圧される桃子に紡が何処吹く風と言った態度で呟いた。


「そう言えば桃子ちゃん、私は繰り返し君に幽霊が誰か考えるよう言ったけど、宿題は解けたのかな?」

「あっ」


それに反応して桃子は椅子から立ち上がった。


「そう! そうなんです! 私、幽霊が誰だか分かったんです!」

「何だって!?」


有原が驚きのあまり椅子をガタッと鳴らす。


「確証と言うか、『幽霊と分かる行動』も分かったんです」

「ほぅ」

「聞かせてよ」


荻野はステッキで床を鳴らし、大島は身を乗り出す。持論を妨害されると立腹するのがパターンの有原も、


「言ってみろよ」


と背もたれに身を預けた。


「では僭越ながら」


桃子は小さく咳払いをした。


「一人だけ怪しい、と言うよりおかしい人物がいるんです。辻褄が合わない人物が」

「辻褄ですって?」

「はい。まず、有原さん」

「なんだ」

「貴方、折に触れて杉本さんと衝突しては、言い方良くないですが『このアマ!』って仰いますよね?」

「そうだな」

「つまり有原さんは女性に腹を立てると『アマ』と罵られる。そんな有原さんは最初の会合で周りが席を立つ時、杉本さんに対しては『このアマ』と仰り、その後別の人には『の野郎』と仰いました。つまりその相手は男性なんでしょう」

「それが何だよ」

「その上有原さんは一度私の部屋に押し掛け、私とさくらさんと杉本さんを指して『女性はみんな引っ掛かる』とも仰いました。次に杉本さん」

「私?」

「貴方、私がお部屋にお邪魔した時、髪の毛についての思い入れを語って下さいましたね」

「そうね」

「その時杉本さん、他の女性の髪の毛を話題に上げました。片方はさくらさん。『髪が綺麗』と仰いました。そしてもう一人のことは『手入れが大変そう』と」

「それがどうかしたの」

「さくらさんはボサボサ一歩手前のエアリーボブです」

「おい桃子ちゃん」

「それに対しては手入れが大変そうとは仰らなかった。髪型は難しいですが長さ自体は短髪だからでしょうかね。その価値観の方が手入れが大変そうと思うのは、おそらく結構なロングヘアーとかじゃないでしょうか? 次に大島さん」

「僕も?」

「貴方、お昼食べてる時、こう仰いました。『殺されるなら美人か美形の幽霊がいい』と」

「いやぁお恥ずかしい」

「これも二人の人物を引き合いに出して仰ったことです。その上で『美人の』ではなく『美人か美形』とカテゴリを分けて仰いました。『美人』と『美形』の違いって何か考えてみたんです。そしたら、よくテレビなんかで女優さんは『美人』って表現するけど、男性アイドルなんかは『美形』って言うよなって思い付いたんです」

「確かに」

「その時引き合いに出されていた片方はさくらさんです。ご覧の通り女性なので、もう片方が『美形』、男性ということになるでしょう。最後に荻野さん」

「む……」

「貴方は昨日のおでんである人物が『ピンクの練り物が可愛い』と言った時、『似合わない、意外』と仰いました」

「反省はしている」

「まぁその仰り様も分からなくはないんです、相手が男性なら。性差別ですけど。でも女性に対してピンクや可愛いものが好きなのをそこまで驚くことは普通しないんじゃないでしょうか。ピンクはともかく、可愛いという価値観は特に」

「それはもちろん、女性は可愛いものが好きだろう」

「はい、纏めるとこうです。有原さん荻野さん大島さんには男性に見え、杉本さんには髪の長い女性に見えている人が、幽霊が幽霊と分かるようにがいるんです。もうお分かりですね」


桃子はさっきから一言も発さない人物に視線を向けた。


「会沢薫さん。貴方、私にはボブカットの女性に見えていますが、本当は何者なんですか?」

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