二.桃子、蛙を引き具してパトロールしたること
明くる日。昨日の雷雨は台風の先遣りかと思われる程だったが、本日は快晴。昨日と違ってパトロール中にエラい目に遭うこともないだろう。桃子が安心して交番を出ようとすると、
「ぎゃっ!」
引き戸を開けると同時に、小さな何かが顔目掛けて跳んで来た。思わず桃子は大きな音を立てて尻餅を突く。
「なななななっ! 何事!?」
彼女が慌てて周囲を見渡すと、
「ごめーん。まさか丁度出て来る所だと思わなくてさ」
頭上、というかピッタリ頭の上から声がする。
「んん!?」
桃子が思わず頭を撫でると、指先に小さくツルッスベッとした何かが触れる。
「いっ!」
その謎の感触に桃子が鳥肌を立てながら「それ」を恐る恐る摘み上げ、顔の前に持って来ると、
「やぁ桃子ちゃん。ちょっと頼み事があってさ。ゲコゲコ」
紡の声の雨蛙が喉をプクーッと膨らます。
「うおおああ!」
桃子は思わず蛙を落としてしまい、それはペチッと彼女の太腿に落ちる。
「ひどいなぁ桃子ちゃん。昨日は可愛いって言ってくれたのに」
「正面から鑑賞するのと意図せず触れてしまうのは全然別物なんですよ!」
「そうビビることないよ。ヤドクガエルじゃないんだから」
「毎度なんなんですかその蛙に対する価値観は!」
テンパっている桃子に対して、蛙はあくまで冷静だった。
「それより君、パトロールに行かなきゃならんのと違うか?」
「それで、頼み事ってなんですか」
桃子は閑静な町を自転車でガシガシ進む。前籠に一匹の雨蛙を乗せて。
「桃子ちゃんにはパトロールがてら、
「ティータイムですか?」
「勤務中でしょ」
蛙が喉を膨らませると、桃子は頬を膨らませる。
「いいじゃないですかちょっとくらい。で、本題は?」
「お遣いして欲しいんだよね」
「ほう。何買って行ったらいいんです?」
「違う違う。そうじゃない」
桃子が信号待ちで止まると、雨蛙は前籠の隙間から落ちない内に桃子の方へ跳び付いた。
「うわっ」
「失礼しますよっと」
そして制服の胸ポケットに潜り込む。
「桃子ちゃんには渡した物を人の所に届けて欲しいの」
「あぁ、そっちのお遣いですか」
「うん。私とつばきちゃんはちょっと用事があって行けないからさ。お願いしていい?」
「いいですけど……、ん? なんだアレ」
「どうしたの」
信号待ちで周囲を見ていた桃子の視界に入ったのは、そんなに広くはないが家庭菜園には大きいくらいの人参畑。
「ほら、あそこ」
桃子が指差す先、人参畑の真ん中に辺りには、不自然な穴のような窪みのようなものがある。蛙も胸ポケットから顔を出してそちらを見詰める。
「あー……」
「なんでしょうねアレ。モグラかなんかですかね?」
蛙はそれに答えずに胸ポケットに潜る。
「そんなことより信号変わったよ」
紡邸の門前にて、桃子は既に待ち受けていた紡からちょっと大きめの紙袋を受け取った。中身は風呂敷に包まれていて、角張った様子から箱状の何かか更に入れ物の箱があるということしか分からない。
紡は珍しく
「今度はまた、すごい格好してますね」
「まぁね。知り合いの大学教授と学芸員じみたお仕事があるんで」
「はえー。まぁ紡さん『呪』絡みの事件じゃなくても、その辺普通に詳しいですしね」
「そういうこと」
桃子は再度紙袋に中身が入っていることを確認する。
「それでは、確かに受け取りました」
「よろしく」
「……でも、こんなの私に任せて大丈夫ですか?」
桃子が不安気にちょっと上目で見ると、
「すぐ物失くすタイプ?」
紡は呆れたような、やっぱりと言うような態度を取る。
「そうじゃなくてですね!」
桃子は紙袋の中の厳重な包みに視線を落とす。
「『呪』とか詳しくない私に持たせても大丈夫な
「大丈夫だよ。爆発はしないしヤドクガエルでもない」
「なんなんですかそのヤドクガエルブームは。というか、そういうアイテムではあるんですね」
「ま、そうなるね」
紡は腕時計を見ると、
「じゃ、よろしく。届け先の住所はメモが袋に入ってるから。別に危険物も壊れ物も入ってないから安心して行っといで」
「はぁ」
紡が背中を向けたままヒラヒラ手を振るので、桃子も深く考えないことにした。
そしてその帰り、桃子は調子良く自転車を飛ばしていた。メモの住所はそんなに遠くもなければ厳しい坂道の上にあるでもない、ただのこぢんまりしたお寺のようだ。別に荷物もヤバいものじゃないらしいので気楽な道行である。
そうして来た道を戻り、行きは引っ掛かった信号を今度はすっと通れたことに小さな快感を覚えていた桃子は、あるものが視界に入り思わず急ブレーキを掛けた。
そして呆然と一点を見詰めている。何故ならそこには、
「……、えぇ……」
行きはただの窪みしかなかったなんの変哲も無い人参畑。確かに行きは何もなかったはず、何も見えなかったはずのそこに、
「うむぅーっ! ぬうぅーっ!」
平安時代の貴族みたいな格好をした大男が頭から逆さまに突き刺さっているから。
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