十三.関西新皇

「紡さん?」


桃子が思わず聞き返すと、紡は虚空を見上げたまま続ける。


「いや、向こうがはかったわけじゃなし、『やられた』はおかしいか……」


付き合いが長い桃子には分かる。紡のこれは、冷静なのではない。してや余裕があるのでもない。気を紛らわし、呆然となりそうなのを言葉で繋ぎ止めているのだ。


「一体何があったんですか! 紡さん!」


紡は桃子には答えず、背後でうずくまる少女に声を掛ける。


「つばきちゃん。この神社の名前、なんて言ったっけ」

「駒……香取……、一文字よく読めなくて……」


つばきは顔を上げて答える。身体自体が立ち上がるのは難しいようだ。


「『足』に『走る』と書くのかな?」

「はい! それです!」

「そっか、やっぱり……。いやしかし、私としたことが」

「紡さん!! 今何が起きているんですか!? 何がそこにいるんですか!?」


桃子が腕を引っ張ると、紡は目線こそ向けないものの、こちらに向けて話し始めた。


「桃子ちゃん、平将門たいらのまさかどって知ってる?」

「なんか聞いたことあるような気もしますけど、このタイミングで日本史の授業ですか!?」

「坂西平氏の争いが関西全体に伝播するとともに成り上がり、西国独立を謳って自らを『新皇しんのう』と称した、凄絶なる朝敵、帝国史上の。まぁこれ以上の細かい話はこの際置いておこうか。問題はその将門公の死後なんだけどね」

「ちょっと! そんな呑気に語ってる場合なんですか!?」


何も見えていない桃子にだって、今目の前に恐ろしい何かがいて、状況が切羽詰まっていることは十分に分かる。桃子は必死に紡の腕を引くが、彼女はにしている。


「大丈夫だよ。私は今、ここにいる彼を、霊能者には可視化出来る程度に顕現させたに過ぎない。特には掛けてないから、向こうも土地にさわり成すことに夢中さ」

「そんな安心出来るのか微妙な!」

「さて、話を将門公に戻そうか」

「また!?」


語り出したら止まらないのは性分なのだろう。頼もしく思えばいいのか、そういう場合じゃないと引っぱたけばいのか、桃子には判断がつかない。


「彼はいくさに敗れ、首を七条河原しちじょうがわらに晒されるんだけども、当時から目を見開いて歯軋りするわ大声で笑うわ喋るわ、果ては本拠地だった関西を目指して飛んで行くわで、怪奇の絶えない存在だったとされる」

「内容が派手過ぎます!」

「でもこれはあくまで伝承。本当に恐ろしいのはこれから」

「まだ何かあるんですか!」


紡はいつもの調子で人差し指を立てる。興が乗っているようなので、桃子ももうゴチャゴチャ考えるのはやめることにする。


「西京にある将門塚。これはその将門の首塚で、ちょっとした古墳みたいになってるんだけど、これが近世に入っても未だ怪奇絶えざる、脅威の心霊スポットとなっている」

「なんですか? 夜な夜な首が飛び回るんですか?」

「それならどれだけ良かったか」

「全然良くないと思うんですが」

「あは」


具合の良くなさそうなつばきにも、ちょっとウケた。


「一九二三年、関西大震災の後。政府は崩れた施設の仮庁舎を建てたんだけど、その時大蔵省が建ったのが将門塚。すると恐ろしいことに、大蔵大臣を含む省の職員から、工事部長を含む工事関係者が次々と亡くなった。結果、政府は仮庁舎を取り壊し、将門の鎮魂碑を立てることになった」

「ゴリゴリの祟りじゃないですか!」

「さらに第二次世界大戦後のこと。時のアメリカ軍GHQは占領政策の一環として戦災復興都市計画を行い、西京の区画整理に乗り出した。その時邪魔になった古墳を撤去する運びになったんだけど、今度は相次いで事故が起き怪我人続出、最終的にはアメリカ軍のブルドーザーが横転して運転手が亡くなるまでに発展した。そのブルドーザーが横転した場所を見ると、何やら石碑が埋まっているではないか! 調べた結果、それが将門の首塚の碑そのものであることが判明し、あまりのことであのGHQですら工事を中止した」

「無敵じゃないですか!」

「無敵だとも。この大活躍により、将門公は日本三大怨霊にノミネートされている」

「趣味の良くないユニットですね!」

「ちなみに残りの二人は菅原道真と崇徳すとく天皇ですよ」


律儀につばきの補足も入ったところで、桃子は核心に切り込む。


「つまり、話の流れ的に、今目の前にいるのは……」


紡はゆっくり頷く。


「つばきちゃんが読めなかったこの神社の名前は、『駒跿こまはね香取神社』。駒跿とは駒、つまり『馬が跳ねる』。将門公が矢に当たって、驚いた馬が跳ね上がり、そのまま落馬して絶命したとされる場所なんだ」

「なんと!」

「一応『首を切り落とされた状態で馬に乗って逃げて来て、ここで力尽きた』とされる橋もあったりします」

「それは既に力尽きてるでしょ!」


ここでようやく、楽しげに語っていた紡の表情が真剣に戻る。


「この私が三大怨霊の由緒地を失念するとはね。やらかしたよ。将門塚ばかり有名だから見落としてた」

「なななな……、なんと……」

「だからさ」


紡はようやく桃子の方を振り返る。それは、諦めの色すら見える、一番見たくない表情だった。


「私、こんな大怨霊に対抗出来るような手立ては、何一つ準備して来てないんだよね」


桃子は頭から血が引くのが、手に取るように分かった。


「じゃ、じゃあどうするんですか!?」


桃子の悲鳴にも近い声に、紡はその諦めの表情に、覚悟と強がりを混ぜたような微笑みを返した。


「そりゃもう、準備がいらない手立てを採るしかない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る