六.二ノ瀬にて

 一行は鉄道に乗って出町柳でまちやなぎへ。そこから別の電鉄に乗り換えるのだが、その駅にはオレンジに塗装されたゴンドラの大将みたいなのが二両編成であるのみ。


「この路線初めて乗るんですけど、今時でも二両編成とかあるんですねぇ」

「現代っ子だね。ここには一両編成もあるよ」

「紡さんも現代っ子でしょ。現代っ子じゃないのつばきちゃんだけじゃないですか」

「でも私が一番歳下ですよ?」

「もう何がなんだか分かりません」

「あは」


なんて話している内に電車は動き出し、街からぐんぐん遠ざかって山郷に入って行く。他に乗客も無く静かにゴトゴト揺られている内に着いた二ノ瀬にのせで降りる。

一歩車両を出て見渡せば、そこはもう山間の集落である。桃子は大きく伸びをして深呼吸。


「こんな所に工房持てたら、もうお好きな人には理想郷でしょうねぇ」

「そうだね。本来なら山の空気のように清新な心で物作りに励めるはずなんだ。邪念無く」


紡はさっさと目的地に向かうようだ。


「そうでした。それで私達はカチコミに行くんですよね? 『よくもこんなモン作りやがって!』って」

「兄弟の盃交わしたのにやってくれたのぅワリャァ!」

「指詰めんかいワレェ!」

「ふざけてんじゃねーぞバカヤロー!」

「舐めてっとぶち殺すぞコノヤロー!」


なんかヤクザごっこで盛り上がり始めた桃子とつばきを置き去りにして、紡は呆れた溜め息を吐いた。


「あいつらホント仲良いな……」






 集落を更に山手(山間で山手も変な話だが)に進んで行くとそれはあった。


「『包丁工房小熊庵こぐまあん』。間違い無いね」


ニスが塗られてテカテカの、流木削りましたみたいな看板に達筆でもない文字でデカデカとそう刻み込まれている。


「これ、インターホンとか無いですけど、勝手に入っていいんですかね?」

母屋おもやに回って押すのも面倒だし、開け放たれてるんだからいいでしょ」


紡は柵が閉められていないのを良いことに、奥に工房が見えるガレージに堂々侵入する。


「あぁもう! 待って下さいよ! 通報されても知りませんよ!」

「通報しなくても桃子さんいるじゃないですか」

「私が紡さん逮捕しようとしたら、後でエラい目に遭わされそうなので……」

「こんにちはー!」


桃子の心配を他所に、紡は工房のドアをバシバシ叩く。昔ながらの引き戸が台風の日みたいにバンバン音を立てる。


「あわわ! 壊れる! 壊れますよ紡さん!」

「やっぱりいないかな? HEYHEEEY!」

「あは。不在と見るやこの態度」

「それより、『やっぱり』ですか?」

「うん。そうだとは予想してたんだけど」


尚も紡が引き戸を叩いていると、


「熊代さんのお客さんですかぁ!?」


振り返るとガレージの外の道路から地元民らしき人がこちらを見ている。麦わら帽子、タンクトップ、農業用ズボンの、いかにもその道の人なお爺さん。


「そうでーす!」

「熊代さんやったらもう何日も工房に出とらんよー! なんや偶にうても体調悪ぅて寝込んでるとかで!」

「そうですかー!」

「母屋に居はるんちゃうかなー! 出てはるか分からへんけどー!」

「ありがとうございまーす!」


貴重な情報をくれた老人は何処かへ立ち去って行った。


「やっぱり体調不良か。さて、母屋だって」

「……何故人はああいう時、近寄らずにわざわざ大声で会話するんですかね?」

「近付く前に会話終わるからでは?」






 工房の真横に立っている、これまた古い仕立ての母屋。正直松葉の友人ということならそんなに歳ではないはずだが、その人物がやっとこ修行を終えて立てた自分の工房にしては古い。趣味が過ぎる。


「昭和の下町から抜き取ってきたみたいですね。その割にインターホンは付いてますけど」

「すいませーん!」


紡はインターホンを押すとまた引き戸をバンバン叩く。


「紡さん! 相手は具合悪いんですからもっと穏便に!」

「そうですよ! そんなすぐノックしたらインターホンの意味無いじゃないですか!」

「いやつばきちゃん、そこじゃないでしょ……」

「えっ? 桃子さんにたしなめられたら人として終わりですよ」

「なんと!?」

「あ、でも私、幽霊なので人としては既に終わってました☆」

「ナハハ!」

「アハハ!」

「……しょうもない漫才は終わった?」

「終わりました」

「満足です」


意味不明なやり取りをしている間も、結局玄関が開くことはなかった。これは本格的にせっているようである。


「どうするんですか? これじゃカチコめませんよ? 具合悪いから見逃しますか?」

「じゃ、つばきちゃん、頼めるかな」

「お任せ下さい」


つばきはにっこり笑うと玄関に手を突いた。そして紡が何事か唱えると、ズニュニュニュニュッと手が沈み込んで行く。


「わっ!」

「何驚いてんの。幽霊だよ? モノぐらいすり抜けるよ」

「そ、それはそうかも知れませんけど、ナマで見るとびっくりです」

「あは。本来幽霊は招かれていない家には入れないので、ちょっぴり紡さんの『呪』で手伝ってもらってますけどね」


そしてつばきは内側から鍵を開けた。


「お邪魔しまーす」


紡が先陣切って中に入ると、ワンルームの奥の方に布団が敷いてあり、


「うぐうぅ……、う」


熊代が苦しそうに横たわっている。彼は紡達が間近に寄ってきてようやくその存在に気付いた。それぐらい参っている。


「あ、ど、どちら様ですか……。どうやって中に……」

「安心して下さい。貴方を助けに来ました」

「そうだったんですか!? 私カチコミとばかり……」

「うるさいよ桃子ちゃん。桶でも持って来てくれない?」

「は、はい。分かりました」


桃子が風呂場から昔懐かしい黄色の桶を持って来ると、紡は熊代をなんとか座らせて背後に回っている所だった。


「桶です」

「そこに置いて」


桃子が熊代の目の前に桶を置くと紡は、


「ノウマクサンマンダバザラ……」


と唱えながら熊代のお腹をさすり、背中を摩り、そして、


「はっ!」


ドン! と鈍く強い音を立てて彼の背中を叩いた。すると熊代はにわかに前のめりになり、桶の中に


「うばっ!」


真っ黒い血反吐の塊のような何かを吐き出した。


「ひっ! ひぃ! なんですかそれは!?」


衝撃の光景に後ずさる桃子に、紡は熊代をゆっくり横にならせながら答えた。


「『念』だよ。彼の体調を崩させていた」

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