第十話 そう産むということ、そう生まれるということ

序.

 ここは夕暮れのとある山の中。人里離れているわけではないが人の活動エリアとそうでない領域がきっぱり分かれている、そんな山の人が入らない方。

本来は鬱蒼うっそうとして開けた所など少しも無い程の場所なのだが、何かしら建設予定でもあるのか今はたくさんの男達がチェーンソーで雑木林を伐採中である。


「山の現場じゃラジオの入りが悪ぃとこも多いが、ここは住宅地が遠くねぇからザーザー言わねぇぜ」

「ま、どの道チェンソーの音で聞こえやしませんがね」

「チェンソーとチェーンソー、どっちが正しいんスか?」

「どっちでもいいんだよ。ラッキョとラッキョウみてぇなモンよ」

「ラッキョとラッキョウはどっちが正しいんスか?」


ベテランが切り倒した木の片側を担ぐと彼のお気に入りの後輩がもう片方を、新入りが真ん中辺りを担ぎ上げる。切り倒した木が何処に引き取られてどんな木材になってどんな使われ方をするか彼らは知らないが、なんにしても太陽の位置を見るに搬出は明日以降になりそうだ。






 三人で集積所まで歩いていると、


「あれも切るんスかね?」

「あぁー、ありゃあ切るとなったら大儀なこったなぁ」

「でっけぇなぁ」


それはそれは巨大雄大な、松の巨木がそびえ立っている。


「立派なもんだぜ」

「もし盆栽がこうなったら、社長泣いて喜びますぜ」

「デカくなり過ぎで泣いて悲しむんじゃねぇのか」

「ここまで育つのに何年かかるんスかね?」


三人がその自然の雄大さに感慨を持っていると、別の職員がやって来て松の根元にチェーンソーを入れ始めた。


「あーあ、勿体無ぇ」

「んなこと言ってたら俺らの作業終わらんでしょ。大ベテランの先輩が新入りみてぇな感傷を」

「そしたら俺ら、おまんま食い上げっス」

「この新入りはズぶてぇな」


三人でうだうだ喋っている内に、


「倒れるぞーっ!」


松はメキメキズシンと音を立てて、ゆっくり大地に横たわった。そしてそれが合図かのように、現場監督の声が響き渡る。


「暗くなって来たなー! 今日はここまでー!」


「おっと、こいつさっさと運んじまわんとな」

「あー、疲れた疲れた」

「帰ってコーラ飲んで寝たいっス」


今日も逞しい男達の一日が終わっていく。






 真夜中。日が暮れたので切り倒した木の搬出と切り株の掘り返しは明日以降、といった風情ふぜいの現場からは何百何千年以来かの夜空が見える。

そんな『煌々こうこう』という言葉は今夜の為に存在したのかと思えるほどの震えるような月夜の下で、切り倒された大きな松の横、むくりと起き上がる影があった。


「ぬ……?」


その姿は、こんな時間にこんな所にいるはずもないような少女のそれであった。しかも状況を全く理解出来ていない様子でもある。

彼女は不思議そうに、かつぼんやりと、白い帷子かたびらに包まれた自身の身体や手足を眺めている。


「ぬぅー……」


自分で自分の頬をムニムニ手でねたりしていると、なんとなく夜空が視界に入ったようだ。

青くすら見えるような冴え渡る満月。その美しさを大きくクリクリとした双眸そうぼうに写し込んだ少女は、


「ぬー……、ぬふっ!」


なんだか嬉しくなったのだろう、キャッキャと一人月明かりを浴びながらはしゃいでいるのだった。

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