第569話
己の意思に従い動く義手。それを見て、ドルオンはにんまりと大きな笑みを浮かべ始める。
「コイツはいいな。前使ってた腕よりよく動くし、しかも頑丈そうだ」
「まぁ、肉より鋼の方が硬いものね」
「それより、私はお姉がどこでそんな義手を手に入れてきたのかが気になるなぁ……」
前使ってた腕というのは、斬り落とされてしまった生身の腕の事だろう。金属製の義手と比較すれば、確かにこっちの腕の方がよく動くし頑丈だと思う。
何枚もの装甲板を繋ぎ合わせて作られた鋼色の義手で、軽く手を開いたり閉じたりするドルオン。
やがて、義手の感覚に慣れたのか拳を振りかぶると、思いっきり硬木の幹を殴りつけてそのまま破壊する。
「ヒェッ!?」
「……うん、悪かねぇな。これなら、あの天使共の顔面も殴り潰せそうだ」
中々物騒なことを言っているが、ドルオンの体格を考えると殴りつけたらそのままプチッと破裂するように潰れるんじゃないだろうか……
「こんなモン貰っちまって悪いな。代わりと言っちゃなんだが、困ったことがあれば気軽に呼んでくれ。これでも腕には自信があるんでな」
「それは、新しい義手がそれだけいいものだってことですね〜」
「おっと、コイツは一本取られたな!」
ガッハッハと大笑いするドルオン。悪い人ではないし、右腕も取り戻して強くなっただろうからクランホームの守護者としても充分だろう。
まぁ、ウチのクランホームの守護者はめちゃくちゃ多いから今更感は……いや、やめておこう。
ドルオンと別れた先には、風に揺れる草花が広がる草原があった。
「ここはいいな。ウマに乗って駆け回りたいくらいだ」
「ふむ。確かにそれも悪くなさそうだな」
モードレッドとオデュッセウスが、この広い高原と呼べるエリアを見てそんな話をしている。
ディナス高地と呼ばれているこの草原は、樹海の一角をポッカリと開けている高地帯らしい。
森の中も風は通るが、特にこのディナス高地は倍以上と言っていいくらいに風がよく通るので、ここまで足を運べる人にとってはいいピクニックが楽しめるという。
「ウマに乗っての旅も楽しそうだよね!」
「つっても、ウチの馬はまだまだだからなぁ……」
「多分、連れてきたら周りのモンスターにビビって……いや、ビビらなそうね」
「ウチにいると自然に慣れてきますからね〜」
「ん。ある意味、彼処以上の危険地帯はない」
ユーリ達が買ったウマだけど、現状プレイヤーが持っている騎獣の中でもトップクラスに性能の良いウマになっているらしい。
理由としては至極単純で、クランホームに来た途端に熱烈な歓迎を受けたからだ。
ウマ系モンスターは勿論、本来なら天敵とも言える肉食のモンスターもいるのだ。まず度胸というものがあっという間に備わっていく。
そうして度胸が付くと、今度は彼らと一緒にかけっこだったり鬼ごっこだったりをして遊ぶようになる。
ただ、忘れないでほしいのが遊び相手が高ランクのモンスターであるということだ。
単なる遊び相手だとしても、貰える経験値量はとんでもないことになる。自分より遥かに格上の相手と競い合うようなものなのだから、そりゃ貰える経験値が多くて当然だけどね。
「そのお陰で全力を出して走ることもままならないのよね」
「絶対聞かれるもんね。『どうやってそこまで育成したんだ!?』って」
「出処を聞かれたら確かに困るか……」
ただ、その欠点というかデメリットというか。もう既に後の祭りではあるんだけど、育ち過ぎて他のプレイヤーから絶対にツッコまれる優秀なウマに成長してしまった。
それこそ、全力で走らせたら即座に『どうやってそこまで育てた!?』とか『どこで手に入れた!?』と聞かれるくらい。
「まぁ、偶に連れてったりはしてるんだけどな。流石にプレイヤーが多いところだと満足に走らせられねぇから、クランホームでのびのびと走らせてんだよ」
「で、それでまた成長して表に出せなくなるってことだね。まぁ、理由が理由だから仕方無いか」
ルジェが苦笑しているが、正直に言うとコレの解決策っていうのが特にない。
クランホームで育てたと言って現地を見せた時点で一発アウト。あっという間に話題になって、運営に見つかり色々と手を加えられることが目に見えてわかる。
「取り敢えず、今は目の前の子達と遊ぶことにしよっか。ほら、いっぱい集まってきたし」
「ホントだぁ……お姉の力って凄いねぇ……」
私の側に集まってくるのは、エアレーというイノシシのような牙が生えたスイギュウだ。
その角はスイギュウと言うには正面に向かって湾曲して伸びているが、何よりも目立つのはその口元から生えた牙だろう。
イノシシのような牙と表したが、それは牙というより最早ランスのような槍と言った方が正しいくらいに鋭く伸びている。
これだけの角や牙があるだけでも凄いが、なんとエアレーは角限定だがどの方向に向けることも可能であるらしい。
なので、片方の角を前に伸ばし、もう片方の角は後ろに向けて敵に備える、みたいなことが出来るんだとか。
「ウシ系の子達に並んでもらって、一斉に突進してもらうのも強そうだよね」
「そりゃぁ強ぇだろうし恐ろしいな。ヘタな騎兵隊よりも余っ程危険だぞ、それ」
そんなエアレーの後からやってきたのはアンヴァルというウマ。風よりも速く走ることができ、そこが海だろうと陸だろうと関係無しで駆け抜けることが出来るんだとか。
乗り手を守る魔法も掛けてくれるらしくて、乗ってる側は非常に心地良く乗り回す事が出来る。因みに魔法がないと風圧で顔とか髪とかとんでもないことになるようだ。
「アンヴァルか……」
「騎士の憧れ、だったよな?」
「既にアリコーンやボルトレットに会ってるから、憧れというよりもまたか、という気持ちの方が強くなってくるな」
ウチ、色々と名馬揃いだからね。偶にスヴァジルファリとかグルファクシとかも顔を見せに来るし。
何とも言えなさそうなモードレッドは放置するとして、次にやってきたのは上に伸びた牙が目立つ大きなイノシシだ。
このイノシシは鬼牙イノシシといい、下顎から真上に伸びた長く鋭い牙が特徴的。勿論、この牙が敵と戦う時の武器である。
突進も強力だが、上に伸びた牙を利用したかち上げはより強力。並大抵の金属鎧では防ぐこともままならず、大穴を開けられた上で打ち上げられて地面に叩きつけられる羽目になるそうだ。
「そう言えば、猪笹王はブタとかイノシシ系の子達の強化が出来るんだったっけ……」
「あぁ、そう言えばそのようなスキルがあると聞いているな」
すっかり忘れていたけど、猪笹王とか伊佐々王……どっちも同じ読みだからややこしいな。イノさんとイザさんは同種のステータスを強化するパッシブのスキルを有している。
イノさんならブタとかイノシシ系、イザさんならシカ系の子達のステータスを上げることが出来る。つまり、目の前の鬼牙イノシシもイノさんのスキルの対象内であると言えるのだ。
「なんか、とんでもない話をしてた気がするけど……」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ぶっちゃけそんなに変わらないから」
そんなことよりも、私的には今こちらに来ているデッカいアルパカの方が気になってる。
「コレ、全部毛ね。上に伸びているだけで、半分以上はこの子の毛だわ」
「モルパカは見たことがあるけど、ここまで高く盛った個体は初めて見たな……」
どうやら、この毛量が凄まじいアルパカはモルパカというらしい。
なんでも、元々は家畜だったアルパカが野生に逃げ出してモンスター化したのがモルパカらしくて、その毛は何故か知らないが上にどんどん盛られていくそうだ。
よくアニメとか漫画とかで凄い量のアフロなキャラを見たことがあるけど、こっちのが主に縦という意味で勝っている。
「これ、大体どれくらい?」
「3mはありそうだよね……」
毛の部分でそれだけあるのに重くないんだろうかと思っていたが、どうやら見た目に反して全体の重量はめちゃくちゃ軽いらしい。
まぁ、重かったらこっちまで来られないだろうから、少なくとも動けるくらいの重さなんだとは思っていたけどね。
「で、アッチにいるのがボス、と……」
「恐竜だぁぁぁぁぁっ!?」
ユーリが絶叫してうるさいが、こっちに向かってゆっくり歩いてきているボスを見たら、まぁそういう感想も間違いではないと思う。
というのも、ここのボスの名前はトライザウルス。長い首が三本も生えた、肉食竜のような牙のブラキオサウルスなのだから。
雑食で草でも肉でもモリモリ食べて、外敵が来たら三つの首で噛みついたり、大きな体を活かして両足のストンピングをお見舞いしたりする。
緑褐色のカラーリングだし、確かに見た目は恐竜だと言ってもいいだろう。ただ、こちらでの種類的には亜竜種に含まれるんだけどね。
「悪い子じゃないし、興奮する必要無くない?」
「いやいや、恐竜だよ!? そういうのがいるって私知らないんだけど!?」
「あ、私は知ってますよ? 偶にクランホームに遊びに来てますよね」
「トリケラトプスの背中って案外乗り心地いいのな」
「多分、この中で知らないのはユーリだけじゃないかしら?」
「ん。色々とタイミング悪い」
どうやら、ユーリだけが恐竜系の子と会ったことがなかったらしい。今まで結構時間あったと思うんだけどなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます