第770話
こちらの方針は完全に決まった。各国の軍に関しても、元々帝国侵攻の為にこの大陸へ移動していたこともあり、マルテニカ国内を通る形で続々と聖教国入りを果たしている。
帝国との戦争は終結したが、参戦した国々の全軍が敵と戦えたわけではない。というか、全体の半数近くはまともに敵軍と戦うこと無く終わってしまったそうだ。
だからこそ、魔王軍の宣戦布告は渡りに船。上層部からしたら痛し痒しといったところだが、軍の人達は戦う相手が向こうから来てくれて歓喜していた。
「とはいえ、こんな大所帯になるとは思わなかったけどね……」
「いや、大所帯ってレベルじゃないでしょ……」
会議が終わった後、私はユーリ達と合流してから今回の戦場となる聖教国の古戦場に足を運んでいた。
嘗て帝国が攻めてきた時にここで防衛戦を行った戦場で、二つの山が砦のようにアルルマーナまでの道を守る壁の役割を果たしたという。
なので、地元住民はここを『双子山の古戦場』と呼んでいるそうだが、今再びその古戦場が戦場へと変わろうとしていた。
「城砦の建築は進んでいるみたいだね」
「元々あった砦を改修しているだけだからな。とはいえ、周りの山々も含めて魔王軍を別方面に散らさねぇようにするにゃぁ丁度いいだろ」
キャメロットの西方にあった山脈に連なっているのか、双子山も含めて古戦場は大きな山によって囲まれている。
西に進めば沿岸部があり、魔王軍が現れるゲートはそこに出現させるそうだ。エリザベートがゲートの仕組みを知っていて、尚且つ次元の操作を得意とするクトゥルフ系の神々が座標の調整が出来るから、ここを戦場とすることが出来た。
「各地のモンスターまで集まってると、広い戦場が狭く感じられるな……」
「魔王軍が来たらもっと狭くなるぞ。それと、喧しさは今の十倍くらいか?」
広大な草原の半分以上を占める同盟軍。そこにはプレイヤーやモンスターも混じっていて、まるで祭りか何かがあるのかと言いたくなる程の密度になってしまっている。
とはいえ、雰囲気は完全に祭り。あちらこちらで暇を持て余した軍人や英霊達が、モンスターも交えて模擬戦を行ったり、程々に賭け事に興じていたりと、兎に角騒がしくて仕方が無い。
中に踏み入ればその騒がしさはもっと増すことだろう。城砦の前に用意された陣から遠目に見ていてよかった。
「で、ここに私が立つ、と……」
「はい。この舞台であれば、魔王軍側からも総大将であることと、その唯一無二の才覚を知らしめることになるでしょう」
ガラティアがそう淡々と口にしているが、私の目の前には明らかに場違いな、フェス会場のライブステージのような舞台が建てられていた。
まぁ、歌姫の立つ舞台という意味では間違ってはいないだろう。ただ、戦場の雰囲気に合う舞台かどうかと言われたらハッキリ言って『否』寄りのものだ。
とはいえ、周りの人間はそれに対して全くツッコミを入れていないし、寧ろその建設に手を貸してさえいる。ホントにこの世界の軍人って真面目なのか不真面目なのかわからないな。
『お、噂の歌姫様はのんびりとお散歩ですかい?』
「まぁ、散歩と言えば散歩かもね。そっちはどう? 遊び人の慶次が、ここでジッと待っているのは暇過ぎるんじゃないの?」
『ただ待ってるだけなら暇ですがね。これだけ大勢いるんだったら、声掛け一つで遊びの誘いに乗る連中もいるもんですよ』
フラフラと彷徨っている慶次に声を掛けられたが、どうやら慶次は慶次で上手くこの時間を使い熟している様子。
プレイヤーもノリがいい人多いし、遠目からだったけどサッカーで遊んでいる姿も見えたからね。
多分、慶次みたいな人達があちらこちらで暇してる人に声を掛けて、士気が下がらないように色々使って遊んでいるのだろう。
『異界人は誘うとすぐにでも乗ってくれて助かりますな。それに、我らの知らぬ遊戯を知っているのが尚いい』
「ああして楽しそうにしている姿が見えた時点で、絶対に
確認出来たのはサッカー、野球、テニス、バスケ、バレー。後はモンスター相手にフリスビーを投げて遊んでいたり、テーブルを持ってきてトランプやチェスなどのボードゲームに興じていたりと、もうシッチャカメッチャカ。
特にボードゲームをしている卓にわざとボールを飛ばしてめちゃくちゃにして、犯人と殴り合いの喧嘩という遊びを行う者もいる。やり過ぎると思いっきり叱られるようだけどね。
「あ、向こうでやってるのはレース?」
『そうですねぇ。俺もひとっ走りしてきましたが、己の愛馬自慢からあんな感じの競馬になっちまいまして』
また、一角では騎獣を使ったレースをしているらしく、足自慢のウマ系のモンスターを筆頭とした様々な騎獣が、指定されたコースを爆走していた。
暇をしているのはモンスターも同じで、それの発散の為に競馬という名の騎獣レースを行い、思う存分走らせて満足させているらしい。
『激しかったのは俺の松風と忠勝殿の三国黒、呂布奉先殿の赤兎馬に、イスカンダル殿のブケファラスで走った時でしょうな。盛り上がり過ぎて熱が入り、十周くらいするまで落ち着きやしなかった』
慶次の愛馬である松風に、本多忠勝の愛馬である三国黒。そして呂布奉先の愛馬である赤兎馬に加えて、新たに友人帳に名を連ねた『征服王』の二つ名を有するイスカンダルの愛馬ブケファラスまで参加していたのだ。
そりゃぁ、ちょっとしたレース程度で彼らが満足なんてするわけがなく、何なら互いにライバル視してより一層火花散るレース模様になったとか。
『次はヘラクレス殿が誇る名馬、アレイオーンも共に走るそうでね。先に腹拵えしとかないと、馬の上で飢え死にしちまいそうなのさ』
「それはまた、凄いレースになりそうですね……」
ヘラクレスが誇るアレイオーンという馬は、嘗てデメテルがヘラクレスに与えた馬であり、アドラーストスという将校がヘラクレスから譲り受けて今の主となっている。
そして、そのアレイオーンが四頭のレースに出遅れたことに落ち込んでいたから、主であるアドラーストスが四人にもう一度レースを頼んでいたそうだ。
『イスカンダル殿は会議も放ったらかしにしてレースの準備をしてるもんで、時間ずらして夜にやるかってなってるんですよ』
「まぁ、オデュッセウスも会議に参加したいと思ってるだろうし、時間ずらして正解だとは思うよ」
しかし、レース組も中々熱いことにはなっているようだが、それ以上に模擬戦組の熱の入り方が凄まじい。
遠目から見た限りだと、張飛がクー・フーリンと正面から蛇矛とゲイボルグで打ち合っていて、もう一箇所では青龍偃月刀を構えた関羽が、牛頭の矛を構えるフェリドゥーンという英霊と対峙している。
そして、木刀を構えた浪人風のプレイヤーも模擬戦を行っているようだが、対戦相手であるお坊さんのような人に何度も何度も転がされていた。
「あの人って誰ですか?」
『あの方は念流の念阿弥慈恩殿だな。源氏や平氏が倒れた後に剣客としても名を轟かせた禅僧だ』
どうやら、また剣豪の人が増えてしまったらしい。確かに友人帳を見てみると、鎌倉時代の武士で聞いたことのある名前がチラホラと新しく書き加えられている事がわかる。
というか、弁慶の近くに源義経とか平清盛とか、物凄く有名な人達の名前があるじゃん!? え、ホントに色々と増え過ぎじゃない!?
『まぁ、一気に増えりゃぁ全部把握するのは難しいってもんです。今回の戦場で、それなりに顔を合わせりゃ自然と覚えられますよ』
「そうだね。ところで、向こうで誰かが慶次を呼んでいるみたいだけど、行かなくて大丈夫?」
『……っと、ありゃレースの呼び出しだな。いつの間にかスゲェ時間が経っちまってたか』
こうして話し込んでいる間に、どうやら慶次のレースの時間が来てしまったらしい。モードレッド達もいつの間にか色んな人に連れていかれたみたいだが、まぁ暴挙に出る人がいないから私を放置しているんだろう。
ちょいと行ってきます、と言って走っていった慶次を見送りながら、風のよく吹く草原に座り込んで戦場全体を見渡してみる。
「……うん。やっぱり私は、こんな感じで楽しくいられるのが一番いいな」
皆でワイワイ騒ぎながら、どんな難題にも楽しみながら相対する。今までも大乱ではなく大騒ぎ程度に収めていたわけだし、その枠を外れたのは帝国との一戦だけ。
きっと、今回もそんな感じで騒がしくも面白く終わる。それに、行方知れずと聞いていた護衛も、今は側にいるみたいだからね。
「……後で、軽く声出しでもしておこうかな」
――――勿論、この声出しで大勢の人に囲まれることにはなるんだろうけどね。
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