第771話

 アマネが声出しを行っているその日の夜。城砦の前に設けられた陣幕の中で、大勢の英雄や英霊達がプレイヤーを交えて一堂に介していた。


「……なんかこう、場違い感が否めないんだが」


「一応言っとくッスけど、逃げられるとは思わないでくださいッス。アタシはもう地獄を見てきたんで」


「逃げるわけありませんわ。というか、ここで逃げたら悪い意味で目立ってしまいますもの」


 フロリアとエリゼを逃がすまいと鋭い眼光で捕捉し続ける柚餅子。情報組のクランリーダーは、かなり過酷な試練を乗り越えていたらしい。


「フロリアとエリゼがいないから、アタシがここの王様やら軍師やら武将やらに囲まれて、知ってる情報全部吐いて作戦計画作ったんスからね?」


「「……なんか、ごめん」」


 ルテラが経験した大勢の軍師や武将に囲まれた作戦計画立案会議。それのグレードアップバージョンに身を投じることとなった柚餅子のプレッシャーは、それはもう計り知れないものだっただろう。


 以前クランホームにいた面子に加え、今回はハンニバルやイスカンダル、始皇帝にナポレオン、ナルメル王に『獅子心王ライオンハート』ことリチャード一世もいたという。


『ふむ……これだけの猛者が揃っているのであれば、魔王軍とやらも恐るるに足らんかもしれんな』


『敵を侮るのは慢心ではなく油断だと言いたいがな。流石にこの面々を目の当たりにしてはそれも否定出来ん』


 織田信長の言葉を否定し切れないと苦笑する曹操。周りの者もそれに同意するかのように、ケラケラと笑いながら頷いていた。


 魔王軍の規模がわかっていないが、それでも何千万といる大軍勢が自軍である以上、途轍も無い下手を打たなければ負けることはまず考えられない。


 それ程までに英霊やモンスターを交えた軍勢が敵となる魔王軍が可哀想だと、爆笑と共に話すヴァイキングの戦士や島津バーサーカーもいるくらいだ。


『戦場は神々の手によって保護されるんだったな』


『えぇ、そうです。大勢の神々の御力をお借りして、例の対抗戦の界に似せた結界を張ってもらうことになっております』


『あの界は少しばかり違和感を覚えるが、実際の行動にはなんの影響も及ばさないのでな。魔王軍との禍根を残さぬようにするのなら、アレが一番丁度いいのだ』


 神々が戦場に張る結界は、第三回公式イベントであるクラン対抗戦のフィールドに着目して作られた特殊な結界だ。


 対抗戦の時のように、倒された者は霊体のような姿になって戦場を観戦することになる結界で、これを使えば自軍も魔王軍の兵も、倒された者は皆等しく空から応援するしか出来ることがなくなる。


 今回は帝国との戦争以上の激戦になることが予想された為に、保険の意味合いも兼ねてそのような結界を張るようにしていた。


『して、敵軍の詳細は未だわからんのか?』


『エリザベートの話だと、現状で吸血鬼の騎士団や死霊軍と呼ばれるアンデッドの軍勢。それと悪鬼軍と獣魔軍、悪魔軍は出てくるだろうって話らしいね』


 元々は魔王軍に属するエリザベートも、今回は彼らの味方は出来ないと知り得る限りの情報を共有していた。


 まぁ、吸血王の子息であるルジェがアマネの味方をしているのだから、格下のエリザベートもそれに従うのが当然と言っていたので、多分大きな問題にはならないんだろう、多分。


『相手が何であろうと関係はないだろう? 結局、我らはどんな相手でも斬り伏せて勝利の旗を掲げるのみだ』


『その通りだな。例え相手が悪魔だろうと魔王だろうと、敵であるなら迷うこと無く討ち取るだけのこと』


 ただ、敵軍の詳細に興味はないと一蹴するレオニダス王と、それに同意するアマゾネスの女王ペンテシレイア。


 島津バーサーカーやヴァイキングにも並ぶ狂戦士であるスパルタの王と、ヘラクレスが女傑と称えた武人である女王からしたら、魔王軍も恐れる必要のない雑兵に過ぎない。


 そして、それに同意する者は彼ら彼女らだけでなく、勇猛な者から次々とそれはそうだと口々に賛同の声を上げる。


『結局、俺達は姫さんを狙う連中を片っ端からぶった斬りゃぁいいだけの話だろ? そんなん、ラグナロクん時と大して変わらねぇじゃねぇか』


『総大将を守るのは当然の理であるからな。邪魔な者はまとめて片付ける。そうすれば、魔王軍もその内全滅するのではないか?』


『ハッハッハッ! シン国の皇帝の言う事も尤もだ! 儂らの麾下にも少なからず言う事を聞かなそうな荒くれ者共がいるのでな! 其奴等が勝手に動けば、その内討ち取る相手がいなくなっていそうだ!』


 ラグナル・ロズブロークが嘗ての大戦と変わらないと言えば、シン国の始皇帝がそれに続いて気楽な事を言い放ち、イスカンダルが大笑と共にそれを肯定する。


 その場にいる歴戦の猛者達からしたら、魔王軍の侵攻など圧にもなりはしない。


 というか、これは過去に起きた大戦とつい最近起きた大戦のレベルが桁違いだっただけで、魔王軍の侵攻となれば普通は各国の上層部が混乱する筈なのだ。


 ただ、ここにはアマネという同盟の旗印が居て、尚且つ各国の上層部がすぐにでもアマネの持つ友人帳を介して会議や会談を行える。それが、魔王軍の侵攻という戦争を一つのイベントにまで落とし込んでいた。


『とはいえ、一番の問題はどの順番で軍を動かすかであるな。我が弓騎兵は馬を駆る以上、どうしても場を取ってしまう』


『我が麾下の戦象や鎌戦車もそうだな。出し方を考えねば、逆に味方の足を引っ張ってしまいそうだ』


 この戦いに於ける一番の問題は、軍勢が多過ぎて戦場が思った以上に狭くなってしまったということ。


 嘗て帝国と聖教国が争った時には、縦横無尽に聖教国の聖騎士が馬に乗って駆ける事が出来る程に、この戦場は本来は広いのだ。


 但し、それはあくまでもその時に関しての話。今はその何百、何千倍もの兵数で尚且つ人型以外のものも大勢集まっている。


 そのせいで、本陣近くはかなりミッチミチ。魔王軍側からは見えないだろうが、実は双子山の中どころか一部の兵士は周りの山やその後ろにまで控えていたりする。


 そうでもしないと、キャパオーバーで戦場がコミケ会場かと言いたくなる人口密度になってしまうのだ。どちらもある意味戦場ではあるが、血生臭い戦闘が予想される今回の戦場で陣形とも言えない密集は悪手でしかない。


 勿論、密集した陣形ではこの問題を口にしたチンギス・ハーンの弓騎兵もダレイオス三世の戦象や鎌戦車も運用など出来るわけがないのだ。


『深く考えなくて良いんじゃない? ほら、外のモンスターに追従する形で走ってけば騎兵は動けるでしょ?』


『……確かに、モンスターならばその動きに合わせて後ろをついていけば、自ずと敵軍までの道筋というものが見えてくるか』


 ただ、その答えはアーサー王がしっかりと言ってくれた。モンスターも参戦しているこの戦場では、一部のモンスターの進撃がそのまま騎兵等の順路にもなり得るのだ。


『最悪、源氏の者と共に山から駆け下りて横撃すればいいだろう。スメラミコトの武士なら、そのような無茶も平然とやってのけるのだろう?』


『言うねぇ。確かに弁慶達と一緒に攻めてきた狂信者の後背をぶっ刺してやったこともある。やりたいなら僕らは歓迎するよ?』


 挑発するように笑うのはガーター騎士団を率いるエドワード三世。エーディーンにも一目置かれた騎士団を創設した王に、源義経が若々しい姿にしては獰猛な笑みを浮かべながら応えるように言葉を返す。


『やれやれ。ワイルドハントと言うには、少々血気が盛ん過ぎるんじゃないかね?』


『狩りというより収穫に近いだろう。魔王軍という名の麦を、我々という鎌が根本から刈り取っていく。そう考えればしっくりくるぞ』


 苦笑いを浮かべるテオドリック王に、同じような笑みを浮かべながらヴァルデマー王も言葉を返す。これ程の戦はワイルドハントのレベルを超えている。


「…………取り敢えず、私達が場違いというのはしっかりわかったな」


『場違いを場違いのままにするんだったらな。お前達が我等の知恵と技を知りたいと言うのであれば、この戦いが終わった後にでも教えてやろう』


 フロリアの一言がプレイヤーとして参加しているエリゼと柚餅子の心中を代弁したが、それにナポレオンが言葉を返す。


 元々、アマネやユーリからもそういったことを頼まれているという話は聞いていたのだ。継承者も倒れた英霊達としては、自らの技を伝えられる相手がいるのは内心嬉しいものがある。


『まぁ、加減する気はない故に覚悟は決めてもらわないと困るんだがな』


『左様、左様! 我等の技を知るとは、それ即ち我等の技の継承者になるということ! 生半可な覚悟で覚えられるとは思わないことだ!』


 フィン・マックールの言葉に賛同するのは、マルテニカ王国時代の初代皇帝アウグストゥス。その圧たるや、まるで巨大な城が目の前に現れたかのよう。






「「「……前向きに検討致します」」」








――――そのような圧に晒された三人は、僅かな硬直の後にそう言葉を返すのが限界であった。

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