第597話

 式が始まるとなって、来賓席の貴族や外交官の人達は会話をやめ、身嗜みを整え直した上で式の開始を待ち侘びていた。


「もうすぐ始まるぞ」


「んんっ……よし、コンディションは十分……」


「……あんまり気合入れ過ぎないでくれよ?」


 モードレッドの釘が刺さるより先に、王宮前の広い階段の前に設えた玉座に、二人の王族が互いに手を取りながら座る。


 片方は月桂冠を頭に被ったカエサル様だ。マルテニカから持ち込んだ王家伝来の鎧を身に着けて、堂々たる威風を以て玉座に座している。


 そして、もう一方の美女こそがこのアラプト王国の国主。カエサル様が一目惚れした想い人である女王、クレオパトラ様である。





「――――皆、今日は集まってくれてありがとう」





 静寂に包まれていた会場だからこそ、その声は凛として響き渡った。


 王としての威厳に満ち溢れた、実に堂々とした声である。アラプト王国の女帝と呼ばれし傑物の一端が、その僅かな言葉だけで感じ取れた。


「この度、私はマルテニカ連邦の王族であるジュリアス・シーザーと婚姻を結び、アラプトの歴史に新たな一節を書き加える」


 そこまで言って、クレオパトラ様は隣に座るカエサル様ことジュリアス・シーザー様と目を合わせる。


「……私はこの国の者ではない。だが、同じ世を生きる人である。ならば、私がこの地で民のために尽力することに何の理由が必要だろうか」


 そのまま、クレオパトラ様と代わって言葉を紡ぐジュリアス・シーザー様。彼もまた、一人の王として民の心を震わす強い声を響かせていた。


「我が祖国も、この国も、祖を辿れば惨憺たる悲嘆の歴史に繋がる。我が国もまた、滅びし国の民が集まって生まれた国なのだから」


 マルテニカ連邦はエーディーンからの移民や、在野の小国が集まって建国に至った。そして、そのエーディーンも滅び、小国の多くは帝国により食い潰されて歴史の海に埋没した。


 だが、だからこそ二人は知っている。例え国が滅びたとしても、人が残っていれば『意志』は紡がれ繋がれていくのだと。


「我々は共に歩める隣人となった。ならば、この国をより良く、より大きなものにすることも出来るだろう」


 そこまで言って、シーザー様は再びクレオパトラ様と目を合わせ、そして改めてクレオパトラ様がその口を開き言葉を紡ぐ。


「私は、この国の祖に誓おう。嘗て在りし古の祖国に負けぬ国を作ると。この地を、第二のペレシオンとして繁栄させることを!」


 クレオパトラ様の宣誓に、民衆達の喝采が轟く。来賓席の私達も、拍手という形でその宣誓に言祝ぎを返した。


「ここからは、各国からの贈答品を私、ニトクリスがお伝えいたします。まず最初に、隣国である……」














 ニトクリスと名乗った女官が、各国からの贈答品の目録を読み上げる。この婚礼に、生中な代物を持ち寄った国は何処にもない。


 ノルドの贈答品は結晶で作られたティアラなどの装飾品と、武具の数々。特に後者のドワーフ謹製の武具は、ドワーフ王自らが打ち鍛え上げた逸品だそうで、それが鎧兜に剣盾のセットで数百体も用意されていたのだ。


 それに負けていないのがマギストス。こちらは魔法大国であることを利用して、護身の術式が付与された装飾品の数々を用意している。


 その宝石の産地は国内にある輝晶魔山のもので統一されていて、亡国エーディーンが一級品と評価した最高級の宝石が、見るものを魅了するアクセサリーとしてその姿を変えていた。


 これだけでも相当な代物だというのに、他の国も負けじとそれに続いていく。


 スメラミコトは名工が作りし太刀に、漆器と硝子細工。そしてスメラミコトの着物と反物をアラプトに贈答した。


 レン国は国内で作られた青磁、白磁の陶磁器と、首都で作られた簪などの小物類。そして、レン国に伝わる神獣を模した金の像を贈っている。


 ヴェラージは自国で算出される香辛料に加え、宝飾品に神獣の象牙という、非常に貴重な品を遠くから運んでアラプト王家の贈り物としたらしい。


「続きまして、騎士国キャメロットより王家御用達の紅茶、十年分。キャメロットで作られたティーセット。そして、聖銀のインゴット五百が贈られております」


 聖銀のインゴット、五百。これに各国の来賓も多少ざわつき始める。というのも、聖銀のインゴットというのは非常に貴重な代物で、採掘などしていても滅多に取れることのない希少金属であるからだ。


 主に妖精や精霊の住むような地でしか産出しない貴重なレアメタル。これは偏に、モルガンという妖精を統べる魔女と出会ったが為に用意できた品であろう。


「――――以上が、贈答品の一覧となります。最後に、異界人の代表、アマネ様」


「――――はい」


 ニトクリスが私の名前を呼んだので、席から立って来賓の方々に礼をすると、私は二人の前に出て、顔を合わせた上でそれぞれに一度礼をする。


「此度、私がこの地に恙無く来られたのは偏にアマネのお陰。この場を以て、アマネに礼を言いたい」


「恐れ多い事で御座います。私は、私が果たすべき役目を全うしたのみで御座いますれば」


「ふ……なら、役目を果たした者には報奨を与えねばなるまい。アマネ、アラプトに何を望む?」


 何を望む、か。それならば、一つだけ許して欲しい無礼がある。


「であるならば、一つだけ」


「申してみよ。私も、妻も、叶えられる望みならば応じてみせる」












「二人に、会って欲しい人がいるのです。どうか、御無礼をお許し下さい」














 私の指輪が輝く。幾分か優しく緩められた光は、大勢の人々の前で、その人影を会場の中央に呼び出した。


『…………今日は、良き日であるな』


「――――まさか、貴方様は……!?」


 私が主役の場はこれで終わりだ。後は、本当の主役に場を任せて、私は背景と音楽に徹するとしよう。









『長き、時を経た。私が国を守れず朽ち果て、父祖が繋ぎ紡いだ歴史の幕を下ろしてしまったことを、永らく悔いていた』


 それは、嘗て滅びた国の王。アラプトの祖と呼べる大国を受け継いでいた、一人の王。


『だが、私は安堵していたよ。私達の意志は、アラプトの名を名乗る後世の血族に、確と受け継がれていたのだから』


 顔を隠す金の面は無い。あるのは、愁眉の整った麗君の顔のみ。


『あぁ、実に良き国だ。人は活気に満ち溢れ、王家は民に慕われる。正しく、ペレシオンの意志を繋いだ国である』


 言葉も出ず、ただただ戦慄くクレオパトラに代わり、夫となるシーザーが王に言葉を返す。


「偉大なるペレシオンの王よ。貴方様にそう認められたのであれば、アラプトを作り守り繋いだ祖霊も浮かばれましょう」


『であれば良いのだがな。私は、妻子を遺して先に逝った不孝者であるからな。冥界で、今更顔を出すとは何事だ! と怒っていてもおかしくはない』


 そう言って、軽く戯けたように笑う王。既に長い時を経たとはいえ、王を知る者は老いた体で王の戯言に笑いを返していた。


『しかし、私の唯一の気掛かりも、無事晴らすことが出来たな。あぁ、今日は本当に良き日だ』


「気掛かり、ですか。それは一体?」


 晴れやかな顔で一度天を仰いだ王は、その瞳を玉座に座る女帝に向ける。


『遺した妻子が無事逃げ延びたかどうかが気掛かりであった。また、国を失った王族の行く末も憂いていたな』


「それは……!」


『声を荒げることはない。お前の顔を見ればよく分かる。その目、その口、その顔立ち。何処をどう見ても私の妻そっくりだ』


 優しげな笑みを浮かべて、クレオパトラをジッと見つめる王。また、伴侶となるシーザーの顔も忘れぬように脳裏に焼き付けた王は、二人に渡すべきものをその手に呼び出した。


『私がやり遺した最後の役目だ。国を失った愚かな王故に、大した代物も用意出来なかったのだがな』


「っ!? そ、そんな!? まさかそれは!?」


 王の手にあるものは、黄金のアンク。ペレシオンのファラオと呼ばれし王達に受け継がれてきた、パラディオーナの宮殿の鍵だ。


『受け取れ。これは滅びた国の王ではなく、今を生きる王の手元にあるべきだ』


 その言葉に、クレオパトラとシーザーは玉座から立ち上がり、自ら王の前へと歩みを進めた上で、片膝をついてそのアンクを受け取る。


「「……この国を、ペレシオンに負けぬ国とするべく、王として尽力致します!」」


 アンクを受け取った二人の宣誓に、愉快そうな笑みを浮かべる王。そして、大きく振り返った上で集ったアラプトの民を見渡して、堂々たる威風で口を開いた。


『アラプトの民よ! 喜べ! 既にこの国は、亡きペレシオンを超えている!』


 それは、ペレシオンの最後の王が、アラプトを認めたという証明。両手を大きく広げた王は、その金の双瞳を輝かせて声を轟かせる。


『最早アラプトにペレシオンを追う必要は無い! これからは、ペレシオンの先を行く大国として、より一層の繁栄と栄光を祈っているぞ!』


 王のその言葉に、民衆の歓声が大きく響き渡る。何も知らない人が聞けば、それは暴動ではないかと誤認してしまいそうな喝采だった。

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