第596話
コンガードラマーは、王都が近くなった辺りで演奏をしながら砂漠の何処かへ去っていった。
「うん。こんな感じでいいかな」
「はぁ〜……お姉の腕前、前よりめちゃくちゃ上がってるよねぇ……」
「聴いていると深みに嵌るのよね。私も気を抜いていると引き込まれて帰れなくなりそうになるわ」
あの、人の歌をそんな底無し沼みたいに言うのやめてくれないかな? それと、モードレッド達も静かに頷かないで?
「にしても、なんか人多くない?」
「カエサル様が到着した一報が王都に届いたからだろうな。流石に即日で式は執り行わんが、婚姻に当たった軽い挨拶などはすることになるだろう」
「一応、先に贈答品の受領式のようなものを先に行うことにはなっているからな。正式な結婚式はまだまだ先の話だが、それまで来賓の方々の倉庫を圧迫するのも悪かろう、とな」
どうやら、婚姻式の目的は来賓の方々が用意した祝の品を先に受け取ることであるらしい。
確かに、実際の結婚式はまだ少し先の話になるだろうし、それまでの間ずっと倉庫に祝の品を眠らせるわけにもいかない。況してや、盗難騒ぎなんて起きたりしたら大問題だ。
だから、先に婚姻式という式典を行うことでそういった品々を王家が預かり、その後の責任は全てアラプト王家が引き受ける、という形にするという。
「特に今回は随分と多くの国から外交官や貴族が訪れておるからな。誰のお陰とは言わんが、こうも多いと先に受け取らんと危なっかしくていかんのだ」
「まぁ、帝国の事を考えれば当然ですよね……」
海を挟んだ向こうの大陸にまで追手が来るかどうかは怪しいところだが、婚礼の品を狙った賊に関してはヴェラージを橋頭堡に来ている可能性もある。
流石に無策で式を執り行いはしないだろうが、それでも警備を厳にしておかないと何かしらやらかそうとする輩は出てきそうだ。
「アマネ、今のうちに馬車に積み込みをしておいてくれ。流石に一台くらいは品を載せている馬車がないと怪しまれる」
「囮も兼ねて、というわけですね。取り敢えず、運びやすいものだけ出しておきます」
椅子とか燭台とかキャビネットとかなら下ろす時も楽だよね。ソファーとかベッドは向こうで直接出すことにしよう。
ということで、ナールカロに到着した私は預かった品々を担当の方々の前で出して、無事納品してきたわけなんだけど……
「なんでこんな貴賓席に私はいるんだろうか……」
「歌姫にして同盟の旗印をそこらの一般席に座らせるわけにはいかんからな」
現在、ワシントン氏と共に来賓の方々が集まる貴賓席で婚姻式の開会を待っている。周りが如何にも外交官な人や貴族な人でいっぱいなので、場違い感が半端ない。
「アマネに関しては今更だろ? 僕も隣りにいるし、そこまで緊張しなくていいよ」
「緊張というより、困惑とかそっちの感情の方が多いですね。後は、ヒビキの到着待ちってところですけど」
念の為、ヒビキには王都内の不穏分子の掃討を頼んでいる。既にベドウィンの暗殺者達が周辺の警戒に当たっているらしいが、足りないよりはいいだろうとお願いしたのだ。
それと、モードレッドも今回はキャメロットの代表として贈答品を贈る『来賓』側となっている。いつもは護衛として側にいることが多いから、ある意味同じ立場になっている今はちょっと珍しい。
「キャメロットの茶器と茶葉か……王家御用達の品と聞いておるし、贈答品としてならかなり高い部類になるな」
「流石にマルテニカが用意した品々を超えないように気を使ってはいますけどね」
「何、気にする必要はない。マルテニカは何処ぞの国には大国と認めてもらえん程度の小国の集まりだからな」
「ふふ。マルテニカを小国と呼んでしまったら、キャメロットも同じ小国になってしまいますよ」
そんな風に仲良く歓談するワシントン氏とモードレッド。そう言えばモードレッドは何気に王族の一人に属しているんだった。
というか、母親であるグィネヴィア妃が事実上の国主である以上、モードレッドって王太子的な……?
「アマネ、久しいな。その様子だと元気にはしていたようだ」
「あ、ザッハーク様! お久し振りです!」
そんな事を考えていたら、礼装姿のザッハーク様が態々挨拶の為にこちらへ顔を見せに来てくれた。
その傍らにはローブで身を隠しているとはいえ、明らかに偉い人だとわかるお爺さんが杖を片手に持ちながらこちらを見ている。
「あの、そちらの方は?」
「あぁ、紹介しよう。ベドウィンの暗部の頭領をしているハサンだ。山の翁と呼んでやってくれ」
「お初にお目に掛かりますな。山の翁、名はハサン・サッバーフと申します。気軽に翁とでも及びください」
ザッハーク様の紹介に合わせて礼をする山の翁。ハサン・サッバーフが名前らしいが、あまり表に出せない役目上名を名乗ることはあまりしないし、良くないことであるらしい。
「はじめまして、アマネと申します」
「アマネ様のお陰でアラプトは大きな転換期に入ろうとしております。我らも元を正せばこの地の民であり、同じ神に親類縁者を奪われし者でありますからな……」
「私の権限で、北部に点在するベドウィンの民の集落や街への転移の許可を出している。また、翁も含めた暗部も必要があれば貸し出すことでまとまっている」
いきなり過ぎてちょっとびっくりしてるけど、どうやらザッハーク様の権限で私に出せる様々な許可を出してくれた様子。
「それは……」
「アラプトもこれを期に同盟の一員となろう。なればこそ、私が先に加盟の流れを作っておかねば入り難かろうと思ってな」
成る程、アラプトが気兼ねなく同盟に入れるように道筋だけ用意しようとしていたのか。
「元よりザッハーク様は私の友人でありますからね。そんなに仰々しくしなくても、そのような申出があれば私はお受けしていますよ」
「なぁに、これも形式という奴よ。外面はそれなりに良くしておかんと、侮る馬鹿が出てくるからな」
「その通りで御座いますよ、アマネ様。特に帝国にはそのような無知蒙昧のお馬鹿さんが多いんですから、用心するに越したことはありません」
なんか、ザッハークと話していたら見知らぬ神父みたいな人がやってきて、話に割り込んできた。でも、悪い人って感じはしないなぁ。
「はじめまして、でいいんですよね?」
「えぇ、そうですとも。私はグレゴリー。ノルドから此度の婚姻式に参列しているしがない神父で御座いますとも」
グレゴリーさんはちょっと糸目気味で白髪の若いお兄さんだ。黒い神父服も含めて、何処か胡散臭さを感じさせている。
ただ、ノルドの神父さんでしかもこんな祭典とも呼べる式に来賓として来ているのだから、恐らくはイヴァン陛下もある程度の信用はしているのだろう。
「グレゴリー……タダでさえ胡散臭いんだからその絡み方はマズいって……」
「いやいや、ミシェル! 私は何処からどう見ても純真無垢な神父! 胡散臭さなんて欠片もないでしょうよ!」
「その発言自体が胡散臭いんだよ……あ、はじめまして。グレゴリーの付き添いで来てるミシェルだ」
「はじめまして、ミシェルさん」
ミシェルさんは黒い髪で目元を隠した人で、神父服を着たグレゴリーさんよりも神父感を感じさせる黒いローブを身に纏っている。
というか、胡散臭いのは向こうもわかってて来賓として送ったのか……いや、ミシェルさんがいるから大丈夫って判断なのかな?
「まぁ、色々と話を聞いていたからね。もし出会うことがあれば良しなにって、陛下から仰せつかっていたんだよ」
「そういうことでしたか。お気になさらずとも良かったんですけどね」
「そういうわけにもいきませんからね! ほら、セント君もジュゼッペ君もご挨拶しないと!」
そう言ってグレゴリーさんが手招きした方からは、如何にも貴族らしい服装の男性が二人程、こちらに向かって歩いてきていた。
「はじめまして、アマネと申します」
「ご丁寧にどうも。聞こえていただろうが、私がセントだ。マギストスのしがない宮廷貴族だよ」
「同じく宮廷貴族のジュゼッペだ。そんなに堅苦しくしなくていいから、気軽に話しかけてくれればいいよ」
セントさんは青みがかった黒色でボサボサヘアの男性、ジュゼッペさんはクリーム色の髪をしたふわふわヘアの男性だ。
服装は中世ヨーロッパの貴族風な洋装に身を包んでいる。宮廷貴族という、日本で言うところの公卿に相当する立ち位置の人で、マギストスの名代としてここに来るくらいには偉い人のようだ。
「英雄祭の時に間近で歌声を聴かせてもらったけど、正しく天上の歌声だった! 歌や音楽の女神であっても、貴女の歌を聴けば脱帽すること間違い無しだ!」
「恐縮です。尤も、私としてはまだまだ未熟。演奏も含め、もっと腕を磨かなくてはと常々から意識しております」
「……あれ以上の歌声となれば、それはもう涙を流さぬ者は出なくなるでしょうね。いやはや、話題の歌姫はまだまだ高みを望みますか……」
面白そうなものを見つめる目でこちらを見るセントさん。ジュゼッペさんはテンションが高めだが、セントさんは割と淡々としているような気がする。
「さて、そろそろ式も始まる頃合いだ。我々も元の席に戻るとしよう」
「アマネ様、ノルドへの再訪をお待ちしておりますよ」
そう言って、四人は元の席へと戻っていった。ちゃっかり友人帳にも名前が載ってるけど、知ってて私にコンタクトしてきたんだろうか……?
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