第595話
エムレスに到着した私達は、現地での諸々の手続きやら御土産の購入やら何やらで軽く時間を使いつつ、王都ナールカロへ移動を始めていた。
「いやぁ……砂漠の国って感じしてるよねぇ……」
「フランガで砂漠エリアの旅は少しだけ慣れたかと思ってましたけど、実際に来ると全然違いますね〜」
乾いた風の吹く街道を、護衛も兼ねたキャラバンと共に進んでいく。一応、名目としてはアラプトに贈る品を載せている、ということになっている。
実際のところ、ついてきているキャラバンの半分くらいは普通の商会の商隊だ。尤も、その中にはザバット商会というお得意様もいるわけなんだけどね。
「いやぁ〜……まさか、こんなお嬢さん方の道案内をすることになるなんて、思いもしなかったなぁ!」
『チャラけんなよ、アラジン! いや、割とマジでヘタなことやらかしたら俺が処されるからな!』
さて、今回のキャラバンだが護衛兼案内役として、途轍もなく有名人な方がお手伝いしてくれている。
その名もアラジン。魔人のランプという、中にイフリートのジンが入ったランプを腰に吊り下げた、このアラプト王国の義賊だそうだ。
悪人相手に財貨を奪い、それを市井の人々に分け与えているそうで、特に日々の生活に困窮している女子供には多めに分け与えているという。
荒事に関しても、相棒であるイフリートのジンを抜きにしてもかなり強い。特にスリの腕前を活かして相手の武器を盗み取り、それを利用して相手を倒すことを得意としている。
「有名人といっぱい出会えて楽しいねぇ……」
「アマネの世界でも有名だと言われると少しむず痒く感じるんだよな……」
ロビンのボソッとした呟きに、ゴリアテやモードレッドが声を出さずに軽く首を縦に振ることで肯定を返している。
なんか、自分達が私の世界で有名だと知ってちょっと気後れしてるみたいなんだよね。
「お姉〜、砂漠のモンスター全然いないよ〜?」
「ここは曲がりなりにも街道だからな。人の往来も少なくはないし、何より今は私達の気配を感じて近寄り難いのだろうよ」
ユーリが暇そうにしながら発した言葉に、カエサル様が苦笑気味に答えを返す。
エムレスとナールカロを繋ぐ街道は人の往来が多く、砂漠のモンスターはあまり街道にまで近寄ってこないらしい。
特に人の多いキャラバンや商隊がいると顕著で、騎獣も合わせて二桁に達していれば基本的にはこっちに近寄ってくることはないそうだ。
「アマネが歌えば一発で寄ってくるだろうけどね」
「よし! お姉、一曲歌って!」
「ユーリ、流石にフリが雑過ぎ――」
「よしきた、お姉ちゃんに任せなさい」
「アマネのノリが良過ぎる!?」
ここまで十数秒の出来事だ。エルメがなんか騒いでいるけど、特に気にする必要は無いだろうからスルーしていいだろう。
歌うのはここアラプトにマッチしそうな歌の方がいいだろう。とは言っても、私のレパートリーだと歌えるのは限られているんだけどね。
まぁ、既にヒビキはスタンバっている。私が何を歌うのかも予想出来ているみたいだし、このままアラビアンな歌を歌うとしよう。
馬車の中で喉を震わし、広い砂漠に歌声を遠く広く響かせる。まだ夜には早いが、それでも歌として悪くはない筈だ。
すると、案の定というべきか。アチラコチラでこちらに興味を示して姿を現し始める大量のモンスター達。ゴリアテ達が護衛達を止めていなければ、色々とマズいことになっていたのは間違い無い。
「……成る程。これが『歌姫』か」
「えぇ、『歴代最高』という名が付く、至高の歌姫ですよ」
なんかモードレッドがカエサル様に恥ずかしいこと言ってる気がする。歴代最高とか、私には過分過ぎる単語だからね?
「歌声一つで神々を傅かせた歌姫が何を言っているのやら……」
「ちょっと待って!? お姉一体何処で何やらかしてるの!?」
ちょっと歌っただけですよ? まぁ、最近は私でも効力のコントロールが出来ない時がちょこちょこ出始めてきてるんだけどね。
そんなことより、今はこちらに挨拶をしに来た子達の相手をするとしよう。
「よっ、と……はじめまして、だね」
馬車から降りて最初に挨拶しに行ったのは、とても背の高いヤシの木。スリングパームというナツメヤシのモンスターだ。
スリングと付く通り、自分の実を弾として敵に投げつける。しかも数が多いので、基本的に散弾しか使ってこない。
カタパルトパームは実が大きいので単発の火力が高く、攻城戦だったり大型の敵に対してだったりだとかなりの強さを誇る。
その一方でこちらのスリングパームは対陣。即ち多数相手に対して圧倒的な強さを誇るのだ。特に密集陣形などを取っていれば尚更である。
「またクランホームの防御力が上がった……?」
「上がったわね。対騎兵も期待できるわ」
そんなスリングパームの根本をスイスイと泳ぐデザートホーン。額から一本の角が生えたシイラみたいな魚のモンスターだ。
砂中を泳ぐ彼らは、獲物を見つけると急速で接近して、その額から生えたユニコーンのような角で貫き仕留める。
生息地は砂漠だが、砂地なら一応浜辺でも活動することが出来る。泥の中や土の中も一応泳げなくはない。
なのに、水の中だとめちゃくちゃ遅くなる。力が入り過ぎるのか、泳ごうとする度にグルグルとその場で謎の回転行動をしてしまうそうだ。
「水を得た魚は泳げるんじゃないのか……」
「環境が大きく変わるとモンスターでも適応に時間が掛かる。まぁ、このデザートホーンも数日水の中に入れていれば泳ぎ方を学んで自由に泳ぐようになるだろうな」
「ん。可能性の獣、ならぬ可能性の魚」
そんなやり取りに耳を傾けつつ、今度は宙に浮かぶ砂嵐のような何かに目を向ける。
大量の塵が舞い上がったような不思議な姿のモンスター……いや、精霊の名前はガスクラウド。風と地属性を司る精霊の一種であるらしい。
見てわかるかもしれないが物理攻撃は全く効かず、属性攻撃でのみダメージが与えられる。特に水属性だと大ダメージになるそうだ。
精霊としての力が強いというわけではないが、こういった砂漠なんかだと兎に角数が増えやすい。アラプトの空に浮かんでいる雲が、ものによってはガスクラウドの集合体だって聞いてちょっとびっくりしてる。
「精霊としての力は命中率の低下だってさ」
「……砂埃が目に入って鬱陶しい、的な?」
そう言えば、今の私が精霊達にサポートしてもらうよう頼んだらどうなるんだろ? 色々な子と出会ってきたから、バフとデバフがとんでもない量になってそうな気がする。
と、そんな事を考えていたら、大きな魚に縄を引っ掛けてこちらに向かってくるゴブリンの一団を発見した。
「お姉、何あれ!?」
「ゴブリンサーファーとサンドピラニアだってさ」
ゴブリンサーファーは木のような材質のボードに乗って移動するゴブリンで、砂漠や砂浜のような砂地に多く見受けられる。
一応海で波乗りしている姿も見られなくはないが、ゴブリンであることに変わりがない以上、海に落ちた瞬間他のモンスターの餌となってバッドエンドを迎える。だから、海ではゴブリンサーファーはあまり見掛けられないらしい。
その代わり、砂漠や砂浜だと魚系のモンスターに縄を引っ掛けて、自分を引っ張ってもらうという。
今回ならサンドピラニアという大きなピラニアがそれに当て嵌まるだろう。速さもそこそこで扱いやすく、戦闘能力も悪くはない。
基本的には大きな群れを形成するサンドピラニアだが、ゴブリンは数が多い種族なので群れ一つを丸ごと引っ張る役にしてしまうことも多いそうだ。
「デザートホーンだと速過ぎてボードと一緒に宙を舞っちゃうみたいだね」
「……ジェットスキー?」
「言い得て妙ですね〜」
デザートホーンってカジキ並の速さで泳げちゃうからね。もし引っ張ってもらってる最中に、バランスを崩せばすぐに大事故待ったナシだ。
「お、ボスもお出ましみたいだね」
「……太鼓を叩く、手?」
ユーリの困惑した声が聞こえるが、まぁ無理もないと思う。だって、コンガみたいな太鼓を叩く焦げ茶色の両手という謎のモンスターなんだからね。
このボスの名前は『砂塵の大太鼓』コンガードラマー。この街道がある砂漠の主で、常日頃から太鼓を叩いて独特なリズムの演奏を聴衆に聞かせている。
戦闘能力はかなり高く、自由自在に飛び回る両手による攻撃に加え、太鼓の音色によるバフや衝撃波など、様々な攻撃を巧みに繰り出してくるという。
「新しい太鼓を渡すと太鼓の見た目が変わって、しかも護衛としてついてきてくれるんだってさ」
「へぇ~……あ、じゃぁドラムセットとか合うかも! お姉、倉庫から取り出してよ!」
実は、ユーリ達って最近はプレイヤーメイドの楽器類を買い漁っているんだよね。理由としては、私から演奏の仕方を学びたいってことらしい。
その中でも特に大きなドラムセットを、ドラムスティック付きでコンガードラマーの前に出す。一応、気に入らなかった時のことも考えて、コンガ系の太鼓も横に揃えて並べておいた。
すると、大喜びでそのドラムセットと太鼓を両手で掴み取るコンガードラマー。瞬く間にドラムセットと太鼓は霞となって消えていき、代わりにコンガードラマーの周りに立派なドラムと太鼓が現れる。
「お姉! 試運転に付き合ってあげてよ!」
「ユーリが聴きたいだけでしょ? まぁ、やるんだけどね」
「おや、今回は随分と大盤振る舞いだね」
そりゃまぁ、式の時にも歌うつもりでいるわけなんだし、今のうちに軽くアップしておかないと。
ドラムスティックを使って巧みな演奏を披露するコンガードラマー。しかし、ヒビキがギターの音色を奏で始めると、それに合わせて演奏を綺麗に嵌め込んでいく。
あ、ユーリ達がマラカスやカスタネットなんかのパーカッションも充実させてる。まぁ、悪いことじゃないからいいか。
こうして、私達が王都に着くまでの間、コンガードラマーの太鼓の音色は私の歌と共に響き続けた。
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