第598話

 シーザー様とクレオパトラ様の婚姻式は恙無く終わりを迎えた。


 ペレシオン最後の王ツタンカーメンの登場で、王都は砂漠の熱気にも負けない熱気に包まれ、来賓の方々はアラプトの王家が正統なものであることを確とその目に焼き付けた。


「いやぁ、無事終わってよかったですね」


「最後の一幕が無ければ特に言うこともなかったのだがな……いつ、王と出会っていた?」


 今、私はクレオパトラ様の離宮に招かれて、一緒にお茶を楽しんでいた。あ、勿論シーザー様とツタンカーメン王もこの茶会に参加している。


『アマネと会ったのは大分前だな……』


「砂上船を作ってもらった辺りなので、何ヶ月か前くらいじゃないですかね?」


 私がアラプトに初めて来たのは大体それくらい前だと思う。細かい日数とかはもう覚えていないけど、砂上船を貰ってギルザールに行ったのは多分その程度。


 現実世界とこっちの世界は時間の流れが若干違うので、どうしてもそこに関しては誤差が生じてしまう。


……まぁ、私はほぼ毎日どころか毎時ログインしてるんだけどね。外の人の声もノイズに聞こえるせいで家族揃っての食事も難しいし、お風呂やトイレも二階に用意してもらってるから殆ど部屋から出ていない。


 リフォーム費用は割と掛かったけど、父も母もそれなりに高給取りなので問題はなかった。それに、お祖父ちゃん達もお金を出してくれたみたいだしね。


『王都への転移の許可はセベク神直々に出されていたからな。伝える手段が無かったが故に遅れたが、今のうちに共有しておこう』


「左様でございましたか。であるならば、アマネにはこのアラプト王国全ての転移陣の使用許可を出させてもらいましょう」


 よし、これでアラプト王国の街全てに転移出来るようになった。後許可を貰ってないのはフランガと聖教国の二ヶ国。


 帝国は行く気もないし滅びる未来しか見えないし、オルンテスに関しては首都圏以外で転移陣のある集落が少ない。まぁ、オルンテスは海上国家ってのもあるから仕方ないんだけどね。


「これで帝国の包囲網はほぼ完成ですね」


「そうだな。まだ私はアラプトの民心を得られているとは言えないが、パトラがいる以上その心配もしなくていいだろう」


 友人帳を開けば、新たにクレオパトラ様と側近である女官のニトクリスさんの名前が追加されている。


 ニトクリスさんに関しては一見関係無いように思えるが、実はかなり深い関係がある人だったり。


「それで、ニトクリスさんはダークエルフ、と呼ばれている一族なんですよね?」


「えぇ、そうです。嘗てエーディーンと共に主神と戦ったエルフ族。その一人で御座います」


 ニトクリスさんはダークエルフと呼ばれているエルフ族で、エーディーン側に付いたエルフが呪われて生まれた種族である。


 主神側のエルフがハイエルフ、エーディーン側のエルフがダークエルフと覚えれば良い。尚、中立のエルフは今もエルフのままなのでそこは気にしなくていいだろう。


「既に数多の縁を結んでいるアマネ様には不要かもしれませんが、私達ダークエルフもエーディーンの最後を見届けた一族。故に、帝国との戦いは雪辱を果たすいい機会なのですよ」


 ダークエルフとなったエルフ達だが、その呪いは周りの自然を枯らし、僅かな時間で荒野へと変えてしまうというもの。


 森に生きる種族であるエルフに対してかなり酷な呪いを掛けているが、それ故に植物に乏しいアラプトで彼らは命脈を保つ事ができた。


「何れ、ダークエルフの里にも足を運んでみてください。我らの女王も、アマネ様の来訪を歓迎することでしょう」


「機会があれば、是非」


 さて、そのような話はここで終わりにするとして、そろそろ真面目な話に入るとしよう。


「先程もお伝え致しましたが、既に対主神及び反帝国同盟は成り、帝国包囲網はほぼ完成と言っても過言ではない状態となっております」


「となると、次に打つべき手は我々が崇めるアラプトの神々を同盟に加えること、だな」


 エジプト神系列で同盟に加わっているのはセベク神とアヌビス神の二柱のみ。その他の神に関しては、未だ友人帳に名が記されていない。


 であるならば、折角アラプトに来たのだし他の神々の名前も友人帳に記してしまえばいいのでは? と、ふと思ったのだ。


『私がセベク様に呼び掛けるのも良いが、折角その鍵を継承したのだからな。済まないが、アマネにはもう一仕事頼みたい』


「えぇ、どのようなものでしょうか?」


『そこまで難しいことではない。ただ、アマネには王家が守護せし聖域へと足を運んで欲しいのだ』


 ペレシオンのファラオ達は皆、あのアンクを継承した際に王家が守護している神々の聖域へと足を運んで、神々に挨拶をするのが昔からの習わしであるらしい。


 今回はクレオパトラ様とシーザー様にそのアンクを継承した為、形式に則って二人にも王家の聖域へと向かってもらい、神々に継承した旨を伝えて欲しいそうだ。


『アマネの目的とも合致する。また、アマネがいれば大抵の危機はすぐに脱せるのでな。アマネの力を頼りにしているのは申し訳無いが、頼めるだろうか?』


「えぇ、大丈夫ですよ。アラプトに来たのだから、もう少しばかり旅を楽しみたかったですからね」


 砂漠の旅も悪くはない。久々にディザート・ギアを呼び出して、皆で砂の海を航海するのもきっと楽しいだろう。


「であるなら、私も遠出の支度をせねばならんな。ニトクリス、お前もついてくるか?」


「えぇ、勿論です。私は女王陛下の側近で御座いますからね」


「なら、私はパトラの留守を預かるとしよう。私が聖域に足を運ぶ時は、そうだな……諸々の問題が終わり、平和な世になってからでいいか」


 クレオパトラ様とニトクリスさんが同行するのは確定した。シーザー様は帝国に引導を渡してから聖域に足を運ぼうと考えているようだ。


 まぁ、今回は砂上船を利用した旅になるので、あまり人数が多くても困る。特に女性陣が多くなりそうだからね。


『私もいざとなれば力を貸そう。アマネ、よろしく頼んだぞ』


「えぇ、任せてください。無事にクレオパトラ様を王家の聖域まで護衛してみせます」


 まぁ、守るのは私ではなくモードレッド達の仕事なんだけどね!
















「いやはや、アレが異界の歌姫様かぁ……予想以上にぶっ飛んでるお嬢さんだったね」


 帰路についた神父は、初めて会った歌姫の事を思い出して面白そうに笑う。それなりに長い時を生きてはいたが、あのような珍しい異界人は初めて見た。


「で、どうなんだ? お前の目にはどう写った?」


「……んなこと言われてもね。異界人は未来を読みにくくて面倒臭いんだよ……でも、悪くはないとだけ言っておこうかな」


「それくらいでいいですよ。あまり深入りし過ぎると未来は変わってしまう。特に今回は、ほんの一つの歪みが命取りですからね」


 あの歌姫はこの世界の希望だ。人の手に再び『人の世界』を取り戻させる栄光の歌声を響かせる、福音の金糸雀なのだ。


「護衛は足りているようですからね。私達は彼女のジョーカーとして、もう暫く隠れていましょうか」


「あー……早く大暴れしたいんだけどなぁ……」


「そう遠い未来の話、ってわけでもない。私達はゆっくりとその時を待っていればいいさ」











……しかし、異界人にしては随分とこの世界の気が濃かったですね。まるで、最初からこの世界の人間のような気配でしたよ。

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