最終話


――――世界を揺るがした大事件と大戦争の日から、もう数日経っていた。


 各地で起きていた混乱も、各国の首脳陣による迅速な対応により完全に平静を保っていて、世界が崩壊寸前だったとは思えない程の平和が訪れている。


「今日どうする? 普通に攻略するか、ゾディアックんところ行くか……」


「帝国の開拓もアリじゃね? ほら、そろそろ俺等のホームも欲しいし、どっかの土地貰って建てるとか」


「何処に行くにしても人は多そうだけどなー……」


 この世界にいるプレイヤーは、平和になった世界を満喫出来るようになった今でも行動理念は対して変わらない。


 皆、やりたいことがあったらとことんそれをやりに行くだけだ。ただ、前よりちょっとだけ選択肢が増えたけどね。


「おい、ユーリ。ボーッとしてないで、早くコレを持ってってくれ」


「はいはい。ホント、お姉は愛されてるねぇ」


 そんなプレイヤー達の会話に耳を傾けていたら、ボーッとするなとフロリアに怒られた。


 彼女の手には大輪の花を咲かせた花束が抱えられている。これも、フロリアがワザワザお姉の為に用意した花束だ。


 エリゼや柚餅子も同じように花を押し付ける為に呼び出してきたし、そんなことするくらいなら直接花を置きにくればいいのにって思うんだけどね。


「それじゃ、私は忙しいんでな」


「海路の攻略だっけか。大変だろうけど頑張ってね」


「それはコッチの台詞だ。弔問の客人の相手、今後も頑張れよ」


 そう言って噴水広場から神殿の方へと歩いていくフロリア。翼の騎士団も花鳥風月も、今はもう最前線の攻略に注力していて、どっちが先に攻略したかでまた競い始めている。


 勿論、一番はウチのお姉だけど、殿堂入りって形で掲示板には『アマネ』の名前が載っているから、まだまだ攻略合戦の熱は冷めることはない。


 フロリアから渡された花束を持ちながら、私は第二の街からゆっくりとクランホームへ帰る。こうして花束を受け取るのも何回目だろうか。



――――お姉が塔の上で死んだ事は、あの戦場にいた人には知られていた。



 世界の崩壊は止まったけど、私達は大切な人の死を止められなかった。試合に勝って勝負に負けたという表現がこれ程相応しいものはないだろう。


 尤も、その認識が出来たのは関わりの薄いプレイヤーだけであり、お姉に大なり小なり関わってきた人達にとっては敗戦と言っても相違無いと気を落としていた。




「らっしゃいらっしゃい!!! 今ならマルテニカ産の野菜の詰め合わせが――――」


「アラプト王国の金飾りが入荷したよ!!! 数量限定の高級品だから、欲しい人は――――」


「あいよッ!!! 特盛豚骨ラーメン――――」



「……ホント、賑やかになったなぁ」




 クランホームの周りも大分様変わりしている。具体的に言うと、宿場町の造成が急ピッチで進められたのだ。


 というのも、今回の件で各国の首脳陣が見舞いという形で援助をしてくれることになった。


 お姉の最後がどんな様子だったかを伝えた途端、各国の首脳陣は勿論のこと、世界各国にいるお姉のファンな貴族や商会が支援してくれたのだ。


 その結果、第二の街から出てすぐに宿場町という名前の大都市が作られ始めていて、何ならもう既に主要な施設は完成していたりする。


 建て終わっていないのは他の商会の店舗や宿泊施設ばかりで、冒険者ギルドを筆頭とした各種ギルドにコロッセオのような闘技場、軍の駐屯地など、兎に角とんでもない量の建物が建ち並んでいる。


 行き交う馬車は留まることを知らず、止まるときは大抵ここで店をやっている人や商会の物を届けに来ているだけ。市バスのような馬車も運営が始まり、それを使うプレイヤーや住人もとても増えた。


 その結果、クランホームの周りはあっという間に一つの都市として発展し、様々な国の人や種族が集まる経済の中心地になった。


 フランガ王国の税収が跳ね上がったのがその証拠だとも言えるだろう。先の大事件の対処も含めて、ティリエラ王女が忙殺されかけているのも証拠になるだろうか?




「お帰り、ユーリ。その花束は……」


「翼の騎士団のフロリアからだよ。また花が増えちゃったね」




 クランホームの玄関から中に入れば、そこには少しお疲れムードのモードレッドが、淹れ立ての紅茶を飲みながら私を出迎えてくれた。


 彼もまた、今回の件で色々と忙しくなってしまった人でもある。主に、世界を救った騎士としてのネームバリュー的な意味でね。


「じゃ、この花も置きに行ってくるね」


「あぁ、わかった。僕も少ししたらまたキャメロットに戻らないといけないからね」


「りょーかい! んじゃ、そっちも頑張って」


 多分、暇してるのはこの中だったら私くらいだ。他の面々はそれぞれ仕事が溜まっていて、いつメンもゾディアックの面々も東奔西走している。


 まず、ルテラは情報組に出向中で、ここで得られた情報とかをまとめて、公開可能なものを取り敢えず伝えに行っている。


 弓月とエルメは主に闘技場にいて、プレイヤーと住人の間のトラブルの解決や認識のすり合わせなどの仕事で忙しい。特に今は、ウチの周りに色々と人が集まるようになったからね。


 そして、恋華はリアルの案件でとても忙しい。例の財閥が壊滅状態の為、その余波で被害を被っている事業者の対処で忙しくなっているそうだ。


 無理矢理財閥の傘下に収められた企業もあるし、財閥内でも窓際族にされていたまともな社員や従業員なんかは、今回の大捕物で事実上の解雇状態。


 そういったまともな人達を拾い上げる為にも、恋華の御両親や役員の方々が根回しや素行調査などを行って、その上でスカウトをしているそうだ。


 まぁ、警察や司法関係者も今は忙殺一歩手前にまでなっていて、元気なのはマスコミ関係者だけだからね。連日のニュースに私も飽きてきたくらいだし。




――――そんな事を考えながら、私はお姉の部屋の前まで来た。部屋の中は、色んな人から贈られた花でいっぱいになってるんだけどね。



「……お姉。お花、持ってきたよ」 





















「…………また? そろそろ足の踏み場も無くなりそうなんだけど……」








 私が部屋に入って早々に、お姉は凄く困った顔をしてこちらを見ていた。


 まぁ、私もお姉の気持ちはわかる。ぶっちゃけ怪我とか何もしてないし、何なら今からでも旅に出れるくらいには元気なのに、見舞いとしてこの量の花を贈られるのはめちゃくちゃキツい。


 というか、最初はお見舞いじゃなくて献花だったからね。本人が生きてるってなって全員驚いてたけど。


「それにしても、まさか私がプレイヤーだって忘れられるとは思わなかったなぁ……」


「いや、あの死に方は何処からどう見ても今生の別れのそれだって……」


 あの後の事を簡単に言うと、御通夜モードの私達は物凄く気を落とした状態でクランホームに帰ってきて、そして「あ、お帰り〜」と中にいたお姉に出迎えられたのだ。


 勿論、モードレッド達は大混乱。私達はそう言えばプレイヤーだったと気付き、一気に糸が切れて涙がボロボロと溢れて大惨事。


 で、私達を心配させて涙まで流させた罰として、暫くの間お姉はクランホームで謹慎処分と相成った。


 これもまぁハッキリと言えば建前で、ヘタに表に出られると真理愛の関係者に狙われる可能性もあったから、その対策としての外出禁止令だったりする。


 ほら、真理愛自体はここから消えたけど、真理愛に協力する人間までいなくなってるとは限らないからさ。少なくともそれの精査や調査が終わるまでは、ここで暫く大人しくしてもらうしかない。


「にしても、あれだけ長い付き合いだったのに終わるときはアッサリ終わったねぇ……」


「まだ先生に診てもらったわけじゃないからわからないよ?」


「自分の部屋から出れるようになった時点で完治してると言っても過言じゃないでしょ」


 今回の件で一番変わったのはお姉だろう。何年も一緒に過ごしていた耳の病は、今回を境にスッカリと鳴りを潜めていた。


 部屋から出てきたお姉を見て、ホントに心臓が止まるかと思ったよ。暫くは隠しとこうかなって、お父さんやお母さんにはまだ言ってないみたいだけどね。


 理由なんて考えなくてもわかる。過去の精算ができて、漸くお姉は解放されたんだ。


 それに、今後の事も実はかなり展望が見えていて、多分だけどお姉はこのまま歌姫としてリアルでも歌手になると思う。


「判子は押してもらえた?」


「私が勝手に押したよ。名前が必要な書類があるから書いといてって言ったら、忙しいから内容は後で見るねって言って一番重要な名前だけ書いてくれたし」


「よし! なら、後は私の名前も書いて返送するだけだね」


 昨日届いたばっかりの書類。内容としては『ウチの公認アイドル兼アンバサダーとしてデビューしませんか!?』という、ネクストライフオンラインの運営会社からのラブコール。


 今回の件を重く見てくれたウチのサーバーを管理している支社が、せめてものお詫びという形でお姉を守れるように取り計らってくれたのだ。


 届いた書類にお姉の名前を書いて送れば、晴れてお姉は『引きこもり』から『働く引きこもり』にグレードアップ…………グレードアップ、してるのか?






「そうだ! お姉、何か必要なものとかない? あったら、私がここに持ってくるからさ!」





「えぇ……? 必要な、もの……うーん…………」






 私の言葉に少し悩んだ様子のお姉は、ちょっと考え込んだ後に、苦笑しながら私を見て言う。























「……私は、ただ歌えればそれでいい、かな?」























――――どうやら、私の姉は歌えればそれでいいらしい。ホント、何も変わってないなぁ。

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仮想世界の友人帳 大和屋一翁 @yamatoyaitio

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