第805話

 悪夢の女王は敗れ去った。その身に詰め込まれた音色に耐え切れず、欠片一つ残すこと無く破裂して音色に飲まれ消え去った。


 黒薔薇の剣は地面に突き刺さったままなので、あの女王のドロップ品はコレになるんだろう。サイズ的に使える人がいなさそうだけど。


「はぁ、終わったぁ……! めっちゃくちゃ緊張したぁ…………!」


「気が抜けること言わないの。折角の雰囲気が崩れちゃうじゃない」


 演奏を終えたユーリがホッと一息入れて、それをヒビキが諌めている。


 まぁ、確かに雰囲気が崩れると言えば崩れてしまうかな。尤も、今回ばかりは崩してもらった方が気が楽なんだけど。


 と、そんなことを考えていたら、鞘に剣を戻したモードレッドが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきているのが見えた。


「……この場合は、お帰りじゃなくておはようと言うべきなのかな?」


「ふふ……どちらもそんなに変わりませんよ」


 黒い鎧はすっかり白くなってしまったが、コレはコレで聖騎士っぽくて嫌いじゃない。黒騎士も似合わないというわけじゃなかったんだけどね。


「その鎧、多分少ししたら黒い鎧に戻ると思うよ。今は、歌の余波で暫くはそのまんまだけど」


「あぁ、確かにな。流石にこの状態がずっと続くとは思ってもいないさ」


 モードレッドからしても、ずっとこの聖騎士モードのままになるとは思っていないようだ。


 それもまぁ当然の話で、今はまだ女王を倒した時の音符が辺りに漂い、私の歌の余韻がまだこの空間に残っている。


 が、この余韻が切れればその鎧を維持する私の力も無くなって、元の黒い鎧とクラレントに戻るって仕組みになっている。


 というか、ぶっつけ本番でやってみたわけだけど、思った以上にうまくいって私もビックリした。まぁ、他の人と比べても長い付き合いだっていうのもあるだろうけどね。


「後は、この塔から脱出して全部終わりだね」


「中々長く感じられる戦いだったな」


「そうね。私も心穏やかだし、もう落ち着いていると考えてもいいでしょう」


 三人とも、今回の戦いの集結を感じているからか凄く落ち着いているというか、気を抜いている。


 私も正直に言えば気を抜きたいところだけど、色々と後始末もしなくちゃいけないからなぁ。ま、気を抜いているのは個人的には悪いことではないかな。


「じゃ、あの剣もちゃちゃっと回収しとくね。何かに使えるかもしれないし」


「うん! 正直何の役にも立たなそうだけどね!」


 ユーリ達にそう言って、私はゆっくりと黒薔薇の剣に近寄り、その剣身に手を触れる。














「――――――ごめんね」















 その瞬間、私とユーリ達の間に大きな茨の壁が生まれ、三人と私とで分断させる。全て、私が望んでやったことだ。



「――――お姉!?」



 茨の隙間から、ユーリの驚いた顔が見える。モードレッドとヒビキも、突然のことに驚いて振り返っていた。



「大丈夫。すぐに、終わらせるから」



 私はそう言ってからゆっくりと口を開き、その歌声を音色と共に響かせた。



















 塔の外では、動きを止めた黒い兵隊達が次々と英霊やモンスター達の手により討ち取られていき、激しい戦闘は徐々に終結へ近付き始めていた。



『――――これは……歌、か?』


「え? ――――あ、本当だ」



 塔の最上部から聴こえてくる、とても綺麗な歌声と伴奏の音色。戦場には似つかわしくない、コンサートホールで聴くような素晴らしい歌声だ。


 誰もがその歌に聴き惚れて動きを止める中、塔の周りには大きな異変が起こり始める。



「――うわっ!? き、キモい奴らが溶けてったぞ……?」


「ボスもだ! ボスもゆっくりと消えてくぞ!」


「なんか、地面がどんどん白くなってくんだけど!? え、コレ大丈夫なやつ!?」



 塔の周りに存在していた黒い兵隊達が次々と溶けるように消えていき、地面となっていた黒い闇がどんどん白くなっていったのだ。


 唯一、兵隊を産まずに暴れていたボスも、歌声を聴いて目を細めながら、ゆっくりとその体を崩すように消えていく。


 アバドンやペイルライダーと戦っていた黒騎士も同じだ。歌声を聴いた途端に剣を下ろし、そのまま鞘に納める動きをしながらゆっくりと消えていった。



「これ、もしかして勝ったってことじゃね?」


「中に突入した人達が救出に成功したのか!」


「俺達の勝利だァァァッ!!!!」



 空を覆う黒い雲も掠れて消えていき、黒い塔の表面も漂白したかのように黒を落として白い外壁に色を変えつつある。





『――――信長様。これは……』




『…………儂等の負け、だな』





 世界中に歌姫の歌声が響き渡る。そんな中で、二人の武将が塔の最上部を見ながら誰にも聞こえないような声でそう呟いた。


















 庭園を黒く覆っていたドームはもう無い。アマネの歌が響くと同時に、ドームは花開くように外へ開口して、その黒い花弁のような部分を白く染めながら大きく開いていた。


 屋上の庭園に残っていた、悪夢の女王の残滓は欠片も残っていない。黒薔薇の剣も、アマネの歌声を響かせた後にゆっくりと崩れ去って消えていた。


 後に残っているのは、騎士に抱かれる一人の歌姫と、その歌姫の妹達。


「…………あぁ、楽しかった」


 騎士に身体を預けるアマネは、柔らかな微笑みを浮かべながらそんな言葉を口にする。



「――――何故、こんな無茶をした?」



 アマネの体から力が失われていく感覚は、彼女を抱く己の腕が嫌と言いたくなる程に実感させてくる。


「何故って言われたら、この物語は私が始めたことだから。物語の終わりは、やっぱりハッピーエンドじゃないと駄目でしょ?」


 笑みを絶やすこと無く、そんな風に理由を語るアマネ。自分の状態がどのようなものかを理解した上で、そのような言葉を口にしていた。



「――――それで、何故自分を……」






『世界を滅ぼそうとした悪い魔女は、勇敢な騎士の手により討ち取られ、世界は再び平穏を取り戻しました』






「……どう? これなら、きっちりハッピーエンドになってるでしょ?」


 そう言って笑うアマネ。この中の魔女は悪夢の女王のモデルとなった人間ではなく、彼女自身の事を言い表しているのだろう。


「……アマネに罪はない」


「いいえ、これは私の罪。どんな理由があろうとも、世界と共に消えようとした私の罪はここにある」


 世界に深く食い込んだ塔こそが、私自身が犯してしまった罪の象徴とアマネは言い放つ。


 例えその原因がローズという悪女によるものであったとしても、世界を壊す塔を生んだのはアマネ自身であり、その事実は覆すことは出来ない。


「――――あの女王も、私の心が生んだ悪夢の一つ。これは、最初から最後まで私の心が作り出したマッチポンプなんだよ」


 この塔から出てきたモンスターも、モードレッド達が死闘を繰り広げた悪夢の女王も、全てはアマネの心の奥に刻み込まれた恐怖と悪夢の結晶体。








――――故に、アマネはその罪を贖う為に、自らの生命を使って全ての幕引きを行った。







「ふふ……ぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった。対価を支払う技は、とても強力だって言っていたからね」


 アマネの生命を対価とした歌は、壊れかけた世界の歪みを瞬く間に埋め戻して修復し、世界各地の歪みもまた正されて、負傷した者は皆その傷を失った。


「――――アマネは、それでいいのか?」


「…………うん、これでいいの。悪い魔女は、早く退場しないと駄目だからね」


 何時までも自分の事を『悪い魔女』と言うアマネ。それに、遂に傍らで聞いていた妹の堪忍袋の緒が切れた。



「――――悪い魔女、悪い魔女って……お姉はなんも悪くないじゃん! 悪いのは、全部全部、あの女が――」



「そんなに怒らないで。もう、全ては終わったことなんだからさ」



 涙を浮かべるユーリに、優しく笑いながらそれ以上の言葉を紡がせないアマネ。


 やがて、耐え切れなくなったユーリが膝を折って崩れ落ち、ポロポロと涙を零す両目を両手で抑えながら、止まることのない嗚咽の声を漏らす。



「――――ふふ、そんなに泣かないでよ。私は悪い魔女だから、ユーリが泣いちゃうのも仕方無いのかもしれないけどさ」



 そんなユーリの姿を見て、アマネの左手がゆっくりと動き出す。


 指先がユーリの襟元に伸びると、そこから小さな音符が生まれ、フワフワと浮いたそれは襟元に綺麗なガザニアの花を咲かせた。



「ここまで私を助けに来てくれたことを、私は誇りに思っているんだよ。ありがとう、天海」



「――――お姉、ちゃん」



 涙の止まらない妹の顔を見ながら、アマネの視線はもう一人の妹の顔を見つめる。



「…………私は、泣かない」



「――――おいで。そんなところで我慢しないでさ」



 ユーリがいる手前、遠慮している部分があったのだろう。妹と言っても、自分は血の繋がっていない存在なのだと理解しているから。


 だけど、そんなヒビキも私にとって大切な妹だ。血の繋がりなんて、ほんの些細なことでしかない。



「――――貴方を守るって言っておきながら、私は何も守れなかった」



「もう十分守ってもらったよ。だから、そんなに悲しまないで。それにほら、私はいつまでも貴方と一緒だからさ。ねぇ、そうでしょ? ――――響樹」



 涙を堪えるヒビキの髪に、小さな音符が花を咲かす。白い花弁の美しいアングレカムの花が、ヒビキの黒髪を彩っている。


 アマネの贈り物を受け取り、ヒビキもまた耐えられなくなって俯き、ポタポタと両目から涙の雫を溢れさせた。



「……ごめんね。二人のことを、任せることになって」



 涙を流す二人の姿を見ながら、アマネは自分の体を抱く騎士にそう謝る。泣き崩れる二人を連れて塔から出るのは、その騎士の役目となってしまうからだ。



「大丈夫だ。後のことは、もう気にしなくてもいい」



 弱っていくアマネの体を抱く手に力が入る。モードレッドとの出会いが、私の物語のプロローグだったんだと、今になってそう思う。



「だから、最後にこの言葉を伝えさせてくれ。もう、後悔はしたくないからさ」



「……うん、いいよ。迷惑掛けちゃったお詫びになるかわかんないけど」



 どんな説教が待っているんだろうと、アマネはフニャリと和らいだ笑みを浮かべながらモードレッドの顔を見つめる。













「――――アマネ。私の剣を、貴女に捧ぐ。だから、ずっと君の側に居させてくれ」













 大切な人に『剣を捧げる』というのは、キャメロットの騎士が好意を伝える最上級の言葉として知られている。


 王家と国に忠誠を誓う騎士は実質的にその二つに剣を捧げることになる。そこに、王家や国に並ぶほど大切な人を護るという誓いを立てる為に、キャメロットの騎士は愛する人に『剣を捧げる』と伝えるのだ。


 そんな言葉を伝えられると思わなかったアマネはほんの僅かに目を見開いて、そしてとても嬉しそうに笑って口を開く。



「――――なら、私は貴方に歌を捧げるね。貴方の為に、私が歌を歌ってあげる」



 それが、アマネの答え。モードレッドが剣を捧げるのなら、歌姫であるアマネは騎士の為に歌を歌おうと、モードレッドの想いに応えた。


 そして、そんなアマネの左手がモードレッドの頬に伸びて、ゆっくりとその顔を自分の顔に引き寄せる。





――――その口付けは、とても優しくて儚く終わった、一時の夢のようなものだった。





「…………ふふ、嬉しいなぁ。私は、本当に幸せ者だねぇ」




 柔らかく笑うアマネの周りで、白いガザニアの花が咲き乱れる。


 青々とした芝生一色の庭園は、二人の口付けと共にガザニアの花で埋め尽くされ、風と共にその花弁が空へ舞い上がる。





――――夜明けは、すぐ側にまで迫ってきていた。






「綺麗な……空、だね…………」






 アマネの左手が、空へ伸びる。








「――――――あぁ、とっても、綺麗だ」


















――――――騎士は、花弁となって消えた愛する人にそう応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る