第628話

 折角ヴェラージに来たので、のんびりと観光でもしてまったりしようかと考えていた矢先、友人帳伝いである方からメッセージが届いた。


「あら……どうやらヴェラージの観光はまた今度になりそうですね」


「何かあったのか?」


「ウォルクでちょっとした問題が起きちゃったみたいです。まぁ、私に振られる案件ということで察していただければと思うんですが」


 私の言葉に「あぁ、そういうことか」と納得したアシュヴァッターマン。私に振られる案件で理解してもらえるって言うのは、ある意味便利ではあるかな。


「まぁ、こちらは何時でも歓迎している。こういった戦力の追加に関しても、一言報せてくれれば受け入れられるからな」


「出来る限り善処しますね」


 一報を入れるだけの余裕や余力があるかどうかは正直疑問だ。そういう時って大体綺麗サッパリ忘れ去っている時だからね。


 そんな事を考えつつも、私は港町アレベロの転移陣を使って、ウォルクの王都シルドゥルへと転移した。












 さて、ウォルクではティアマト神が汚染してしまった大地の浄化作業をその本人が行っており、多少の時間は掛かるものの土地の完全回復は不可能ではないという結論が出ていた。


「それで、コレがその後始末の結果……ってことなんですよね?」


「ちょ、ちょっとやり過ぎちゃいました……」


 少し恥ずかしそうにしているティアマト神。シルドゥルに着いて早々、キングゥに連れられて城壁の上に案内されたのだが、まぁ百聞は一見に如かずってこういう事を言うんだろうなぁ、と納得した。


 城壁の上から外の景色を見渡す。ティアマト神がこちらに攻め寄せてきた時は、枯れ草か枯れ木くらいしか見当たらない荒野が広がっていた戦場跡地。


 ツィツィミトルが落とした隕石の影響で生まれたクレーターや、モンスターの攻撃で生まれた斬撃の痕跡が幾つも残っていて、あの時は戦いの激しさというものを有り有りと物語っていたのを覚えている。




――――しかし、今眼前に広がっているのは青々と茂る草木が生えた広大な草原。


 点在する中小規模のクレーターは池や湖となり、荒れ果てた大地は一転して緑溢れる豊かな土地へと早変わりしていた。


「責任を取ると言って浄化作業をしていたのは良かったんだが、少し力を入れ過ぎたみたいでな……」


「私が残した汚染の跡を辿るように、水源地が幾つも生まれてしまったみたいなんです」


 まぁ、ここまで事情を言ってくれたら分かるだろうが、今回の浄化作業でティアマト神がやり過ぎてしまったようなのだ。


 自分が這った後に残る汚染を、自らの清浄な水で綺麗サッパリ押し流そうとした結果、うっかり距離のことを考えずに思いっきり力を込めてしまったらしい。


 その結果、ティアマト神が残した汚染を辿るように水脈が出現。更にその余波で草木の根のように地下水脈が拡大し、あっという間にこんなビフォーアフターを遂げてしまったという。


「それで、この新たに生まれた水脈が環境を大分変えてしまっていてな。他所から幾らかモンスターが流入してきているんだ」


「成る程。つまりはその子達の相手をするのが今回の依頼ということですか?」


「それもあるんですけど、実は最近になって思い出したことが御座いましてですね……」


 ちょっと言い難そうにしているティアマト神だが、いい感じの言葉が浮かんだのか閉じていた口を改めて開き直してその依頼を伝えてくれる。


「私が暴走した跡地の最奥にですね。あのニャルとか言う黒い神様の化身がいるとバシュム君達から聞いちゃいまして……」


「……もしかして、放ったらかしになってます?」


 私がそう聞くと、すぐにすいませんと謝るティアマト神。これはニャルが悪いので別に謝る必要はないと思う。


 というか、あの戦いから結構経ってる筈なのに、未だに放ったらかしにしてるのか…………うん、ニャルなら絶対やるだろうな。


「じゃぁ、取り敢えずこの草原に集まった子達と仲良くなりながら、その奥地に向かいますね」


「お願いします。あ、勿論キングゥも護衛としてついていきますから」


「というわけで、よろしく頼むよ。もう既に集まってきてるけどさ」


 よろしく頼みつつ苦笑するキングゥ。私が城壁の上に立った時点で、こちらに気付いた子達がどんどん集まり始めていてですね……


 勢い良く走ってきては、城壁にぶつからないようにブレーキを掛けているウシだったり、上半身が大分鍛え上げられているクマだったりと、既に大渋滞になり掛けていたり。


「取り敢えず下に行きますか」


「あ、それなら私がクッションを出しますね」


 そう言って指を鳴らして大きな水球を作るティアマト神。ポヨンポヨンと弾む水球は、ウォーターベッドのように大きく広がって城壁の下に設置される。


「これで飛び降りても大丈夫ですよ」


「よし、やっちゃおう!」


「思い切りがいいなぁ。普通だったら少しくらい躊躇しないか?」


 私が飛び降りると、その後に続くようにキングゥも下に飛び降りてくる。思い切りがいいのはキングゥもだと思うよ?


 さて、トランポリンのように水球の上で弾んだ私達は、少しずつ勢いを緩めて落ち着かせ、完全に勢いが無くなったところで地面に足を付ける。


 背後でクッション代わりの水球がポシャンと割れて地面に消えていく音を耳にしつつ、集まっていた子達とはじめましての挨拶を始めることにした。


「皆、はじめまして! ちゃんと構ってあげるから、順番に並んでくれると嬉しいな!」


 私がそう言うと、先着順で並び始める大勢のモンスター達。下手したら現実の人間よりもそこら辺の意識がしっかりしてるかもしれない。


 そんな事はさておき、最初に並んでいたのは爆速で城壁に近付いて、キキーッ! という擬音が鳴りそうな急ブレーキでぶつからないように止まっていたウシのモンスター。


 名前はサイドホーンタウロスといい、左右何方かの角が大きく伸びるちょっと成長に偏りがあるモンスターであるようだ。


 ただ、その角の攻撃力はめちゃくちゃ高い。大きい角を軽く後ろに引いて、ボディブローのように突き出すという少々癖がある攻撃方法だが、直撃すれば一撃必殺は免れない。


 中には下から掬い上げるようなかち上げをぶちかます子もいるらしく、それでドラゴンを顎下からぶち抜いて仕留めたという話もあるそうだ。


 また、そんなサイドホーンタウロスに負けないくらい剛の者なのが、鍛え上げられた上半身が自慢のタイラントグリズリーというクマのモンスターだ。


 その大きく太い腕で敵を仕留めることに特化したグリズリーで、一撃一撃は破壊力抜群。サイドホーンタウロスの角も当たりどころによってはベキリとへし折ることができる。


 そんなパワーがあるのだから、竜種との戦いも相手によってという言葉は付くが、まぁ大抵の相手であればワンパンで首をへし折って仕留めてしまう。


 軽く市営バスサイズの両者だからだとも言えるが、やっぱりパワータイプだったら下手な策よりゴリ押しが一番強いってハッキリわかるんだね。


「ギガスハイエナか。水場が新たに出来たことで縄張りを移したみたいだな」


 キングゥがそう言って撫でているハイエナはギガスハイエナという巨大なハイエナで、その大きさは軽く見積もっても3mくらいはありそうだ。


 体は大きいがハイエナということで結構大きな群れを作り、獲物を見つければ全員で囲んで一気に襲い掛かる。


 群れの数は大体三十匹前後なので、囲まれた時点で大抵の相手はギガスハイエナの餌に変わる。竜種さえ翼を噛み砕かれて飛べなくされ、あっという間に喉笛を噛み千切られるそうだ。


 ただ、そんなギガスハイエナでも迂闊に襲ったりしないのが、ドラゴンホースという硬い鱗に覆われた竜のようなウマである。


 あくまでもドラゴンっぽい見た目のウマなのだが、その気性は非常に獰猛。基本的には草食なのに、偶に肉類を食い漁っている時もあるヤベェ奴なのだ。


 尚、その肉類というのは大抵自分で仕留めた獲物だったりする。こう、鱗で覆われた足でグシャッと頭を踏み潰したりして、一発で仕留めるんだとか。


 特にブレスとかが吐ける訳ではないのだが、外敵や獲物が近付く様子を見せると、先制攻撃として爆速で接近し襲い掛かってくるわけだから、この子達ってタダのバトルジャンキーだと思う。


 まぁ、バトルジャンキーならオーガオーンというモンスターもそうなんだけどね。


 オーガオーンというのは言ってしまえば巨大なタマネギだ。それこそ童話に出てくるような巨大カブサイズの馬鹿デカいやつ。


 ただ、このオーガオーンのヤバいところは地中に隠れた根っこにある。なんと、隠れた根っこの中の二本程が、その大きさに見合ったムッキムキの腕になっているのだ。


 基本的に近付く相手は自分を食べようとしている敵か肥料としか判断していなく、間合いに入ったら地中に隠れた剛腕の根で掴み取ってボコボコと殴りまくる。


 その時に滴る汗のような雫は、タマネギを切った時に涙が出てくるあの成分が凝縮したものになるので、下手したら動く催涙スプレーと考えた方がいいかもしれない。


 後は、血のように真っ赤なブラッドトマトというモンスターもいる。この子は地中に茨のような根っこがあるようで、それで獲物を縛り付けて血を吸うらしい。


 血を吸えば吸う程に赤く熟れた大玉のトマトが実るので、まぁ豊作のブラッドトマトがいたら犠牲者の数はお察しと言ったところだ。


「……ところで、あのカボチャには触れるべきなんですかね?」


「滑稽な顔してるよなぁ……」


 ここまで結構デカくて濃い目のメンツだと思っていたけど、トリを飾る巨大カボチャは時期的にちょっと微妙。






――何せ、そのカボチャはジャック・オ・ランタンの顔をして飛び跳ねているのだから。

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