第731話
曇り空のゾディアックのクランホームでは、主要なクランのリーダーが集まって、色々と起きた事の整理を行っていた。
「ということは、あの竜の編隊はそのイベントが発生したから……?」
「多分な。アマネは色々と顔が広いから……」
「いや、顔が広いってレベルじゃなくないかしら!? なんで一人のプレイヤーが世界を揺るがすポジションについてるのよ!?」
花鳥風月のエリゼがおかし過ぎるとツッコミを入れているが、まぁ至極真っ当なものではある。
「なんかこう……これでも私達は、攻略組として最前線を走っているっていう自負があったんだがな……」
「一番攻略が進んでるのはウチのお姉だからね」
「それで置物になるのは勘弁願いたいですわ……」
現在、アマネの身はリビングモーフが中に格納する形で守っており、訓練場には適当な彫像にシーツを被せた偽物が置いてある。
戦争が勃発すれば、この拠点が帝国の侵攻ルート上にあることは前々から口酸っぱく聞かされていた。
だからこそ、今回戦争が始まったと聞いてアマネが狙われた時、クランホームでも敵の攻撃を警戒して、真の総大将であるアマネのデコイを用意するようなことをしていた。
「というか、後であの毛布にダイブしてもいいか?」
「真面目な話をしていたのに、すぐに話題を逸らしたわね……」
「いや、正直に言えば多くのプレイヤーがイベント後でログアウトしているし、適正レベルを遥かに超えているし……」
「ハッキリ言って、我々に出来る事が全く無いんだよな……」
プレイヤーが出来る事と言ったら、掲示板で激動する戦況についてのんびりと話すくらいだろうか。
フロリアやエリゼ達のような上層部でなければ、そもそも一番事情を知っているゾディアックの伝手すら無いのだし、プレイヤーが暇するのも当然ではある。
本人達の預かり知らぬところでイベントが進んでいるのもあまり面白くはないかもしれないが、かと言ってそれに介入しようにも到底レベルが足りない。
更に言えば、大手クランとゾディアックで交渉を行い、モードレッド達のような強者に師事できるようにするといったような話も進んでいた。
それを考えれば、自ら強くなれるチャンスを粗雑ないちゃもんで白紙にするようなことはしないだろう。
「全く……イベントの事で色々と愚痴を言うつもりだったのに、そんな隙が一切無くなってしまいましたわね……」
「この状況を静観している運営の正気を疑うが……まぁ、今は運営が手を出した方が話が拗れるか」
運営の正気を疑っているフロリアだが、実際は何処ぞの歌姫が生んだイレギュラーによってサーバーのアクセス権を奪われており、手出ししようと四苦八苦しているだけである。
そう、決して運営の怠慢では一切……かどうかは分からないが、基本的には怠慢ではない筈だ。偶々、アマネの見逃すという怠慢を晒しただけなのだ。
「私としては、今すぐにでも戦場に向かってお姉の仇を討ちたいくらいなんだけどね」
「ここの守りが薄くなるって理由を盾にされちまって、結局アタシ等もお留守番なのさ」
「しれっと私達なら前線で戦えるって言ってるのが腹立ちますわね……」
ちょっと眉間にシワを寄せるエリゼ。自分達の実力がどれ程のものか分かっているからこそ、ユーリとエルメの言葉が自慢のように聞こえていた。
とはいえ、ゾディアックの面々は所属人数こそ少ないものの、その実力に関しては折り紙付き。
何せ、このクランホームで数多の猛者との鍛錬や指導を経験してきているのだ。ただ適正レベル帯で戦い続けていたプレイヤーと、格上と戦い続けていたユーリ達ではそもそもの土台さえ違う。
「楽しみな半面、どんなスパルタ教育が待ち受けているかが怖いところだな……」
「大丈夫ダヨ……ヤッテレバ、自然ト慣レルカラ……」
「絶対大丈夫じゃないやつですわよねソレ!?」
急に目が死んだユーリを見て恐怖するエリゼだが、フロリアの方はその反応に望むところだと言わんばかりに胸を張って腕を組んでいた。
――――その直後、クランホーム全体を振動と咆哮が揺るがす。
「なっ!? 何事だ!?」
「えっ!? な、何ですの!?」
急な出来事に困惑するフロリアとエリゼ。だが、ユーリ達はすぐに立ち上がると、自分達の装備を身に着けた上で外へと駆け出していく。
ニャルラトホテプをクランホームの警護に回すという時点で、ユーリ達はここでの戦闘を考慮していた。
今回はフロリアとエリゼというお客様が来ていたが、もし二人がいなかったら表で敵を待ち受ける予定であった。
「――――うっわ……明らかにヤバい奴じゃん」
「ん。不穏の塊。ちょっと手が足りない?」
現在、戦争の影響でクランホームの守りはかなり薄くなっている。大量に居たモンスターの大半が帝国に侵攻しているし、人に至っては言うまでもない。
「おやおや……これはまた、随分と厄介な手合が現れたものですね……」
「ニャルさん。アレ、討伐対象ってことで良い?」
「結構ですよ。それに、あの顔は私も一度だけ見たことがありますからね」
いつの間にか影に徹していたニャルラトホテプも姿を現し、右手に持った片刃の大剣の切っ先をその怪物に向けている。
『――――ワ、我、ハ……皇帝…………!』
クランホームの前に現れた異形の怪物。落雷と共に姿を晒したその怪物は、四腕に剣、斧、槍、戦槌を力強く握り締め、血走って赤くなった目はギラギラとした欲を表にも漏らしている。
『愚物ハ……愚カナル民ハ、我ガ奴隷…………!』
背中で蠢く先端にトゲを生やした触手は、ボタボタと紫色の液体を垂らし、付着した地面や草をジュウと溶かしている。
『我ハ……皇帝! 皇帝、アドルフ!!!』
血走った目がランランと輝くと、溶けた蝋のように口が開かれ、人のものとは思えない鋭い犬歯が並ぶ口内を表に晒す。
「皇帝……って、もしかして」
「えぇ、お察しの通りです。ディルガス帝国、皇帝アドルフ四世。随分と人を辞めた姿をしていますが、大方ゼウスとか言う悪神が手を施したのでしょう」
異形の身となった皇帝は、その赤黒く染まった身体で再び大きく咆哮し、禍々しいオーラをその身に纏ってクランホームに歩みを進める。
皇帝が何故このような怪物になったのかは分からないが、何にせよ敵であることに違いはない。
「ヤッベェな……他の面々も総出で対処したい相手なんだが……」
「なら、私達も手伝わせてもらおうか」
エルメの言葉に応じて、大剣を構えたフロリアとエリゼも異形の皇帝と対峙する。
「掲示板には既に書き込んでおきましたわ。多くのプレイヤーはログアウトしてますけど、それでもまだまだ大勢残っていますからね」
「猫の手も借りたいくらいだから凄く助かるわ。尤も、アレを相手にするとなるとどれだけ役に立つかわからないけれどね……」
異形の皇帝がそんじょそこらのボスクラスのモンスター……と言うには、些か無理があり過ぎる。
普通に考えてみれば敵の総大将と言えるのだから、推奨レベルなどを推察してみても遥かに格上。ストーリー後半のボスクラス、というべきだろうか。
「何方にしろ、奴を倒すのは決まっている。私も、居候の身として手を貸そう」
「無理はしないでください、ガリアさん。貴方の体は、もう一人だけのものじゃないんですから」
竜人としての姿で現れたガリアを軽く諌める恋華。バハムートとの子を宿したガリアの身体は、子が産まれるまでは竜人としての姿のままとなってしまう。
「まぁ、手の空いてる子はどんどん集まってくるだろうからね! 最悪、私達がここで耐えていれば援軍が来てくれるし!!!」
そう言って、ユーリ達は己の得物を構えて、異形の皇帝に向かって駆け出していく。
――――こうして、クランホームでも一つの大きな戦いが、幕を開けていた。
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