第730話
ゼウスがバラ撒いた黒雷は、帝国領の各地で兵士達や帝国民をアステロペテスに作り変え、狂気に満ち溢れた人為的なスタンピードを引き起こしていた。
『いいか!!! 出来る限り一体を集中的に狙え!!! 特にまだ現世で生きてる奴らは、無理に前に出んじゃねぇぞ!!!』
『ボスクラスのモンスターがいるなら、そちらの支援を優先しろ!!! 相手からしたら、俺達の攻撃は凶暴な蜂くらいにしか感じない!!!』
北部ではノルドのヴァイキングやエーディーン軍、そしてイスカンダルの軍勢やシン国の皇軍が、現世の戦士達を後方に下げて自らの命を賭してアステロペテスと交戦を開始。
己の身一つを武器とするアステロペテスに対し、弾丸や矢、投槍などを集中的に当てて攻撃するが、英霊達の膂力を以てしても、かなりの至近距離でないと硬い表皮に弾かれてしまう。
その一方で、アステロペテスの振り乱す剛腕はヴァイキング達の盾を容易に打ち砕き、征服王のファランクスをタックルするような形で打ち破っていく。
決死隊のように斬り込んでいく猛者も中にはいるが、大半は振られた腕に殴り飛ばされて吹き飛ぶか、運悪く蹴り上げられて上空に蹴り出されるかの何方かになっていた。
尤も、この場には強力なモンスター達も混じっていて、一騎当千の彼らがアステロペテスとタイマンで激闘を繰り広げている様子もあちらこちらで確認出来た。
だが、領域のボスクラスのモンスターの中でも直接戦闘に向いている大型種でなれけば、アステロペテスの相手にもなっていない。
『チッ!!! この牛鬼モドキ、無駄に硬い上にしぶといな!!!』
『気を抜くな、
仮にも両者は始皇帝直々に征伐し調伏された正真正銘の怪物。それが、アステロペテスという別種の怪物と交戦して決定打を打てずにいるのだ。
他の地点でも、空を飛ぶワイバーンが他の仲間を踏み台にして飛んできたアステロペテスに掴まれそうになっていたり、逆に仲間を投げ飛ばして対空攻撃を行うアステロペテスが出てきていたりと、空でさえもが安全地帯ではなくなっていた。
こんな怪物が、北部だけでなくレン国やスメラミコト勢の集まる北東部や、魔大陸から渡ってきたモンスターの集まる東部、ケーニカンス方面の南部やマルテニカ方面の南西部にも出現している。
ゼウスが呪いを掛けたのは帝国に生きる全ての帝国民であるわけだから、小規模の村落や集落の人間であっても例外無くアステロペテスに変わっている。
その為、各地でアステロペテスが出現して、帝国に押し寄せる軍勢やスタンピード相手に死を恐れぬ大暴走をしてみせているのだ。
そしてその怪物との戦いは、帝国西部を突き進んでいた騎士達の戦場でも行われていた。
「一撃離脱を心掛けろ!!! 相手は上級騎士であっても苦戦する怪物だぞ!!!」
モードレッドの指揮に、円卓の騎士達は士気高くアステロペテスを相手に一撃離脱を徹底して戦闘を行っていた。
モードレッドの言う通り、相手は掠りでもしたらその時点で身体をバラバラにされてもおかしくない、パワーとタフネスに満ち溢れた怪物。
実力のある上位の円卓の騎士ならまだしも、その領域に達していない中堅の騎士や新米の騎士は、アステロペテスと正面から戦うことはせず、馬に乗った上で横合いからすれ違いざまに攻撃することを徹底していた。
近くでは、プラチナムバックが正面からアステロペテスと殴り合いを行い、リキッドメタルゴーレムが重装甲の格闘機に変形して、弾幕を張りつつ敵にタックルや武器による打撃や斬撃を行っている。
『こりゃ参ったね!!! 一体二体ならまだしも、このクラスの怪物が何千何万と控えてるってなったら、フランガどころか世界中の国々が飲み込まれて終わるだろうよ!!!』
「飄々と言っている場合か、アーサー!?」
頸動脈を斬り裂いて尚、その暴威が収まらないアステロペテスに、騎士王であるアーサーは思わず戦闘中にそのような軽口を叩く。
勿論、その言葉はアーサーが本気で言っている言葉ではない。が、余りにもタイミングが悪いと、義姉であるモルガンにツッコまれていた。
モルガンもエクスカリバーを抜いて心臓を突いたり腹を斬り裂いていたり、アーサーのように頸動脈を狙って斬ったりもしていたが、それでもアステロペテスの暴走は留まるところを知らない。
狂気に満ち溢れたアステロペテスは痛覚に麻痺が起きており、裂傷に対しても自らの筋肉を隆起させることで無理矢理止血を行っていた。
故に、生半可な攻撃や急所狙いの攻撃を当てたとしても、一撃で仕留めることが出来なければ死に体であっても狂ったように暴れまわるのである。
「モードレッド!!! ヤベェぞ!!! フランガの方にデケェ雷が進んでる!!!」
そんな中、モードレッドにもたらされたのはフランガ王国の国境線に飛んでいく黒い雷の目撃情報。
ゼウスのバラ撒いた雷がアステロペテスを生んだのはモードレッド達も理解している。国境線に飛んでいったのも、恐らくはアステロペテスを生む雷の一つなのだろう。
だが、その報告を聞いたモードレッドは形容し難い不穏な感覚を覚え、こめかみから一筋の冷や汗を流した。
「……フランガ王国の国境線には、アマネのいるクランホームがある。ユーリ達もいるし、ニャルラトホテプ神が警護に当たっているが――――」
「帝国領内と違って、フランガの方にゃぁ基本的に無関係な奴しかいねぇだろ!!! それともなんだ? この化け物共の親玉でも向かって…………」
「モードレッド!!! 急ぎ、アマネの元に行け!!!」
ランスロットの命令を聞いたモードレッドが、直ぐ様戦線を離脱しようと乱戦状態の戦場から離れようとしていく。
「この状況でモードレッドが抜けるのはキッツいねぇ……」
『なら、あの騎士の分も我らが働くとしよう。なぁ、ヴォーティガン?』
『……勿論だ。奇しくも、我が最愛の人とも縁があるようだからな』
マーリンが呟いた愚痴に応えるように、キャメロットで果てた古の騎士達も、再び現世に舞い戻って戦場の真っ只中へと突撃する。
『――――ヴォーティガン!? 何故、お前がここに!?』
『――――やり残したことがあったからな!!! 既に死んだ身であるが、再び会えて嬉しいぞ、モルガン!!!』
モルガンの背後から迫るアステロペテスの首を、たった一閃で斬り落とすヴォーティガン。黒い鎧に身を包んだその男の顔は、フルフェイスのヘルメットに隠されて欠片も見えはしない。
だが、最愛の人であるモルガンと再会を果たしたヴォーティガンは、何処となくロマンチックな雰囲気をモルガンとの間に漂わせて――――
『――ちょっと!? 手伝いに来てくれたのは嬉しいけど、この状況でいちゃつくのはやめてくんないかな!?』
『……すまんな、アーサー。本来ならば父である私が止めるべきなんだろうが……』
思いっきり、近くで戦うアーサーにツッコミを入れられていた。尚、その隣にいるアーサーの父ユーサーは、何処となく影が薄いように感じられた。
何にせよ、この不穏な感覚はアマネと縁深き勇士達にしっかりと届いていた。
「――悪い!!! コイツらの相手は任せるぞ!!!」
『任せろ!!! このスパルタクスの武威を怪物共に見せつけてやる!!!』
南西部では、大剣を振り回す傭兵と杖を持つ軍師、そして狙い外さぬ狩人が、アステロペテスと戦う英霊達に後を任せ――――
『龍馬!!! 彼奴らは我等が相手する!!! 汝はアマネの下へ疾く参じろ!!!』
「済まん!!! 後は任せる!!!」
北東部で戦う武士達の集団からは、一人の侍がその場を離れ――――
「悪いけど、私はクランホームに向かうよ」
「あぁ、構わない。こちらはあの怪物共の首を斬り落としに行かないといけないからね」
熾天使の一人を討ち取った英雄と吸血鬼は、互いの目的地を目指して飛んでいく。
――――そしてその黒い雷は、止まることなくフランガ王国の国境。アマネのいるクランホームの方向に向かって、雲を引き裂きながら突き進んでいた。
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