第589話
――――それは、穏やかな夜の海の航海に大きな波紋を与える、人ならざるものだった。
「…………っ! こりゃやべぇな!!!」
「総員、警戒! 左舷から来るぞ!!!」
「えっ? えっ!?」
ティーチとドレイクの真面目な声色の一声に、両者の船員もこちらの船員も一瞬で慌ただしく動き始める。
どうやら、左側の方から何かが来ているらしい。二人が警戒を促すということは、恐らく相当危険な何かが近くにいるのだろう。
「左舷大砲を用意! 何時でも撃てるようにしておけ!」
「アマネ! 海域から離脱できるか!?」
「ダメそうです! 海流の流れが変わって、操舵が殆ど出来ないって!!!」
軍艦の中では護衛の軍人達が大慌てでワシントン氏に現状を伝えている。どうやら、完全に操舵が出来ない状態にされてしまっているそうだ。
「チッ! なら仕方が無い!!! そちらも軍艦なら砲は積んであるんだろう!?」
「わかっている! カエサルの名で命ずる! 総員、戦闘準備! 左舷の砲を用意せよ!」
有事ともなれば、最早四の五の言っている暇はない。カエサル様の号令に、軍人や船員達はすぐに戦闘準備を始めていく。
「やれやれ、アマネがいると飽きが来ないな」
「だなぁ。しかも、今回はとんでもねぇのが相手になりそうだぜ?」
「相手が何であろうと変わらんさ。来るやつは片っ端から斬って捨てればいい」
オデュッセウスもゴリアテも戦闘態勢。龍馬も刀の柄に手を乗せていて、何時でも刀を抜ける状態にしているようだ。
「え、これ私等で勝てる相手なの?」
「下っ端相手なら問題無いさ。でも、死なないことを優先して耐えてくれよ?」
「乱戦になるだろうからな。うっかり逸れたりしねぇように気を付けるぞ!」
ユーリ達も若干腰が引け気味だが、それでも武器を抜いて戦えるようにしているので問題は無いだろう。
「アマネ! そっちの船にも転移陣置いとけ!」
「いざとなれば、この三隻で行き来出来るようにしておいた方がいい!」
「了解です! あの、これを壊されない場所へ!」
ティーチとドレイクの指示に従い、私は船員に設置型転移陣を渡す。この船のどの辺りが防御力が高いのかわからないので、設置はこの船の人に任せるとしよう。
「アマネ、指輪の力を使ってくれないか? 一度でも死を回避出来るのなら、この船の船員に使っておかないとマズい」
「それは確かに!」
モードレッドの指摘でその危険性に気付いたので、更に友人帳の力を使って船員達を船に呼び直す。
これで、一度だけなら死亡してもこの船に呼び戻す形で復活できる。勿論、ワシントン氏とカエサル様にも指輪の力を使わせてもらっている。
「さて、問題は相手さんだがな……!」
「そう簡単な相手でもなさそうだ。アマネ、他の面子への連絡は――」
「済んでます! 大至急、こちらに向かうと――」
そんなやり取りの間に、私達の船の周りに現れる新たな亡霊船の数々。私のメッセージを受け取ったリバタリアの海賊達が、大急ぎでここに集まってきてくれたらしい。
「ったく! コイツぁ随分とヤベェ手合に見つかっちまったもんだな!」
「デイヴィー・ジョーンズとフライング・ダッチマン。噂には聞いちゃいたが、実際に相見えることになるたぁ思わなかったぜ!」
ファンシー号を指揮するヘンリーと、アミティ号を指揮するトマスがそのようなことを話しているが、今回の敵はそのデイヴィー・ジョーンズとフライング・ダッチマンって人なんだろうか?
「……デイヴィー・ジョーンズって、デイヴィー・ジョーンズの監獄のこと!?」
「フライング・ダッチマンは亡霊船の代名詞みたいなものですよね〜?」
「その通りだ。恐らくだが、当代デイヴィー・ジョーンズがフライング・ダッチマンの船長なのだろう。全く、面倒な組み合わせだ……」
顰めっ面で左側を睨むハイレッディン。既に何隻もの船がこの軍艦を追い越して先頭に立っているが、まだ敵船がまだ見えていない状態なので何とも言えない。
――――そう思っていた瞬間、その巨体が海中から姿を現す。
「こりゃぁ、随分とたらふく食ったみてぇだな。沈めんのには時間が掛かりそうだ」
「アマネの守護を第一にしろ! 今回の総大将はアマネだからな!」
出現した巨船こそ、話に出てきたフライング・ダッチマンという船なのだろう。
ただ、そのフライング・ダッチマンの姿は船と言うには余りにも大きく、そして歪だった。
何しろ、フライング・ダッチマンの見た目は船と言うより幾つものガレオン船を繋ぎ合わせ重ねた要塞と言った方が正しいのだ。
円状に組み合わさった木材のアチラコチラには大砲がその砲口を覗かせており、全方位を隙間無く砲が撃てるような配置になっている。
ただ、予想外だったのは相手方も同じだったらしい。フライング・ダッチマンの上を、何人もの軍人らしき装いの亡霊達がこちらを見て大慌てで上へ下へと駆け回っている。
「海流の動きはアイツを中心にしているみたいだな! なら、このまま海流に乗って全方位から砲弾を浴びせかけてやろう!」
「そりゃぁいいな! なら、一番槍は俺が貰うとしよう! それと、突入する準備もしておかんとな!」
そう言って、海の流れに従いフライング・ダッチマンの方へ向かう海賊達。ドレイクとティーチはこの軍艦の前後を固めてくれるみたいだが、砲戦を行うのは確定路線のようだ。
ロバーツの乗るフォーチュン号や、ボニー達が乗るキングストン号が真っ先にフライング・ダッチマンへ接近し、二隻の砲撃が始まる。
海流の流れに乗っているので、撃った後の離脱も中々早い。
更には、その後に続くように他の船も砲撃を開始しているから、フライング・ダッチマンの砲撃が始まる前にかなりのダメージを与えているようだ。
「こっちもそろそろ撃ち始めるぞ!!!」
「テメェら、気合入れてけ!!!」
ゴールデン・ハインドとクイーン・アンズ・リベンジの砲がフライング・ダッチマンを狙う。私の乗る軍艦も、左舷の全砲門をフライング・ダッチマンに向けていた。
海流の流れで船が少し傾く。が、操船の腕前がいいのだろう。その流れを逆に利用して、射角を整えるような真似もできていた。
そうして、砲の射程距離にフライング・ダッチマンの船体が近付いた時――――
「っ! テェェェェェェェェェェェェッ!!!」
ドレイクの咆哮のような一声により、全砲門が大きく火を吹いた。
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