第588話

 思い立ったが吉日という言葉の通り、私達はカエサル様とワシントン氏と共に軍艦に乗って、夜の航海へと赴いていた。


「警戒はしておくが、早々敵が現れることもないだろう。各々がやりたいことでもして、ゆっくり過ごしていればいい」


「なら、ここは一つ夜釣りと洒落込もうじゃねぇか! ユーリ達もやるだろ?」


「勿論! 目指すは船超えの大物だよ!」


 船超えの大物は寧ろユーリ達の方が釣られるだろうし、仮に釣ったとしても航行の邪魔になるから逃がすしか無いよ?


「夜釣りか、それも悪くないな。私も御一緒して構わないか?」


「おうよ。うっかり釣られちまわなければ問題はねぇさ。釣り竿も無けりゃ貸してやるよ」


「それに関しては、爺さんの得物を使わせてもらうだけだ」


 そう言ってカエサル様が見せたのは、ワシントン氏が使っている中々年季の入った釣り竿だ。


 曰く、隠居しているワシントン氏が趣味としてハマったのが釣りらしい。


 大統領時代は忙しくて仕方がなかったのだが、今は寧ろ時間を持て余す日が多くなっていて、こうしてのんびりと釣りを楽しむようになったんだとか。


「大統領時代はボーッとしている時間も一切なかったからな。しかし、ゴリアテ氏の釣り竿は見たことのない代物だな……?」


「アマネの伝手で用意してもらった一品だからな! デケェ相手でもそう簡単に折れたりはしねぇぞ」


 そう言って軽く振ってみせた釣り竿だが、実は製作者は例のゴーレム達だったりする。


 現代仕様の釣り竿で、金属製だが非常に軽く作られている代物だ。耐久性に関しては湖での一本釣りで証明されているだろう。


「……もしよかったら、その釣り竿。製作者に発注してもらえないだろうか? 私が使っている釣り竿も悪くはないのだが、やはり大物を相手にすると壊れることも少なくなくてな……」


「いいですよ。ワシントン氏とカエサル様でそれぞれ二本くらいでよろしいでしょうか?」


 ぶっちゃけ、釣り竿の製作コストって巨大兵器と比べたらほぼほぼタダみたいなものだからね。四、五本作るくらいなら今の作業の合間にでも可能だ。


 それと、これとは別にホームズとモリアーティの両名からも発注が来ていて、メタルスケルトンが使っていたリボルバー、もしくはハンドガンを御所望だった。


 こちらに関しても管理を徹底することを条件に承諾している。メタルスケルトンがいる時点で、その手の銃器が増えても誤差みたいなものだしね。


「っと、頼れる護衛のお出ましのようだぞ?」


「あれは……!」


 と、ワシントン氏から釣り竿の発注依頼を受けたところで、船の左側から二隻の海賊船が姿を現す。水の中から船首を突き出して浮上する中々カッコいい登場シーンだ。


 今回姿を現したのはドレイクの船であるゴールデン・ハインドと、ティーチの船であるクイーン・アンズ・リベンジの二隻。ティーチに関しては便乗して来た感じが否めない。


「よぅ! 面白そうだから来てやったぞ!」


「済まんな、アマネ。ティーチの奴が除け者にするんじゃねぇって煩くてな……」


「いえいえ! 頼れる護衛が増えて有り難い限りですよ!」


 理由は何とも言えないけれど、ティーチの実力を考えれば護衛として非常に頼りになるのは間違い無い。


「しっかし、アマネの力はやっぱスゲェな! もう既にここら辺のモンスターがかなり集まってきてるぞ!」


「あ、そうなんですね!」


 ティーチに言われたので友人帳を開いてみると、確かにこの海域のモンスターが船の周りに来たのか、新しいページが幾つか追加されていた。


 まず最初に追加されていたのは突撃マグロ。進行方向に何があっても突撃する暴走列車もビックリのマグロで、ここら辺だと割と多く水揚げされるモンスターらしい。


 というのも、討伐方法が非常に簡単なのだ。進行方向に鉄製の盾や板でも沈めておけば、ゴンッ! といういい音と共に気絶して浮かび上がる。


 後はそれを回収するだけで、立派なマグロが手に入るのだ。尚、木製だと突撃で壊される可能性の方が高いらしい。


「いよっしゃあ! デカいの掛かった……うぉっ!?」


「速攻で糸切られてるじゃん!?」


 どうやら、ゴリアテは大物が掛かったらしいが、すぐに糸を切られてしまったらしい。


 友人帳にはオオワタリガニというモンスターのページが増えているので、恐らくこのカニのハサミで糸を切られてしまったんだろう。


 オオワタリガニは所謂ガザミ。大きな体とハサミが特徴的なカニで、沖合をスイスイと泳いでいる姿も割と多く目撃されているらしい。


 殻は頑丈で簡単には傷付かないのだが、熱湯に放り込むとすぐに赤くなって簡単に殻を割ることが出来るようになるそうだ。


「スピアスクイッドって、ヤリイカってこと?」


「暴れん棒タラは棒鱈のことよね……」


 途中からヒビキと一緒に友人帳を覗き込んでいるが、スピアスクイッドというまんまヤリイカと、暴れん棒タラという明らかに棒鱈のモンスターに思わず困惑してしまった。


 スピアスクイッドは名前通りのヤリイカで、鋭い先端部は船体に突き刺さるくらい鋭利であるようだ。


 まぁ、その分先端部以外の防御力は低めなので、そこに気を付ければ案外倒せなくもないモンスターらしい。


 もう一方の暴れん棒タラも大きなスケトウダラで、その体を活かしたタックルが得意技のようだ。大きさもマグロサイズなので、確かに強力そう。


 尤も、こちらも多少タフではあるが極端に強いモンスターではないので、魔法とか食らうとアッサリやられてしまうらしい。


 尚、両者は乾物にするとより強力な『武器』になるそうだ。乾物の棒鱈で鉄の大剣が砕けるらしい……


「お、ハガネアジの群れだね。鱗は硬いけど、内側の身はよく締まっていて美味しいんだよ」


「おお!? 光でキラキラしてる!?」


「防御力の割に釣りやすいからな。それでも偶に糸を切られるが」


 船の周りに集まってきているハガネアジの群れ。船の明かりで鱗を輝かせているので、見ていてとても綺麗だったり。


 ハガネアジは名前通り鋼のように硬い鱗やヒレがあるアジで、大きな群れを形成しやすい水中戦では厄介なモンスター。


 但し、こういった船を使って釣り上げてしまえばアッサリと仕留めることが出来る。尤も、ヒレで釣り糸を切られてしまうことも多いようだが。


「後はスネークマーレイかな?」


「大型化しやすいウツボ系のモンスターだな。デカい個体はシーサーペントクラスにまで成長するぞ」


 姿は見えないけれど、水の中を泳いで追従しているスネークマーレイ。ヘビっぽいからスネークなのかと思ったが、シーサーペントクラスにまで大きくなるからスネークマーレイらしい。


 標準サイズで大体7m程だそうで、大きくなると余裕で二桁を突破するそうだ。


 ただ、大きくなる前に他のモンスターに狩られてしまうことの方が多いそうなので、実際にシーサーペントクラスにまで成長するのは稀だという。


「それにしても、その友人帳の力は凄まじいな……」


「あぁ、人ならざるものとも心を通わせ、朋友として共に歩める。世界を動かすだけの力があると認めざるを得ないな」


「えぇ、本当に。何処かの神様の神器だと言われても不思議じゃありませんよ」


 実際、この友人帳って何処かの神様の持ち物だったりしないんだろうか?


 いや、そういう逸話がある神様とかの話は聞いたことが無いんだけど、ここまでヤバいスペックをしていると、どうしてもそういった事を考えてしまう。


 まぁ、ここまで一緒に旅してきてるし、手放せとか返せとか言われても従うつもりはない。


「……旅の思い出も、ここに詰まってるからね」


 そう呟いて、私は友人帳の表紙を軽く撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る