第587話

 ということで、しっかりとした報酬を受け取ったついでに婚礼に関する打ち合わせも同時進行で行うことにしよう。


「今回、依頼で運んでいる品なんですけど、もし宜しければこのままアラプトまで輸送しても問題はありません」


「それは、こちらとしても非常に助かる話だな。表にある船を見てもらったらわかるかもしれないが、あの船はとても目立つ。帝国のことを考えると、手の届くところに贈答の品を置いておきたくない」


「私も出来るならアラプトの婚礼式に参列したいと思っていますからね。あの船に乗せてもらえるのなら、それくらいのサービスはさせてもらいますよ」


 表の船はガレオン船で、武装面でもしっかりしている大きな軍艦というのが相応しい船だ。


 もし駄目だったら後でドレイクの船に乗って、ユーリ達と一緒にアラプトへ向かうつもりだし、駄目元でそんなお願いをしてみたわけだが……


「寧ろ、こちらからお願いしたいくらいだ。アマネ氏は世界各国でその名を轟かせている歌姫。船旅もきっと心躍る良き旅になることだろう」


「とまぁ、カエサル様がそうご希望なのでな。当日の参列にも、賓客として持て成してもらうように伝えておこう」


「ありがとうございます! それで、出立は何時になりそうですか?」


 と、そう聞いた瞬間に顔を曇らせる三人。もしかして、帝国関係のいざこざで見通しが立っていないのだろうか。


「現在、近海の情勢悪化もあって出立の目処が立っていないのだ。特に、オルンテス近海の亡霊船団と、竜種の大移動の影響が大きい」


「「「…………ん?」」」


 なんだろう。その件に関して、身に覚えがあるというか、物凄く関係してるような気がするんだが……?


「あの、オルンテス近海の亡霊船団って……」


「何でも、古に沈んだ海賊達が何十隻、何百隻と船と共に蘇って、オルンテス近海で大船団となっていたそうだ」


「かの黒髭、エドワード・ティーチの船も見掛けられたという話だ。カエサル様の安全のことを考えると、迂闊に船を出すわけにもいくまい?」


……ごめんなさい。それ、私がやらかしたやつです。亡霊船団って、多分クティーラをルルイエに連れていった時のアレだよね。


 どうしよう、なんかすっごく申し訳無いんだけどさ。モードレッドもロビンも、『早く誤解を解け』みたいなメッセージを伝えないでくれないかな?


「あー……その、亡霊船団に関してなんですけど……」


 でも、言わないわけにはいかないよね。怒られるのを覚悟で、経緯も含めてザッと三人に説明する。


「ということは、あの亡霊船団は全てアマネ氏の同盟相手、ということか?」


「そうなりますね。必要があれば、今回のアラプト行きの護衛として、何隻かこちらに回してもらうように依頼しておきますよ」


「……それは、是非頼みたいものだ。古の海賊と共に海を駆けるなど、願っても得られない貴重な体験であるからな」


 良かった、何とか怒られずに済んだ。まぁ、いざとなればお詫びとして亡霊船団を呼び寄せて、アラプト行きの護衛として手伝ってもらうつもりだったしね。


「それと、竜種の大移動の件に関しても既に解決はしております」


「なんと、そちらもか!」


 龍脈の正常化が成されたので、離散していた竜種の移動は何処もかしこもUターンする形で元の住処へと帰還しているようなのだ。


 目撃情報は未だに多いがそれでも生態系が元に戻りつつあるので、竜種の大移動の影響は殆ど無いと言っても過言ではないだろう。


「となると、今回の出立に於ける障害は殆ど取り除かれてしまっているわけだな」


「あぁ、僥倖と言う他無い。アマネ氏、出来るなら今日中にでも出立したいくらいなのだが、それは可能かな?」


「亡霊船のことを考えると夜がいいでしょうね。それに、夜に出れば現地に着くのは丁度明け方になるんじゃないでしょうか?」


「夜に出る、か。確かに、それなら帝国の密偵共の目も欺けるかもしれないな」


 本来なら夜に出港など座礁や他船との衝突の危険があるので行わないのだが、今回に関しては港湾内の方に潜在的な危険があるので、敢えて夜に出港した方が安全な可能性がある。


 それに、ドレイクが日中に活動するためには天候を悪くさせる必要がある。天候が悪くなると、それを龍脈の里を監視する天使に勘付かれて警戒される恐れが出てくるのだ。


 そうなると、太陽が沈んだ夜の間に出港して、密かにアラプトへ向かう方が現状で最善手に近いように思える。


「朝に出港したとしても、向こうに着く頃には日が沈んでますよね? なら、敢えて夜に出港して、明け方に向こうに到着する方が悪くないのでは?」


「確かにそれはあるな。朝方から昼の間であれば、民衆へのインパクトも非常に大きい」


「だが、王家の船は出せないぞ? あれは、動かすのに事前に連絡を出さないといけないからな」


「それならば別の船で先に出港して、後からあの王家の船を出す形にしては?」


 あの大きな船が使えないのは少し残念だが、よく考えてみたらアレだけ目立つ船を動かす方がリスクが高過ぎる。


 なら、敢えて普通の船で出港した後、適当な理由を付けてあの大型船をアラプトへ向かわせた方が、安全面という意味でも良いように思える。


「……理由、無くはないんだよな。正直に言うと、早くアラプトに行ってパトラに会いたいし」


「暗愚、凡愚の浮名がまた増えますな。この為に作り上げた偽りの経歴とはいえ、そのような名が広まれば帝国も呆れて手を出さないでしょう」


 何でも、カエサル様は帝国の警戒を緩めるために、敢えて王家の者とは思えない浮名を轟かせて暗愚や凡愚だと思わせていたらしい。


 アラプトの女王クレオパトラ様との出会いも実はその余波というか、実はアラプト観光に出掛けた際に偶然出会い、そして互いに一目惚れして恋に落ちたそうなのだ。


「パトラとは今でも文通をしていてね。お互い、帝国と浅からぬ縁があることで愚痴を言い合える相手でもあったんだよ」


「となると、早めの到着は向こうとしても大歓迎なところがあるんですね」


「付き従う文官や大臣達は勘弁願うだろうが、それで止められる王族はいないだろうさ…………お互い、苦労しているな」


 何処か遠い目のワシントン前大統領。多分、王族関係で散々苦労してきたんだろうなぁ……


「よし、ワシントン。私は今夜にでもアラプトに向かう。船の手配を任せたい」


「船ならありますとも。軍艦ではありますが、下手な船より乗り心地は良いでしょうね」


「私の名前で出港許可を出しておきます。王家の船は後で送るとして、アマネ氏はその軍艦に乗船してアラプトへ向かえばよろしいでしょう」


「では、そのように」


 ということで、いい感じに纏まったので後はユーリ達と合流して観光することにしよう。


「そう言えば、アマネ氏の護衛はモードレッド氏とロビンフッド氏だけなのか?」


「今回は妹達も連れてきています。それと、モードレッドらと同じクラスの護衛も、今は妹達の面倒を見ている頃ですよ」


「なら、その妹達も連れて一緒にアラプトへ渡るといい。護衛としての腕も期待して、だがな」


 お、それはとっても嬉しい申出。これでユーリ達もアラプトに連れていけるね!





……まぁ、ユーリ達はドレイクの船にでも乗ってもらおうかと思ってたんだけどさ。

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