第789話
そこからどうやって戻ったかは覚えていないが、私は微かに息を荒げている二人と共に、クランホームの中へ戻ってきていた。
「…………アマネッ!?」
中で出迎えたモードレッドが、驚いた様子で私を見て駆け寄ってくる。
ここまで酷い姿を見せたことは今までなかったからだろう。今のモードレッドに、普段の落ち着いた雰囲気なんて欠片も残していない。
そして、そんな騒ぎになっていれば当然他の面々も何事かと三者三様の反応でこちらに来て、私の姿を見てその表情を険しいものに変える。
「……エリザベート、何があった?」
今まで聞いたことが無い程の低い声で、ルジェがエリザベートに問い掛ける。ここまで怒りを抱いているルジェは初めて見たかもしれない。
「赤髪の怪しい女がいたわ。場所は始まりの街の噴水広場で、その女を見た瞬間にアマネが……」
『――――クランホーム周辺の警戒を厳にしろ! 赤髪や女に限らず、怪しい異界人を見つけたら即座に報告し監視せよ!』
エリザベートの言葉を聞き終える前に、信長が控える家臣達に号令を掛ける。その表情はかなり真剣なものであり、号令の声にもかなりの力が入っていた。
これにより、信長の家臣達は一斉に動き出して、他の英霊にも声を掛けた上でクランホームの守りを固め始める。
「……そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
「んなツラしておいてソレは説得力がねぇよ」
苦笑する私に対して、一切笑うこと無くそう返すゴリアテ。私的には笑えてると思うんだけど、そんなに酷い顔してるのかな。
「アマネ、暫くはクランホームの中にいろ。それと、その女については語らなくていい」
「意外だね? そういうの、オデュッセウスなら敵を知るためだ。って言って聞いてきそうなのに」
「……そんな状態でなければ聞いていただろうな」
過剰に心配する皆の優しさに、私の口の中が苦いような酸っぱいような感覚に包まれる。
多分、皆に迷惑を掛けてしまっているからちょっとだけ気負いがあるのかもしれない。勿論、これ以上心配させるわけにはいかないから、これは黙っておくんだけどね。
「言っておくけど、私が過剰に反応しちゃっただけだよ。昔の知り合いに似ていたから、ちょっとびっくりしちゃったの」
「……他人の空似、というやつか」
「そうだね。でもまぁ。流石にびっくりし過ぎて疲れちゃったから、少し休んでくるよ」
これ以上皆に迷惑を掛けるわけにはいかない。そう思った私は、心を落ち着かせる為にも皆にそう断ってから、自分の部屋へと戻っていく。
――――その時背中に感じる皆の視線が、この時だけはとても煩わしく、そして体を刺すような感覚で感じてしまっていた。
アマネが自分の部屋へ戻っていく姿を見送ると、その場にいた全員が神妙な面持ちで一斉に近くに椅子を手繰り寄せて座り込む。
「……他人の空似で、彼処まで焦燥はせんだろう」
「……嘘が下手。というにはかなり無理があるよな」
あれ程アマネが弱っている姿は初めて見た。ゼウスらの奸計により呪われた時でさえ、恐怖心の欠片一つ見せることの無かったアマネの知らない姿に、この場に出くわした全員の心が動揺に揺らがされていた。
原因は、アマネが見たという赤髪の怪しい女。在野の人間ならば恐らくそのような事は起こり得ないだろうし、知り合いに似ていたからと言っていたのだから、大方アマネの住む世界の者なのだろう。
「異界人の情報を把握し切っているわけでは無いからな。何処かの組織の紐付きならば、そこを叩けば憂う必要も無くなるのだろうが……」
「……俺達を巻き込ませないようにしているのが引っ掛かるんだよな」
ゴリアテの言う通り、今のアマネが彼処まで頑なに私達を巻き込もうとしないのは異常過ぎる。
今までどんな難題が立ちはだかっても、その度に誰かしらの力を借りる事が多かったアマネが、今回は自分から周りの者を遠ざけようと動いている。
それだけで、アマネの身に大きな異常が起きているのだと簡単に理解出来た。それと同時に、アマネに頼られないという屈辱的な苦しみも、否応無しに味わわされる事になっているのだが。
「あの女の素性が分かれば話は早くなる。それに、アマネに縁のある人間ならば、ユーリに聞けばある程度の素性も割れるだろう」
「……問題は、ヒビキにその話をしていいのかどうかなんだよな」
アマネの状態を考えると、この話をヒビキにした瞬間、彼女にも何らかの悪影響が起こるのではないかという懸念が生まれていた。
何せ、ヒビキはアマネのドッペルゲンガー。アマネ自身の写し身である彼女はこの世界の者でありながら、アマネという別世界の記憶も有する特殊な立ち位置の者なのだ。
アマネがあれ程焦燥する危険な人物の記憶も、恐らくはヒビキの記憶の中に存在している。それを呼び起こすような真似をしたら、アマネだけでなくヒビキでさえもあのように弱り果ててしまう可能性も否めなくなっていた。
「――――あれ? 皆、そんなに険しい顔をしてどうしたの?」
「先にアマネが戻ってきているのと関係あるのかしらね?」
そんな事を考えていると、呑気なユーリがヒビキ達と共に、何も知らない姿を晒しながらこの重い空気の中に入り込んでくる。
「……悪い。ユーリに聞きたいことがある」
「……え、何この空気感。ちょっと待って、尋問されるような事をやらかした記憶がないんだけど?」
あまりにも悪過ぎる空気にユーリが困惑しているが、そんな事を気にすることなくモードレッドはユーリに問い掛ける。
「つい先程、アマネがある人物を見て焦燥した状態になって戻ってきた………………ユーリ、相手に心当たりはないか?」
「相手の女は、こんな感じの顔をしていたわ」
モードレッドの問い掛けに補足するように、エリザベートが血を操作して己の目で見たその女の顔を作り出す。
若干不安定な部分もあったが、ルジェが力を貸したことにより安定したそれは、ユーリとヒビキの記憶を刺激するのに充分な姿となっていた。
「……モードレッド。コイツ、何処にいたの?」
「始まりの街だ…………その様子だと、やはりユーリも知っている相手なのだな」
あまり当たって欲しくなかった予想が当たったことに、モードレッドの表情が僅かに陰る。だが、ユーリはそれを気にすることなく、その心中に抱いている感情を隠すこと無く曝け出した。
「知らないわけがない。だってコイツは――――私が、初めて殺してやりたいと思った相手だから」
その目に、誰もが一目でわかる程の憎悪と怨讐、そして殺意を満たしながら、知らない者が聞いたら驚くような言葉を発する。
「……良からぬ相手で、間違いはないのだな」
「この女がいい女だったら、きっとヒビキが生まれることも無かったかもしれないね」
「……そうね。それは、否定出来ないわ」
ユーリは、ヒビキと共にリビングのソファーに座ると、邪魔になったのか腰に携えていた剣をインベントリにしまった上で、クルリと居並ぶ面々の顔を見渡す。
「……ちょっと、長くなる話だけど」
「……教えてくれ。この女は、一体何者だ?」
最初、ユーリはモードレッドを巻き込んでいいのかという逡巡を抱いていた。
だが、相手が既に姉の姿を捉えていると考えれば、ここで彼らの力を借りないという選択肢は一切生まれなかった。
「その女の名前は
――――故に、ユーリはそれについて語ることにしたのだ。決して忘れることなど出来はしない、最愛の姉に最大の傷を付けた魔女の話を。
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