第790話(シリアス注意)

 深黒財閥グループは、現実世界に於けるかなり大きな財閥であり、財界では知らぬ者無しとさえ言われる程の大身として一般人にも広く知られていた。


 主に工業系の会社を幾つも所有している深黒財閥は、国外への輸出入でその財産を山のように築き上げ、今や政界にさえ重い言葉を発せられる程の財力を有している。


 ただ、あくまでもそれは表向きの話であり、裏ではブラック企業の代名詞と呼ばれている程に労働環境の悪い会社として、新卒や他企業からは警戒されているかなりの悪徳財閥でもあるのだ。


「やり方が酷くてね。金で中小企業を買い上げて、それまで務めていた人のことなんて考えることなく運営して、そして不良品と判断したらすぐに売り払う。そんな真似を未だにしているんだよ」


「そんなやり方で問題は起きないのか?」


「起きないんじゃなくて、起こさないの。金で済むならそれでいい、って気風だから、声を上げそうならその口に金を突っ込んで黙らせるんだよ」


 それでも黙らない者がいたら、法的処置で社会から抹殺されるか、不慮の事故や病気で姿を消すかの何れかになる。


 深黒財閥の弁護士グループもお抱えであるが故にそういった事を専門としており、今までの裁判沙汰も深黒財閥の勝訴で収め続けている。


 ただ、法に訴えるだけまだ常識的というか、温情のある優しい処置であると言えるのだ。


「借金して夜逃げした等の話がよく出てきてさ。一件や二件くらいなら有り得そうだけど、それが二桁以上ってなると裏があるとしか思えないじゃん?」


「……不慮の事故や病気の件も、遡ると大なり小なり深黒財閥の影がチラつくんですよ」


 いいとこのお嬢様でもある恋華も、深黒財閥の話となると普段ののんびりとした雰囲気を一切感じさせていない。


 彼女もまた、自分の親から深黒財閥の危険性を聞かされており、重い話が嫌になる程に黒としか思えないような深黒財閥の実情を知らされていた。


 世の中のブラック企業と呼ばれる悪徳企業が可愛く見える程の極悪。彼処には人間はおらず、働いているのは全て『モノ』として扱われている。


 部下の前でも他社や他人の悪口や陰口を言わない父や役員、重役達が、深黒財閥に関してだけは隠すこと無く毒を吐く。


 そんな巨悪の財閥の一人娘が、深黒真理愛というお嬢様……いや、女王なのである。


「蝶よ花よと育てられた財閥の愛娘だから、自分に意を唱える人間を是としない。そして、自分が上に立たない、立てないのなら他人を蹴落とすことも迷うこと無く行う。それが、深黒真理愛という悪女なのです」


 ユーリに代わり、深黒真理愛という人間の本性、本質をハッキリと言い切る恋華。


 まだ財界に関わる娘としての意識が薄い時期に一目見た。それだけで、彼女が悪女であるということを理解出来る程に、恋華としても深黒真理愛の危険性を認知していた。


「……国にさえ意見を述べられる財界の大物、か。我らに手が出せん相手が、よりにもよってそのような相手だとはな」


 今までとは違う敵を前にして、モードレッド達の顔は非常に険しい。


 これまでの敵は、何れにしてもこの世界で戦うことの出来る相手であり、そういうことならば彼らもまた実力行使でどうこうする事もできた。


 しかし、相手がアマネの世界の人間で、しかもかなりの財力や権威のある組織の人間となると、あくまでもこの世界の住人である彼らには手出しすることが出来ない。


「……そのような愚物に狙われるということは、アマネとその愚物が出会う始まりもある筈だ」


「……その通りよ。あの悪女とアマネが出会ったのは、教師からの推薦で応募し参加したピアノコンクール。そこで、アマネは審査員全員の喝采を浴びる程の演奏を披露したの」


――――それが、アマネに訪れる全ての不運の始まりだった。





















「…………」


 酷い疲労感を感じた私は、クランホームの自室に戻ってからすぐにログアウトし、ヘッドギアを外した状態でベッドに背中を預けていた。


 考える力はあまりない。心配をかけさせまいとあの時は必死に頭を働かせていたが、誰も見ていない今になって私の頭はその機能を大きく鈍らせている。


 まさか、あの世界で彼女に会うとは思いもよらなかった。接近禁止命令が出て以来、彼女のからのコンタクトが無くなったことで、今の私はどうにかここまで命を繋ぐことが出来た。


 そうでなければ、きっと私は鬱を発症して自ら死のうとするか、或いは彼女の関係者によって行方不明か事故死させられることになっていただろう。


「…………まだ、治らないなぁ」


 ふるふると震える両手が止まらない。こんなに震えていると、演奏する時にも支障が出てしまう。


 どうにか抑え込もうとは思うが、それに反して手の震えは依然として細かく振動を刻み続けている。





――――そんな私の部屋で、携帯が騒がしいほどに着信音を鳴らす。





 心臓がドキリと跳ねた。体を起こして携帯の画面を見てみれば、そこには『非通知』の三文字が表示されている。


 加速する鼓動。息が早くなるのを無理矢理抑え込みながらも、私は携帯を手に取ってしまう。


 もし私の周りに他の人がいたのなら、電話に出ないように取り上げることも出来たのだろう。


 しかし、自分の部屋に閉じこもっている私にはそんな人は周りに居らず、出るべきではない電話を拒否することも、私の脳裏に刻み込まれた本能的な恐怖が否定する。


「……はい、もしもし」





『ふふ……お久し振りね、天音。元気そうで何よりだわ』


 電話に応じると、直接顔を合わせて話しているわけではない筈なのに、私の鼓膜が痛みを訴える。


 だが、だからといってこの電話を切ることは出来ない。そんな事をしたら、電話口の彼女が何を考えるかなどわからないからだ。


『こうして話すのは何年か振りね。あの時に下手を打ったせいで二度と会えないものになったかと思ったけど、また会えるなんて本当に運がいいわ』


 運がいいのは私ではなく、彼女から見ての話なのだろう。二度と会えないものという言葉からも、私が既にこの世から去っていると思っていてそういった言葉を使っているのだとわかる。


 尤も、彼女のことだから私が病に苦しむ間も、密やかに情報収集でもしていたんじゃないかと思っている。


「……今回は、どんな用件なんですか」


『ふふ、相変わらず話が早いわね。最近始めたゲームがあって、それを一緒に遊んでほしいと思っているの。天音なら付き合ってくれるでしょ?』


 最近始めたゲーム、というのはあの世界のことだろう。私があの世界にいるとわかっているから、態々私に連絡して誘っているのだ。


「……目的は、なんですか?」


『そんなの、あの世界を楽しむことに決まってるじゃない。でも、そうね……折角なら、他のプレイヤーのように敵を倒すのがいいかしらねぇ?』


 彼女の目的は敵を倒す事。それはつまり、私が出会ってきた大切な友達を、その手に掛けるということだ。


 そんな事を許容することは出来ない。ましてや、それに同行してしまえば私は友達を殺そうとしているのと同義になってしまう。


 それなのに、私の口からは拒否の言葉が出てこない。自分でも断るべきだという考えが湧いているというのに、私の体がそれを許してはくれない。


『ふふ、楽しみねぇ。まさか、貴方が私のお誘いを断るなんて思ってもいないけど…………』














――――――断ったらどうなるか、わかるわよね?















「……えぇ、わかっています」


『そう! それは良かったわ。久々に貴方と話したから、もしかしたら忘れてしまってるんじゃないかと思って心配だったのよ』


 あぁ、顔は見えないがわかる。きっと、今の彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいるのだろう。


『前は言うことを聞かない犬から目を離してしまったけれど、大丈夫よ。もう、貴方も含めて目を離さないようにしているから』


……どうやら、彼女との縁が切れたと思っていたのは私だけだったらしい。


 そうでもなければ、彼女とあの場で再会することなど有り得なかった。今思うと、そうとしか考えられない。


『今の様子だと、まだ外には出られないんでしょ? なら、せめてゲームの中でだけでも楽しくやりましょうよ』


「…………」


『……あら? 返事がないわねぇ』







――――貴方の妹さんは、とっても元気に挨拶をするいい子なのにねぇ?








「……わかりました。だから、妹は巻き込まないでください」


『巻き込まないで、なんて人聞きの悪い……私は、妹さんをどうこうすることなんて出来ないわよ』


 あぁ、知っているとも。貴方には、出来る出来ないの選択肢は無いんだということを。


「……『出来る出来ないではなく、ただそれをするだけなのよ』」


『あらあら、よく覚えてて偉いわね! その通りよ! 出来る出来ないんじゃなくて、やると決めたならそれをするだけなの!』


 その言葉が出た時点で、私に拒否権は存在していない。しているわけがない。
















――――――ごめんね、皆。

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