第785話

 フランケンシュタイン達は資料を片付けると、図書室を使わせてもらうと言って本館の方へ歩いていった。


 ちょっと気を使わせてしまったかもしれないが、確か今は図書室に華佗さんと曲直瀬道三さん、永田徳本さんがいる筈だ。


 それと、もう少ししたらスメラミコトの緒方洪庵さんと、マルテニカに出張中の英霊であるヒポクラテスさんも合流すると聞いている。


 名医や医聖と呼ばれるような人達が揃っている上に、ヴェラージのアシュヴィン双神やスメラミコトの薬師如来様といった医薬系の神格もサポートすると言っているのだから、手術の失敗は万が一にも起こり得ない体制になっていると言える。


 尚、彼らは医術を含めた薬学の知識を講師として教えてくれてて、弓月は矢に塗る毒だけじゃなく薬の知識まで増えているそうだ。


「毒関係はかなりヤバいところまできているわね。ヘラクレスから渡された原初のヒュドラの毒とか、アジ・ダハーカの毒粉とか、ヨルムンガンドの毒液とか……」


「ヴァースキの毒はシヴァ神が回収していったよね」


 ヴァースキが出したハーラーハラ? とかいう名前の毒液は、大慌てでシヴァ神が現れて一滴残らず特注の器に移し替えて持っていった。


 世界を滅ぼす毒らしいけど、他の毒物もレベルが高いものばかりだから実はそこまでインパクトが強くなくなってしまったんだよね。


 尚、ヒビキの懐に一滴だけその毒液の原液が専用の容器に詰められて隠してある。バレたら絶対にヤバいヤツだけど、神罰とか大丈夫なのかな?


 そういえば、私の木像が元になって育ったあの世界樹も収穫が進んでいて、色々と在庫に凄いものが加わっている。


 例として挙げるならば、斉天大聖が『美味い!』と非常にシンプルで分かりやすいお墨付きを付けた『猿王バナナ』なんてものがあり、コレは人間のみならずサル系のモンスターが奪い合いになる程の絶品なんだとか。


 後はヴェラージの神格などに好まれている『アンラ』という名前のマンゴーだったり、紅茶に入れると凄くいい香りを広げる非時香菓ときじくのかくのこのみというミカンだったりが実っていた。


 個人的に面白かったのは、食べると一度だけ即死級のダメージを無効化する『冥神のザクロ』で、何故かハデス神が周りの神々にジロッと見られる羽目になっていた。


「根本では野菜が育ち始めているのよね……」


「しかも、植えた種がモロに影響を受けてるんだからヤバいよね……」


 直接木に実る果実だけでもそのヤバさなのに、根本では試しに植えられた薬草の種から野菜の種まで、様々な植物が超成長を遂げている。


 ウサギ系とウマ系のモンスターがまっしぐらの『黄金人参』とかはキャメロット騎士国の騎士達が物凄い勢いで飛びついていたし、様々な薬に使える『神霊芝』というキノコなんかも生えていた。


 そこでわかったことなのだが、私の木像をベースにして生まれたあの世界樹は、植物系の種を超強力な素材にグレードアップさせる効果があるようなのだ。


 今も色々な種を使って調査や研究をしているのだが、花は香りや色の鮮やかさが強くなって薬草としても使えるようになっていたり、稲や海藻は水場でもないのにすくすくと育っていたりする。


「そろそろ米の収穫時期らしいけど、どんな米が採れるのか一部で戦々恐々しているらしいわよ?」


「まぁ、新米は文字通り神に捧げる神米にするのがいいんじゃないかな?」


 とてもじゃないけど、持て余しそうなら全部供物として神様に納めるしまえばいいからね。


……神頼みと言えば神頼みだけど、悪いものを納めるわけじゃないから問題無い、よね?


「向こうが落ち着いたら、魔界とか魔王国内ものんびりと旅したいなぁ」


 ほぼほぼラストエリアと言っても過言ではない魔界も、暗い世界とは聞いているがきっといい景色が見られる場所だと思っている。


 ベリアからは『彼処は危険なモンスターが彷徨いてる危険地帯だよ!』と言われたけど、危険地帯は今まで散々旅してきてるからね。


 それに、私がいて危険になる未来が見えない。いや、自惚れとかそういうのじゃなくて、私が行くとなるとモードレッド達はついてくるだろうからさ。


 今のモードレッドとかゴリアテとか、いつメンが揃った状態で手出しとかされたとしても、普通にあの面子ならいとも簡単に追っ払ってくれると思うんだ。


「お姉、ただいま〜!」


「あ、ユーリ。プレイヤー同士の会議は終わったの?」


「全部ルテラ達に投げてきた! ぶっちゃけると、クランリーダーが出向いたり出張ったりするような案件はもう無いからね!」


 そう言って堂々とリビングのソファーに体を預けてぐで〜っとするユーリ。


 一見したらサボりの自己申告のように見えるが、本来ならば私が根回ししないといけないような事をユーリ達でやってくれているので、私としては何も言う事ができない。


 だって、姉が起こした面倒事を妹が代理でやってくれているわけだからね。プレイヤー関係の諸々は私には厳しいんだ……


「お姉にモードレッドとか、こっちの世界に対する伝手が山程あって助かるよ! お陰でこっちも色々と溢れかけた手札を好きなタイミングで切れるからね!」


「あ、そうなの?」


「少なくとも、各国への繋ぎや根回しはアマネじゃないと出来ないわね。そもそもの伝手がプレイヤー側に無いんだし」


……大分慣らされていたからかそれが普通だと思っていたけど、よく考えたら私にしか各国の要人に対する伝手が無いんだった。


 というか、この間の会議で世界各国の伝手を手に入れたし、ベリアとも仲良くなったからもしかしてコンプリート? 


 何かあったら王侯貴族を動かすつもりではいるけど、そんな出来事は今後起きそうもないしなぁ……


「てか、そっちは大丈夫なの?」


「ん〜? それはテストの事? それとも学園祭の事?」


 ヒビキが振った話題は、高校生としてかなり重要な二つのイベントについての話だ。


 夏季休業前のテストと、夏季休業が終わって二週間後の学園祭。この二つのイベントを乗り越えないといけないユーリなのだが、私のやるべき交渉関係の仕事も少なからずある。


 そんな状態で、まず最初に待ち構えているテストを乗り越えられる気がしないんだけど……


「勉強はこっちで教えてもらってるんだ。ほら、ここって先生がいっぱい揃ってるし」


「あー……確かに、出来る人は多いのか」


 ユーリは地頭は悪くないし、ここの教師陣が手を貸せば大抵の問題は解けるようになるよね。特に数学関係はいけるだろうし。


「データ組の子に教科書をコピーして出してもらってさ。それで勉強してたら、他の先生達にあっという間に集られて、物凄く勉強になったんだよね」


「あー……それ、色々とやらかしてない?」


「学者達からしたら一種のアカシックレコードのようなものよね。或いは、賢人が書き残した書物ってところかしら?」


 現実世界の教科書を持ち込んだら、そりゃ色々とヤバい化学反応を超える反応が起こる筈だよ。


 というか、ここ最近学園の研究室に教授達が閉じこもっているってシャルルマーニュ陛下に言われていたんだけど、絶対コレの影響だよねソレ。


「テストは大丈夫だとして、学園祭の準備は大丈夫そうなの?」


「まぁ、私……私達がライブをやるって知ってるからさ。クラスの皆もこっちには仕事を回してこないんだよね。だから、余裕と言えば余裕なんだ」


「学園祭のライブの練習なら、こちらでもある程度出来るものね」


「寧ろ、お姉という凄い講師がいる分、こっちの方が練習になるよね!」


 学園祭の催しとしてユーリ達でライブをやるとは聞いていたが、まさかこっちで練習するつもりでいたとは思いもよらなかった。


 まぁ、こっちの世界での練習もある程度は現実世界に反映されるらしく、特にこういった音楽系はリズムが取りやすくなったり、体が曲を覚えてて演奏しやすくなったりと、練習効果としてしっかりしたものはあるらしい。


 だから最近だと、こういったバーチャルの世界で練習する歌手やアイドル、芸能人は多いと聞く。勿論、現実でもしっかり練習はしてるんだろうけどね。


「私も学園祭のライブを観に行けたらなぁ……」


「……うん、そうだね。ライブの映像は撮ってもらうから、終わったら家で一緒に観よっか」


 私の耳が人の声を聞けなくなった時から、そういった妹の晴れ舞台を見に行く機会は完全に失われてしまった。


 何せ、家族の声は聞き取れても周りの人の声が聞き取れず、耐え難い程のノイズとなって私の耳を襲うのだ。妹の学校に行く以前に、外に出ることさえままならない。


 それを思い返して少しばかり目を伏せると、ヒビキがジッとこちらを見ている事に気付く。


「……何? なんか顔についてる?」


「いや、そういうわけではないわ。ただ、アマネの耳は元に戻りつつあるわよって言いたかったのよ」


 あー、そうなんだ。私の耳が元に戻ってきているのかぁ……まぁ、この世界で暮らしていたらそういうこともあるんだろうね。


「え? ヒビキ、それって……」


「精神的なものなんでしょ? なら、多分現実世界にも反映されると思うわよ?」


 私はこっちの世界の事だと思っていたが、どうやらユーリは違ったらしい。


 ヒビキにその話について聞き直すと、それはもうあっさりとそんな事をあっけらかんと言い放つ。


「ここ最近は私も他人の声が普通の声に聞こえるようになってきてるのよ。私は写し身だから、私の耳が聞こえるようになってきてるってことは、必然的に写し取った相手の状態も同じようになっていると言えるの」


「…………お姉!」






 私の耳が聞こえるようになる。その言葉を、私は回らない頭でぐるぐると何度も反芻していた。

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