第786話
私の頭が再起動を終えて、急停止してしまった事をユーリとヒビキに謝る。
「ごめんね。ちょっと理解し切れなくて頭がフリーズしちゃった」
「まぁ、急に言われたらそうなるわよ」
急に言った犯人は、なんの悪びれもなく腹の上に乗っかったボーパルバニーを撫でながら、プレイヤーが発行している雑誌に目を通している。
情報組で発行している雑誌だけど、内容としては生産系プレイヤーが作った品物とか洋服とかをまとめているもので、週刊誌みたいなスクープ系のネタは一切入っていない。
情報組のクランリーダーである柚餅子曰く『そういうのをネタに使うと界隈だけじゃなく組織内まで荒れるからやりたくない』って事らしい。
「ってことは、改めて病院に行く日を決めておかないとなぁ……」
一応、母が医療関係者であり、父は製薬会社務めであるわけだから、そういった精神科のある大きなところも二人は知っている。
現に私の耳が人の声を聞けなくなった時も、二人の知っている大きな病院へ連れて行ってもらって、そこで色々と診断してもらったからね。
しかし、そうか……また、ユーリと一緒に何処かへお出掛け出来る日が来るかもしれないのか。
「今はまだ出歩くときにそのペンダントを外さない方がいいと思うわ。あくまでも私の主観ではあるし、一時的に平気なだけかもしれないから」
「それでも、また元の日常を取り戻せるかもしれないって思ったら全然いいよ」
この世界で過ごして、まさか私の耳がまた聞こえるようになるかもしれない、と言われるとは思わなかったな。
まぁ、元に戻ったとしても引きこもり生活が変わるとは思わないけどね。ほら、引きこもる間に昔の友達は皆何処かに行っちゃったから……
「……私って、よく考えてみたらボッチなんだね」
「……ユーリ?」
「え!? ちょ!? なんで私がヒビキに睨まれてるの!? 私何も悪くないよね!?」
いいもんいいもん! リア友ゼロでもこっちなら友達いっぱいいるからいいもん!
と、内心をそんな悪巫山戯で満たしていたら、リア友の多いユーリに飛び火して、ヒビキの冷たい眼差しが思いっきりぶっ刺さっていた。
ゾディアックの面子は皆ユーリのリア友だからね。フォローしようと思ったけど、周りの人がそうだから証拠だらけでフォローが出来ないなぁ。
「まぁ、悪巫山戯はそこら辺にしておくとして。ユーリ、何処か行きたいところある?」
「今なら私とアマネに加えて、暇してる人を適当に引っ張って遊びに行けるわよ?」
「若干キラーパスだし、急に言われても困るんだけど!? まぁ行きたいところはあるけどね!?」
あるんだったら別にいいじゃん。いやまぁ、どんな面々になるかわからないからちょっと怖いかもしれないけどさ。
ということで、私達は今フランガ王国の端っこにある試練の迷宮というダンジョンに足を運んでいた。
フランガ王国に昔からあるダンジョンで、どれくらいの階層があるかは不明だがかなり深い迷宮として有名な場所であるらしい。
何故そんな話をしているのかと言えば、ダンジョンに集まるプレイヤーの混雑から意識を逸らす為。物凄い量の視線を集めている私の現実逃避と言っても相違はない。
いや、確かに顔が広まったとは思っていたけど、周りにいるプレイヤーが全員こっちを見てくる姿はちょっと怖い。
これがライブ中とかそういう状況ならまだ理解が出来るんだが、こうして何をするでもなく歩いているだけなのに視線を集めるのは凄く違和感があるというか何というか……
「有名人税として受け取っておきなさい。というか、アレだけの人の前で歌い踊れるんだからこの程度へっちゃらでしょ?」
「ライブとオフの日は別だって。それに、凸られたりしたらどうしようかって思ってるからさ」
「凸って来たところでそのまま衛兵がボコって終わるか乙ってデスペナ受けるかのどちらかでしょうよ」
淡々と返されるヒビキの言葉がその通り過ぎてちょっと笑いそう。そうだよね、凸ったら生死問わず真っ先に排除されるんだよね。
私の歌姫という身分が各国の要人のリストに加わる程のものだから、多分近くの街に立ち寄った時点でその街の領主が護衛を派遣していると思うんだ。
流石にダンジョンの中までは守ってくれないだろうが、表に出ている分には巡回警備中の衛兵も含めて、皆が私の護衛をしてくれるだろう。
「しかし、これまた予想外の人選になったわね」
「しょうがないじゃない。どんな事情があれど、魔王軍を裏切るような形になったのは私の失策なんだもの」
「私はそこまで気にしてないんだけどね……」
さて、今回のダンジョン攻略の人選なのだが、私とヒビキとユーリに加えて、保護者枠にアリアドネ。そして魔王国のベリアと、本来ならば魔王軍側のエリザベートが今回のダンジョン探索のメンバーに加わっている。
ベリアに関しては魔王国の仕事が忙しいんじゃないかと思ったのだが、レーナが「このままだとベリアまで過労死してしまう」と、かなりお疲れムードのレーナから頼まれたので連れてきた形になる。
後は、エリザベートの裏切りをわだかまりにしたくないという希望があったので、ルジェに頼んで彼女もここに派遣してもらった。
「時間が出来たらレンファさんも中で合流するってさ」
「まぁ、レンファなら中にいても余裕で見つけて合流出来るでしょうね」
それと、レンファは今回は時間が出来たら途中参加という形になる。
今、レン国も移民関係の仕事で忙しいのだ。義勇軍の人がヴェラージに移り住みたいと言っていたり、逆にヴェラージから受け入れた避難民がここに住みたいと言っていたりと、両国の間でそういった希望が噴出しているという。
というか、各国の政府関係者が頭を悩ませているのは、その移民関係の問題だったりする。
帝国が潰えて魔王国が新たな国として加わったことの影響で、これを機に故郷に戻りたいと願う他国のエルフやドワーフがいるとか、安全になったのなら夢だったあの国に移住したいって人が大勢、国外移住を希望しているのだ。
各国としてはこれは悪い流れではなく、帝国の影響で弱まり薄くなっていた他国との交流を、軍や政府関係者だけだった今までから一般市民にまで広げようと動くことになった。
その結果、想定以上の波となって移住申請が行われてしまい、各国はそれの対応に奔走する有り様になってしまったらしい。
「タイミングとしては悪くはないんだけどね。ほら、魔王国も国土に対して全体的な国民の数は少なめだから」
「魔界の国民から旧帝国領の移民を募るわけだから、そりゃまぁ人手が足りなくなるよね」
魔王国も人手不足だから開拓民や移住者が増えるのは大歓迎な一方で、まだ国交を結んで間もない国々の国民を受け入れる体制作りにも四苦八苦している現状。
もしベリアがそこにいたとしたら、休む間もなく酷使されて力尽きる未来が生まれていたことだろう。それ程までに、今の文官とか貴族の方々は忙しい。
「そういえば、このダンジョンってどういうダンジョンなの?」
「五階層目にボスがいて、そこから先はランダムなフロアになるんだって。具体的に言うと、最初の五階層はチュートリアルで、そこから先はボス部屋に現れる三つの階段から選んで進んでいくんだってさ」
試練の迷宮は最初の五階層がチュートリアル。難易度も高くない上に、初心者連れでも平気な程の罠しか仕掛けられていない。
五階層のボスも見た目はかなり強そうだが、倒す分には今のプレイヤー達でも可能なレベル。私達で挑めばハッキリ言ってイジメにしかならない程度の強さだと言えるだろう。
ただ、このダンジョンの本領はチュートリアルを突破してから。チュートリアルのボスを倒すと三つの階段が出現し、プレイヤーがその階段を選ぶ形で先に進む事になるのだ。
出現する階段は完全にランダムで、階段の入口の上に刻まれた紋章やマークが次の五階層分のテーマになるという。
例えば剣のマークであれば剣を持った敵が多く、弓のマークならば弓持ちの敵が多い。
オオカミのマークならオオカミやイヌ系のモンスターばかり出てくるし、ドクロであればスケルトンなどのアンデッドがわらわら出てくる。
勿論、深くなればなる程に紋章の種類や敵の強さ、種類なども変わってくるので、その時の選択肢次第で何処まで行けるかも変わってくる。
尚、ボスを倒せばその時点で脱出ポイント的な魔法陣も出現するので、外に出る時は非常に楽であると言えるらしい。
「……一回、英霊達全部呼んで凸ったらどうなるかやってみたくない?」
「…………そんな馬鹿な事で大戦レベルの人数呼ぶんじゃないわよ」
ヒビキに怒られたけど、その間は興味があるって考えちゃってもいいのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます