第787話
試練の迷宮に入ると、思ったより綺麗な石レンガと石畳の、いかにもダンジョンです! って様式な広い迷宮がそこに存在していた。
「毎回思うけど、こういうダンジョンの松明って何が燃料で動いてるんだろうね?」
「それは魔力……あれ? 確かに、魔力で燃やすくらいなら別に芯材は要らない、よね?」
「あまり気にしてなかったけど、確かにそれはわからないわね……」
アリアドネも服の素材集めでダンジョンに潜った事があるそうだが、こういった遺跡風のダンジョンだと確かにフロアによっては壁掛け松明が照らしているところもあったそうだ。
ただ、それもよく考えてみたら不思議な話で、魔法で明かりを確保するなら松明など使わずともそのまま器の上や空中に直接炎を浮かべておけば、それで充分な明かりになる。
なのに、どのダンジョンでもそういった松明だったりロウソクだったりに火が灯してある明かりが置いてあるそうで、今思うと確かに疑問が浮かぶと皆頭を傾げていた。
「さて、それではここで私達の世界をよく知るユーリさんから、その理由に近いものを発表してもらいましょう!」
「え、私!? いやでも、こういうのって雰囲気に合わせてるのが殆どだからなぁ……」
「「「雰囲気……」」」
ぶっちゃけたユーリの答えが正解だと個人的には思っていて、壁掛けの松明とかロウソクとかは『遺跡の雰囲気に合う』から置いてあるような気がしてる。
勿論、もしかしたらちゃんとした理由があるのかもしれないけど、多分ここの運営なら雰囲気に合うから設置してるって言うのが一番正しいように思える。
「いやでも、確かに雰囲気に合うと言えば合っているのよね……」
「ここに街灯や派手なランプがあったら確かに違和感を覚えるし、壁掛けの松明くらいなら全然そういうものだと気にもしなかったでしょうね」
「もしかして、魔界にある迷宮もそういう理由で壁掛けの松明が置いてあるのかな……?」
若干納得がいかないようではあったみたいだが、確かに雰囲気に合うと言われれば否定もできないらしく、ユーリの答えが定説のような形で三人に受け入れられていく。
一瞬、ちょっとこの世界の根幹に関わりそうな問題だったかな? と脳裏に浮かんだが、まぁそんな事を言ったらそもそもデータ組がこの世界の根幹みたいなものなので、比べてしまえば大した事はないだろうとすぐに忘れることにした。
「それより、ここの敵は結構やる気みたいね」
「お姉の力も効かないんだ……」
「効かないというより、アマネ以外を対象にしてるんでしょうね。ヒビキは一緒にいるから敵対されているけど、ソロなら多分ボス以外はスルーすると思うわよ」
アリアドネ曰く、ここのモンスターはかなり好戦的というか挑戦的であるらしく、私以外に対してかなりの敵意を抱いているという。
力の差を感じ取れない程ではない筈だというので、これがダンジョンのモンスターの特徴なのかもしれないと納得し、その上でそんなモンスター達にも効く友人帳の強さにちょっと呆れてしまう。
「チュートリアルフロアだからそんなに強いモンスターはいない筈だし、いたとしてもお姉には傷一つ付けさせないからね! 安心して後ろで見てていいよ!」
剣を抜いたユーリが威勢良くそう言ってくれるが、なんか不安感しか湧いてこないのはなんでなんだろうか?
いや、確かにユーリはここ最近剣豪達との鍛錬を重ねて強くなってるし、前と比べてもうっかりミスで死に掛けることも無くなった。
ただ、これまでの実績の積み重ねからか発言に安心感が無いと感じてしまう。別に不信感があるわけではないんだろうけどね。
「……いざという時はフォローしてね?」
「大丈夫よ。この面々、基本的に速攻型で構成されているから」
「うん? あぁ、確かにそうかも……」
ヒビキの言葉を聞いて全員の装備などを見ていたのだが、確かに私以外の面々は皆速攻型だった。
ユーリは脇差しの二刀流で、ヒビキは短刀に投擲にも使える短剣。ベリアは双剣使いで、エリザベートは血を纏った赤い直剣を使っている。
そしてアリアドネの姿は半人半蜘蛛の姿ではあるが、その戦い方は並の鋼線より頑丈で鋭い蜘蛛糸による斬撃が主だ。
呪いを掛けた主神が死んでいるので、実はアリアドネの蜘蛛の体も人の体に戻すことが出来る。
ただ、本人が蜘蛛の状態に慣れてしまったということと、裁縫用の糸などを出す時は蜘蛛の体の方がやりやすいということで、必要な時にしか人型には戻っていない。
とはいえ、機動力という意味では並の斥候よりも速く、蜘蛛の脚は天井や壁の走行も容易に行える程の力を有している。
それを鑑みると、私達は現状で超速攻型の編成になっていると言えるのだろう。
それに後から合流すると言っているレンファも暗器使いだし、比率や傾向は変わらない筈だ。
と、そんな事を考えていると、ドタドタバタバタと走ってくる足音を立てながら、小学校低学年くらいの背丈の小鬼が棒を片手に走ってくる。
「メイズゴブリン。殆ど普通のゴブリンと変わらない固有種ね」
ギャッギャギャッギャと騒ぎながら飛び掛かってきたメイズゴブリンは、その緑色の体をアッサリとユーリに両断される。
ただ、死に際にこちらを見てからいい笑顔と共にサムズアップを送ってくる姿がこちらの笑いを誘ってくる。
というか、既に私以外の面々に大ダメージを与えていて、ダンジョン内だと言うのに爆笑が止まらなくなっていた。
「ま、まさかやられるってわかってて突撃してくるとは思わないじゃん……!」
「それで、やられたらやられたで、アマネに親指立ててサムズアップは……!」
「しかも、すっごいいい笑顔だったわよね……!」
ユーリ、ヒビキ、アリアドネの三名は重傷。お腹を抑えてしゃがみこんでいるベリアとエリザベートは致命傷と判断していいだろう。
しかし、あのゴブリンは中々強力な敵のようだ。こうして戦える面々の部位破壊を狙ってくるとなると、不覚を…………いや、棒装備で物理的な致命傷を負うことはないか。
「笑うのはいいけど、早く復活してね? ほら、後続がどんどん来てるから」
「お、OK! 大丈夫! 私はまだ戦える!」
そう言って剣を構え直し、迫り来るメイズゴブリンやその他の様々なモンスターを斬るユーリ。
小学校高学年くらいのサイズのメイズゴーレムや柴犬サイズのダンジョンラット、襖サイズのダンジョンバットなど、襲ってくるものを片っ端から斬り続けていった結果…………
「フラグ回収が早いなぁ……」
ものの見事にお腹を抱えて丸くなるアルマジロが一人……いや、ベリアとエリザベートを含めて三人になった。ヒビキとアリアドネはギリギリのラインで耐えている。
まさか、ゴブリンのみならずゴーレムやラット、バットまでやられた瞬間に笑顔とサムズアップでアピールしてくるものだから、戦闘に一区切り着いた瞬間にユーリは崩れ落ちた。
ゴーレムなんか、丸く黄色い二つの目がアーチ状になってニッコリしていた。ホント、こういう搦手には弱いね皆。
「ダンジョンスパイダーとメイズスライムは後片付けしてるみたいだね」
「あ、後片付けといっても、何も残ってないじゃない……!」
「そりゃ、吹き出したものとか?」
コロコロとメイズスライムを転がして床や壁、天井のお掃除をする座布団サイズのダンジョンスパイダー達。黒い体に赤い目で割と好戦的というか敵! って感じの見た目をしているのに、やってることがお掃除なんだね。
「なんか、ここのボスもすっごいゆるい気がしてきたのは私だけ?」
「それは、アマネだけよ……!」
ボスもゆるいんじゃないかと言ったら、ヒビキにギロッと睨まれて怒られました。これも私が悪いの? どちらかと言うと悪いのはやってるモンスター側じゃない?
そんなヒビキが崩れ落ちたのは、ボスが例に漏れずかなりゆるいモンスターだったからだろう。
「なんで鏡の前でポージングしてるんだろ……?」
ボス部屋に死に体で潜り込んだ結果、そこにはメイズガーディアンという大鎧のモンスターが、何故か武器も持たずに鏡の前でボディビルダーのようなポージングを決めていた。
それを見た瞬間に吹き出して崩れ落ちる五人……五人? あっ!? レンファも混じってる!?
「な、なんで来た瞬間にこんなもの見せられてるのよ……! こ、ここ、ボス部屋なんでしょ!?」
「えぇ……? 私に怒られても困るんですけど?」
これをやってるのは私じゃなくてボスなんだから、怒るんだったらボスに怒ってほしい。
というか、ボスも硬直から復帰してやることがポージングの続きっていうのはどうなの? 無造作に置かれたハルバードと大盾が可哀想だよ!
「なんか、皆が戦えないみたいだから私がトドメをさしておくね」
仕方が無いので、早々使うことのないもう一つの指輪の力を使って強力な一発をお見舞いすることにする。いつもの指輪だと、呼んだ人がアルマジロになって戦闘不能になってしまうかもしれないからね。
ポージングを決めるボスの前に現れたのは、何時ぞやのデバッグルーム内でであったマッチョ三人衆。ポージングを決めての参加は、ボスのポージングに対抗する為だろうか?
アメイジング! エクセレント! ダイナミック! の掛け声と共に、三人の背中でヒーロー戦隊もののような大爆発が起こり、ボスの体が爆炎に包まれる。
その威力は凄まじく、あっという間に茶色い鎧は黒焦げになり、下半身が吹き飛ばされたボスの上半身が天井に激突してから、再度下に落ちて床にベシャッと倒れ込む。
マッチョ三人衆は役目を終えたと消えているが、ボロボロの体を震わせて手を伸ばすボス。なんかもう、この先の展開が見えた気がする。
震える手がカタカタと鎧の揺れる音を立てながら、ゆっくりとその形を変えていき――――
――――最後にサムズアップしたボスは、私以外の全員の腹筋を道連れにして、砕け散るように消滅した。
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