第612話

 ハデス神達を驚かせた神々の集結。だが、流石にこのハデス神達を見て笑わぬ神はいなかったらしい。


 クスクス、という笑いから始まり、徐々にその笑いは伝播して、居並ぶ神々全てが大笑する。それで、ハデス神達は漸く正気に戻って顔を取り繕った。


「アマネ、この場にいる神々は……」


「全て、来たるべき時への備えですよ。尤も、ゼウスらに対して恨み骨髄の人達が多いんですけどね」


 私が様々な神を呼び出したことで、神域もまたその神々に合わせて場を変え、神々が座す場を用意している。


「……少し見ぬ間に、これ程までの神々と出会うとは」


「当方だけでは戦力が足らぬと思っていたが、これならば……」


 エジプト様式の砂岩のテーブルと椅子が置かれた場所には、居並ぶ神々を見て驚くアヌビス神とセベク神が、落ち着かない様子でそんな言葉を漏らしていた。


「いやはや、ここまで神と呼ばれし者共が集まると壮観じゃのぅ」


「……アンタがいるだけでも頭が痛くなるってのに、これだけの面々を見せられたら笑いが込み上げてくるよ」


「ふふ。ハンサの仕置が重くなりそうね」


 あれはヴェラージの織物だろう。卓上に敷かれた色鮮やかなテーブルクロスの上には、様々な果実が盛り合わせで皿に乗っており、マーラ様やドゥルガー様、ラクシュミー様がその果物を口に運びながらそう話している。


「なんだ、随分と大勢集まってんじゃねぇか!」


「ふむ。これで全てではないだろうが、これだけでも恐らく不足はない。オーディンがいたら、あの仏頂面が愉悦で歪んでいただろうな」


 ノルドの針葉樹の木で作られたテーブルの上にはよく焼けた骨付きの鶏肉が乗っている。乱雑にそれを掴んだトールは、ビール樽からジョッキに酒を注ぎつつ、居並ぶ神々の前で堂々と肉を食っていた。


 テュールは止めるつもりがないようなので、多分各々がやりたいことをやる形になるんじゃないかな。


「話には聞いていたが、こんなに大勢の神々が集まると中々面白いな」


「だらしない姿見せないでくださいよ」


「なんで儂を見て言ったんじゃ!? なぁ、ツクヨミ!?」


「そういうのがアレなんだよ、バカネキ」


 ギャーギャーワイワイと騒ぐスメラミコトの神々。一番うるさいのはアマテラス様だけど、ツクヨミ様やミシャグジ様、スサノオ様はかなり落ち着いている。


 というか、畳の上で座布団に座っているのはいいけどさ。天岩戸を投げつけようとするのはやめてくれませんかね?


「スメラミコトの神は随分と騒がしいな」


「元気が良くていいだろ! それに、戦ったら面白そうな奴もいるしな!」


「出た! 悟空の戦闘狂!」


「この場で暴れたりはするなよ?」


 レン国組は中華風のお洒落なテーブルと椅子が用意されている様子。テーブルの上にはプーアル茶らしきお茶が入った急須が置いてあるようだ。


 集まったのは鍾離権様に、孫悟空と牛魔王。そして太歳星君の四人。ちょっと悟空が物騒なこと言ってるけど、頑張って手綱を握っていてください。


「賑やかで良いな。こうして一堂に介すると、存外悪い心地はしないものだ」


「とはいえ、本題は来たるべき戦の話ですからな」


「まぁ、あまり堅苦しくしておっても良くはあるまい。適度に気を緩めておくべきだろうな」


 そして、地蔵菩薩様と弥勒菩薩様、阿弥陀如来様は丸い座布団のようなものに座りながら、卓に乗せられた湯呑茶碗を傾けつつ、真面目且つ朗らかに話をしている。


「ここまで来ると笑えてくるな。アマネの知り合いがあまりにも多過ぎる」


「悪いことではないさ。姫様の人徳がそれだけ素晴らしいってことだろうからよ」


「ふふ。それにしても、相変わらず元気そうで何よりです。後で頭を撫でにいきましょうか」


 魔大陸で出会った神々としてカマソッソやトラロック、ティアマト様が、民族風味溢れる意匠の椅子とテーブルのセットでのんびりと軽食を楽しみながらこちらを見ている。


「案外すぐに呼ばれてしまったな」


「我らダエーワの格を汚すような真似はするなよ、アエーシュマ」


「わーってるって。流石に俺も場を弁えるっての」


 つい先日出会ったばかりのダエーワ。アンラ・マンユとサルワ、アエーシュマもアラビア風の椅子とテーブルが置かれた区画でこの場に集まっていた。


「ふむ。確かに頭数で言えば、これだけの戦力を揃えられている時点で当方の優勢であると言えるか」


「だが、それはあくまでも向こうの戦力次第。儂等もそう容易く負けるつもりはないが、過小評価するわけにもいくまいて」


「であろうな。天使などという羽虫の如き尖兵は兎も角、向こうの名のある神等の戦力は未だに全貌が見えていない。尤も、それに関しては彼らに聞けばよくわかるだろうがな」


 黒を基調としたクトゥルフ系列の神々の場は、ヨグ・ソトース、クトゥルフ、ハスターの三柱が参加している様子。


「やれやれ。まさか先にアンタらと会うことになるとは思わなかったな」


「オリュンポスの神に恨みはあれど、それはゼウスに対してのもの。彼等個人も憂いているというのなら、共に歩むことに否やはありませぬ」


 最後に、テュポーンとプロメテウスが座すギリシア風の家具が置かれた席。体の大きい二人だが、この場に合わせてなのか本来の大きさより大分小さく収まっている。


「こ、これは……」


「私が知り合い、縁を結んできた神々の一部で御座います。この場にいるものの他にも、百を超える神々がその日の為に刃を砥いでおります」


 未だに驚愕を隠し切れないデメテル神に対して、簡潔にだがこれ以上の神々がまだ控えていることを伝えておく。


 多分、ここに全員を呼んだりしたらキャパオーバーでギッチギチになる気がするからね。それと、クトゥルフ系列の神々を直視したら精神崩壊する方が出かねないってのもある。


「……テュポーン殿」


「お前を恨むつもりはもう無い。寧ろ、自らの弟の不始末にけりをつけるというのだからな。なら、俺はその為に力を貸してやる」


 ハデス神に名を呼ばれたテュポーンは、そう言葉を返すことで二の句を告げさせず、ただハデス神に対して協力することだけを伝えている。


 というか、これだけ呼び出しておいてなんだけど、これ統制出来るんだろうか?


「取り敢えず、少し待っていてくれ。今、マルテニカの神をこちらに呼ぶ」


「急ですが、大丈夫でしたか?」


「問題ない。向こうも、機会があればアマネと顔を合わせたいと言っていたからな」


 そう言って、何処か虚空を見つめるハデス神。僅か数分程度の間の後に、居並ぶ神々の座の一角がシックな家具で揃えられた場に変わる。


「……話には聞いていたが、随分と多いな」


「ユーピテル神、急に呼んで済まないな」


「いや、気にしなくて良い。それで、そちらのお嬢さんが話に聞いていたアマネ殿かな?」


「はじめまして、ユーピテル様」


 この場に現れた神の名前はユーピテル様。マルテニカに於ける主神で、ハデス神とは帝国が建国された時から知己の間柄であったらしい。


「当時は帝国の神は須く敵と思っていたのだがな。アポロンに見逃され、後にハデスとゼウスを討つという話をしていたのだ」


 マルテニカが建国される前、まだ小国が乱立していた時代に帝国は領土拡大の為の戦争を行っていた。


 その被害を受けたのが現在のマルテニカ、ケーニカンス、フランガの三国のある地域であり、当時の国の殆どが亡国となって今の国々に併合されている。


「我らはアマネ殿を旗印としてゼウスらに戦を仕掛ける。出来れば向こうからボロを出してくれれば幸いなのだが、そこまでの期待はするべきではないだろうな」


「焦りは禁物じゃよ。既に相手は詰みが近くなっておるのじゃ。我らがやるべきは、一手一手打てる策を打ち、この囲いに隙を生まぬことよ」


「あぁ、その通りだ。この機を逃せば、我らは再び暗黒の時代の惨禍をこの世に再臨させてしまう」


 かなり真面目に他所の神同士で会議を行っているのだけれど、私の場違い感が酷い。話にもまともに参加出来ないだろうし、ここらで抜けちゃダメですかね?


「アマネ、我らの名をその友人帳に記しておく。何かあった際は、戸惑うことなく我らに連絡してくれ」


「ありがとうございます。では、私はここで失礼しても?」


「うむ! ここから先は我らの役目。幸い、この神域のお陰で好きな時に戻ることが出来る。アマネは遠慮せず戻ってもらって構わんよ」


 ということで、色々と何事もなく無事に終わらせることができました。いやぁ、大団円になりそうで良かった良かった!


「お姉、帰ったら色々と話聞かせてもらうからね?」


「……加減はしてね?」


 あんまり良くなかったかも。まぁ、なんとかなるよね、うん。

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