第611話

 オリュンポス十二神が一柱、アポロン。ゼウスの息子でもある太陽の神が、私達を待ち伏せていたのか太陽のよく当たる祭壇の上に立っていた。


『そこまで警戒しなくてもいいよ。君達の事はゼウスに漏らしたりしないから』


「……それを信用しろと?」


 未だ警戒を解かないオデュッセウスだが、アポロン神が味方であることは知っている。


 何せ、ハデス神と共にオリオンの死を隠している神なのだ。アルテミス神の兄だとも聞いているし、恐らく理由があってこの場に顔を出しているのだろう。


 私がオデュッセウスとルジェを手で下がるように促して、アポロン神の前へ歩みを進める。ヒビキが追従する形でついてきているので、少なくとも一触即発の空気は少しだけ和らいだ筈だ。


「はじめまして、ですね。オリオン様とペルセウス様から御名前は伺っております」


『あぁ、そうだね。あの二人に会っているのなら、ここに姿を現したのも大方検討がついているんじゃないかな?』


「えぇ……それで、現状で反ゼウス派の神は何柱になりますか?」


 アポロン神の用件というものは即ちコレだろう。反ゼウス派の代表として姿を現し、離反している者達の名を明かす。


 現状だと反ゼウス派が何人いるのかわからない以上、アポロン神がこうして会いに来てくれたのは非常に僥倖だと言える。


『詳しくは中で話そうか。外だと、何処にゼウスの耳目があるかわからないからね』


「パラディオーナの宮殿の中ですね。クレオパトラ様、その鍵を」


「うむ。承知した!」


 そう言って、手に持つ鍵を掲げるクレオパトラ様。黄金のアンクが太陽の光を浴びると、大きな地響きと共に祭壇の向こう側に広がる砂漠から、巨大な何かがこちらに向かって近付いてくる姿が見える。


 背中に背負っている宮殿から、アレがパラディオーナであることは一目でわかった。が、あの速度で突っ込まれるとこの祭壇が壊れるんじゃないだろうか?


 と、そんな事を思っていたが流石に杞憂だった。ある程度近付いた時点で減速したパラディオーナは、背中の宮殿に入れるように祭壇へ横付けになり、そのまま静止する。


……この祭壇、手前側だけはピラミッド状になっていて、奥側は垂直の壁になっていたのだが、もしかしてパラディオーナが横付けになるからそういう構造にしたんだろうか。


『着いたな。では、来てもらえるか?』


「えぇ、勿論です。ほら、皆も行くよ」


「……アマネがいると警戒するのが馬鹿らしくなる」


 ちょっと? なんでオデュッセウスは頭に手を当てて首を振ってるんですかねぇ?












 パラディオーナの宮殿の中は、兎に角白く広い空間が広がっていた。それこそ、空間の端が何処にあるのかわからないくらいだ。


 神に拝謁し、王としての誓をここで宣言すると聞いているのだが、確かにエジプト神は数が多いのでこれくらいの広さがないと入り切らないのかもしれない。


「おぉ、来たか」


「あぁ、何とかね。警戒された時はどうしようかと思ったけど、思った以上にお嬢さんは信頼されてるみたいだ」


 そんな空間で、大理石らしきもので作られた丸椅子に座る四人の人影。紫紺の髪の男性、月のように白っぽい髪色の女性、小麦色の髪の豊満な女性、そしてエジプト風の衣装に身を包んだ黒髪の男性の計四人だ。


「……この場にいる神々が、反ゼウス派の神ということでしょうか?」


「理由があって来れぬ者もいる。まぁ、話は座りながらしたらどうだ?」


 紫紺の髪の男性にそう促されたので、私は遠慮なく大理石の椅子に座って神に向き直る。


 オデュッセウス達は今回に関して口を挟む気はないようで、少し離れた場所に私が出したソファやらテーブルやらを使って小休憩していた。


「まぁ、初めに自己紹介から始めようか。アポロンはわかっているだろうが、私達の名は知らないだろうからね」


「そちらの黒髪の方に関しては察しが付きますけど……ご存知かと思いますが、私が歌姫のアマネと申します」


 この場に同席している黒髪の男性がどんな存在なのか、私には検討がついていた。


「おや、我の存在を知っていると?」


「えぇ、ニャルラトホテプの化身。その一柱でございますよね?」


 私の答えにニヤリとした笑みを浮かべる男性。一人だけ衣装の様式が違うし、そのような格好でここに居られる神にしては、体に怪我があるように見えない。


 何せ、ゼウスらとの戦いでエジプト神達は甚大な被害を受けているのだ。この場に同席するようなエジプト神なら、体に傷の一つや二つはあってもおかしくないと判断した。


「如何にも。我が名はネフレン・カ。化身としての名は『暗黒のファラオ』となる。まぁ、王家に成り代わりペレシオンを混乱させようとした邪神の化身であるよ」


 レンファもシン国の傾国の為に潜入していたわけだし、その紹介の内容を聞いて素直に納得した。


 尤も、ネフレン・カの想定外はペレシオンが先にゼウスらの侵攻で滅びたことだろうか。己の手で滅びたならまだしも、横槍を入れられての崩壊なのだから正直良い思いはしていないだろう。


「我が主は壮健かな? 下劣な本体が近くにいると、些か教育に悪いのではないかと憂いていたのだが」


「えぇ、とてもいい子でしたよ」


 ただ、ニャルラトホテプを嫌っていることと、アザトースを信奉していることは変わらないようだ。


「そろそろ私も名乗らせてもらうぞ? 冥界を治める神、ハデスだ」


「月の女神、アルテミスよ」


「豊穣の女神、デメテルと申します」


 紫紺の神の男性がハデス、白っぽい髪色の女性がアルテミス、小麦色の髪色の女性がデメテル。アポロン神同様のオリュンポス十二神で、皆等しくゼウスに対して離反の意志を有している神々だ。


 というか、名前だけなら今までちょくちょく出ていた筈。ハデス神はアヌビス神から、アルテミス神はオリオンとペルセウスからだ。それと、デメテル神はペルセポネ神のお母様だったよね。


「ふふ。その様子だと、私達の名は既に存じていたようですね」


「はじめまして、ということに変わりはありませんけどね。ここに来れていない神というと……」


「ヘファイストスは鍛冶神でな。妻だったアフロディーテに見捨てられ、ゼウスにもなぁなぁで事を終わらせられた事で、今は密かに武器作りに勤しんでいるよ」


 それは誰の為の武器なのかと、そう聞く必要もないだろう。どう考えても、ここのエジプト神や自分達の手勢に回す武器だと分かるからね。


「それと、各地の封印を管理している姉上だな。今はまだ名を明かせないが、エーディーン崩壊と共に十二神の座を降りた女神だ。信用に値する神であると保証しよう」


「別に疑いはしませんよ。それで、離反した神はこれだけでしょうか?」


「残念ながら、な。繁栄の毒は思った以上に根深く神々の心を蝕んでしまったようだ」


 どうやら、オリュンポス十二神で離反した神はこれだけであるらしい。でも、数で言えば六人なので、ほぼ半数の神が離反したと考えたら、これはかなりのものだと思う。


「天使は残念ながら手付かずだ。アレらもゼウスの僕か繁栄の中毒者でな。切り崩すのは少々難しい」


「となると、十二神クラスは半減。それだけということでよろしいでしょうか?」


「正確に言えば、私達の信奉者も味方についた。そういう認識でいいわ。尤も、あのクソ親父の信奉者は私達の比にならないから、そこまで期待されても困るって話だけどね」


 ゼウスを崇める教信者の数は多い。他の神も信奉者という意味では少なくないが、ハイエルフと化したエルフはアルテミス神を崇めず、アフロディーテを崇めているそうだ。


 曰く、穢れに触れるのは守護者である我らではなく、下々のエルフ達の仕事である。故に、我らは美の女神を信奉する。ってことらしい。


「ハイエルフよりダークエルフと呼ばれている民の方が熱心に祈ってるわよ。ホント、エーディーンがあった時の方が居心地が良かったわ」


「父が生きていた自体こそ、真の繁栄の極みだったのでしょう。でも、その時はもう戻らない……」


 悲しげに顔を落とすデメテル神。思えば、戦える神の多くは未だにゼウスの元に残っているのか。


「アマネ。私は亡き父の為にも、この歪んでしまった時の流れを正し、謀反人たるゼウスを討つ」


「父殺しの汚名も喜んで被ろう。だが、我らだけでは最早父の力に及ばないのは目に見えてわかる」









「故に、助力を求めたい。そういうことでしょう?」









 ハデス神達が言いたいのはそれだろう。冥府の亡者を兵士として使えるのかどうかはわからないが、どう考えても戦力が足らない。


 だからこそ、こうして私に頭を下げてまで助力を乞い願っているのだろう。


「本来なら異界人であるアマネ様を巻き込むことは道理に反していると理解しています。ですが――」


「それ以上の言葉は不要です。元より、私達はその為に動いていた」


 私の友人帳がひとりでにページを捲り、そして指輪が絶え間なく輝き続ける。


 現れるのは、各地の神々。この場に招かれた時点で一度メッセージを送っていたが、それ故に彼らも威厳溢れる姿でこの神域に集まってきてくれた。


「既に世界は解放の刃を砥いでいます。これでもまだ足りないものはありますか?」


 唖然とするハデス神達を前に、私はそう言いながら微笑みを返した。

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