第610話
ここが王家の聖域と呼ばれている場所で間違い無いだろう。オアシスの畔のピラミッドは、様式的にはモヘンジョ・ダロに近いようにも見える。
ただ、その周りにいるモンスター達の姿を見ると、永らく不在にしていた影響はかなり大きかったように思えた。
「父祖の話には聞いたことがあったが、成る程。確かにこれは、聖域というのに相応しい地であるな」
モンスター達が住み着いた聖域を見渡すクレオパトラ様の表情は、とても穏やかで柔らかなものだ。
よく考えてみれば、王家不在の間は彼らがずっとこの地を護り続けていたのだろう。彼らにそんな意図が無かったとしても、邪な者からこの聖域を守護していたのは間違い無い。
「ニトクリス。この地は彼らの住処として残すことにしよう。きっと、父祖もその行いを許してくれるだろうさ」
「えぇ、そうですね。彼らが、この地を永らく護ってきたのですから」
そのまま、二人はゆっくりと谷からオアシスの近くにまで歩みを進める。私がいるから他のモンスター達はこちらをチラチラと見はするものの、その気性はとても大人しくなっている。
「ありがとうな。ここを、ずっと護っていてくれて」
そう言って、ヘルメットのような頭の恐竜を優しく撫でるクレオパトラ様。撫でられている恐竜も、悪意がないものであると理解したからか大人しく撫でられていた。
この恐竜の名前はパキファランナー。パキケファロサウルスと呼ばれている丸くゴツゴツした頭が特徴的な二足歩行の恐竜だ。
その足はかなり速く、時速70km近い速度で突進して敵に頭突きすることも出来る。頭部の硬さはダイヤモンドもヒビ割れる程なので、直撃すればまず間違いなく大事故待った無しだ。
まぁ、こんなヤバそうな子なのに実は草食恐竜というね。ただ、縄張り意識は強いので侵入者に対して突進することは多い。
「並んで突進したらすっごい強そう」
「破城槌みてぇだよな。戦列にコイツらが突っ込んだらあっという間に戦線が崩壊しちまいそうだ」
そんなパキファランナーが程々のスピードで走り回る中、オアシスの水の中からも大きな黒い体のモンスターが姿を現す。
そのモンスターの名前はマーダーヒポポタマス。非常に凶暴なカバのモンスターで、縄張りに入った侵入者に対して突撃した上で噛み付いたり体当たりしたりする。
また、非常にタフなのでちょっとやそっとの攻撃では怯むことも倒れることもせず、寧ろ攻撃されたことに怒ってより一層激しく大暴れしてしまう。
「クランホームの川で水深足りるかな?」
「拡張したら少し水底を掘る予定だし、多分足りるんじゃないかしらね?」
それと、マーダーヒポポタマスに紛れて同じように水中から顔を出したのは、アルマディロスクスというアルマジロのような甲殻で覆われた大きなワニだ。
その甲殻はとても硬く、凶暴なマーダーヒポポタマスの攻撃を受けても簡単に壊れたりはしない。
鉄の矢や槍さえ弾くことが出来るのだ。生きた鉄甲船と言っても過言ではない。しかも、こちらは噛みつきという攻撃ができるしね。
「あの鳥は、もしかしてベンヌでしょうか?」
「確か、アラプトに伝わる霊鳥の一種だったか」
そして、オアシスでのんびりと小魚や虫を食べているアオサギみたいな鳥を見て驚いた様子を見せるニトクリスさん。
ベンヌと呼ばれているこの鳥は、このアラプトに於ける不死鳥の代名詞であり、フェニックスと同類とされていた。
日が落ちる頃には姿を消し、日が昇ると一斉に姿を現す。死んだベンヌが朝日を浴びて蘇ったと言われるようになってからは、より一層その不死鳥伝説に信憑性という色を付けるようになる。
が、そんなベンヌを危険視した者がいた。フェニックスの生き血には不死になる効果があると言われていたが為に、ベンヌにも同じ力があると誤認した者がいたのだ。
それが誰なのか、言わずともわかるだろう。彼らの手により、不死鳥と同一視されていたベンヌ達は次々と狩られていって、今はこの聖域に残る僅かな個体しかもう生き残ってはいなかった。
「より一層、ここを保護する理由が出来たな」
「近場に巣を作っているようだし、ある程度時が経てば減った数も元に戻るだろう。尤も、先に元凶を潰さねば同じ轍を踏む羽目になるがな」
オデュッセウスの言う通り、事の元凶を先に絶たないと何度でも同じ惨劇を繰り返す事になる。
尤も、その機会は着々と近付いてきているわけなのだが……
「なんか、すっごいのが待ち構えてません?」
「ペレシオンのゴーレムと、アレは……」
「アメミット、ですね。冥界にて死者の心臓を喰らう幻獣……の筈ですが、何故ここに?」
まず、祭壇の周りを徘徊するちょっと苔生しかけているゴーレム。名前はまんまペレシオンゴーレムと言い、どうやらエーディーンから供与されたゴーレムを独自に改造したものであるらしい。
ずんぐりむっくりとした形状は変わらないが、砂岩で作られたレンガの身体であることと、その先端に飛び出したプラグのような二本の指先が特徴的。
特にその指は見た目に反して物を掴む力に優れていて、大きな岩でも丸太でもお構い無しにその指先にくっつけて、打撃武器や投擲武器として使うことが出来るらしい。
イメージとしては磁石に近いだろうか? 砂鉄のように物をくっつけて、発射する時は同じ極同士で近付けたかのように吹き飛ばす。
技術的にどのようなものが使われているのか皆目見当もつかないが、兎に角色々とぶっ飛んだロストテクノロジーであることは間違い無いだろう。
そして、中々凄い見た目をしているアメミット。頭はワニなのだが、上半身はライオンで鬣もついており、下半身はカバという凄いキメラ感満載の番人だ。
これでも一応冥界に住んでいるモンスターらしく、死者の功罪で審判を行う際、罪人の心臓を喰らう役目を担っているらしい。
ただ、そんなアメミットが聖域を護っている理由は、まぁ想像に難くない。アヌビス神がハデス神の部下になっているので、単純に現状で御役御免になってしまっているからだろう。
「そう考えると、アメミットがここにいるのもそんなに不思議じゃないですね」
「だなぁ。お、やっぱ力強ぇな。こりゃ突進されたら簡単にふっ飛ばされそうだ」
頭を撫で回すゴリアテは、軽く首を押し付けてくるアメミットの力にそう評価している。やっぱり、神獣みたいなものだから力が強いのかもね。
「さて、伝承通りならこの祭壇の上で鍵を太陽に翳すことで、パラディオーナが聖域にやってくると言われているな」
「なら、このまま上に上がりましょうか」
ゴーレム達も私達を止める気はないようで、特にアンクを持っているクレオパトラ様と、何故か私に対してはペコリと礼さえしている。
何とも言えない違和感というか場違い感を感じつつも、ゆっくりと階段を上がっていく私達。
すると、途中途中に置かれていた石像の兵士達が、私達に対して武器を下ろして礼をする。
この石像はガーディアンスタチューというモンスターであったらしい。手には槍や剣、鎌など様々な武器と盾を持っているが、皆等しく私達に礼をして階段の上へ通してくれる。
彼らもこの祭壇の番人なのだろうとは思うが、ほぼ顔パス状態のコレに少々不安を抱いたのは私だけだろうか?
「……着いた。ここが――――」
『よく来てくれた。これで、漸く時計の針を進めることが出来る』
祭壇の階段を上がった先には、無数の蝶を身の回りに舞わせている羽根付き帽子を被った吟遊詩人風の男性が立っていた。
「貴方は……」
「アマネ、下がってくれ」
誰なのかを聞くより先に、ルジェとオデュッセウスが前に出てそれぞれ武器を構える。それに応じて、ゴリアテ達も得物を抜いて警戒していた。
『……随分と物々しいな』
「それは、己自身が一番理解しているのではないか? なぁ――――」
――――――オリュンポス十二神が一柱、太陽神アポロンよ。
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