第609話
アンラ・マンユと和解した翌朝、私達は簡単に朝食を食べた上で、聖域へと出立する為の支度を始めていた。
「それにしても、大分壊れちゃいましたね……」
宮殿の上から眺める街の景色は大分悲惨だ。激しい戦闘の影響で家屋は崩れ、通りはその残骸が塞いで壁を作ってしまっている。
『何、既に無人にして住まう者も名乗り出ない空の土地だ。我らとて、この街の一割も使ってはいないさ』
尤も、現在の家主であり地主であるアンラ・マンユは特に気にした様子もない。
あくまでも借り暮らしに丁度良かった為、アジトの一つとして使っていただけであるらしく、ここの他にも幾つか隠れ家となる場所があるそうだ。
『例の神々には我らも辛酸を舐めさせられている。その報復の時を窺っていたわけだが、その時も近いと知ることが出来たのは僥倖』
「その時は皆様の武威を頼りにしますね」
アンラ・マンユの実力は主神クラス。ダエーワと呼ばれる魔王にして悪神達の上に立つ者なのだから、それは当然と言っていいだろう。
となれば、対ゼウスを考えてみると心強い戦力であると言える。それに、アエーシュマもサルワもかなりの強さを誇る神だしね。
ゼウスの周りの戦力がわからない以上、戦力は多過ぎると思うくらいで丁度いい。何せ、向こうは下手したら形振り構わず外道非道の悪法すら使ってくるだろうから。
『……そろそろここを出るといい。あまり長居されると、こっちも別れが辛くなる』
「ふふ。そんなことを言わなくても、会いたくなればクランホームに遊びに来て構いませんからね」
と私がそう言うと、明らかにニンマリと笑ったような雰囲気を醸し出すアンラ・マンユ。アレ、もしかしてなんかやらかした?
『皆、聞いていたな? 手土産の一つや二つは持っていくとして、暇な奴はアマネのクランホームに行っていいぞ』
「クハッ! アマネ、良いように言質取られちまったなぁ!」
「え? あ! そういうこと!?」
別に言質なんて取らなくても、仲良くなれたんだから好きに来ていいのに……
『まぁ、我らにも面子やら何やらがあるのでな。形式だけでも言質を取っておかないと、後で色々と面倒なことになる』
「約束ってなぁそういうもんよ。空手形だとしても、言霊って言葉がある以上は口約束だって破ることは出来やしねぇ」
『故に気をつけよ。彼奴らはその手形を作るのを得意とする手合。言葉の端々を切り取り、都合のいい手形を作られることすら有り得るぞ』
それを聞いて、ゼウスらによって言葉巧みに国を滅ぼす羽目になったシン国の宦官を思い出す。あの人達もまた、国の行く末を憂いて行動した人達だった。
結果としてゼウスはその約束を破り、容赦無くシン国を滅ぼしていたが、確かそれは宦官達を侵攻の理由に変えていた筈だ。
恐らくだけど、上手く本題や本質をすり替えることで、そういった誓紙破りも大義名分に変えてしまっているのだろう。
「……負けられませんね」
『言い出したのは私だが、アマネは変に気負う必要はない。無知の知だ。意識すればする程ドツボに嵌り、抜け出せなくなるぞ』
そこまで言われて、私も考えることをやめた。難しいことは私には解決出来ない。出来るのは、私ではなく私以外の誰かなのだから。
「……よし! 難しいことは全部丸投げしよう!」
「アマネはそれでいいさ。俺も、取り敢えず今はこの棍棒でも使って暴れることにするしな」
ゴリアテは失った大剣の代わりにオーガが使う棍棒を担いで笑っている。が、取り敢えずの棍棒に加えて上半身も外套一つなので、蛮族感がめちゃくちゃ凄いんだよね……
アンラ・マンユ達に見送られて、私達は再び聖域へと向かう旅を始めていた。
とは言っても、実はもうかなり近い所にまで来てはいるのだ。途中でアンラ・マンユ達に出会ったことが予想外だっただけで、本来なら昨日の時点で到着していてもおかしくもなかった。
「ここが話に聞いた王者の谷だろう。ここを抜ければ聖域はすぐの筈だ」
乾いた風の吹く王者の谷は、所々に洞穴を幾つも開けた大きな谷だ。高低差は様々だし、恐らく中に踏み入れば迷宮のように入り組んだ洞窟の中を彷徨うことになるだろう。
さて、そんな王者の谷だが、どうやら番人となるモンスターが多数生息している様子。私がいるので半ば職務放棄状態だけど、それはまぁ一旦置いておくとして、だ。
「と、トラだぁぁぁっ!!!」
「首なっが!? って、ユーリは少しくらい警戒しなさいな!?」
ユーリが首の長いトラに突っ込んで、その胸毛にモフッと埋まっていった。流石に不用心だとヒビキが注意しているけど、他の面々が何も言わない辺りこの展開は察していたのかもしれない。
そんなユーリにモフられているトラだが、名前はマフート。全長3m程度のトラで、狩りの時にはその首を伸ばして獲物を仕留めるそうだ。
首を伸ばした状態だと6mにもなるそうで、正直質量的な意味と構造的な意味で一体どうなってるのか、とツッコミを入れたい。
でもまぁ、モフモフだから別にいいんだけどね。ここは比較的風がよく吹くからか、マフートは割と長めの毛並みのモフモフなんですよ。
「ユーリ、後でモフらせて〜」
「アマネ……他の子もいるんだからそっちの相手をしてあげてくれ」
「わかってますよ。だから後で、なんです」
クレオパトラ様もニトクリスさんも、ユーリにモフられているマフートの毛並みを楽しんでいる。撫でられているマフート自体もゴロゴロと喉を鳴らしているので、案外悪い気はしていない様子。
そんな姿を見つつ、私は次の子の元へと向かって挨拶をする。
そこにいたのは、とても巨大なヤスデだった。古代の昆虫類は途轍もなく大きかったというが、目の前のヤスデはその範疇を遥かに超えている。
軽く見積もっても15mから20mといったところだろうか。名前がグレーターロプレウラなので、馬鹿デカいのも仕方が無いとは思うけど、流石にこのサイズは怪獣映画に出せなくもない気がする。
生命力が強く、体が千切れても余裕で動いて敵に襲い掛かるという。頭が真っ二つになっても節を一つ一つ分けて斬ったとしても、斬られた部位が独立して動くくらいにはタフ。
なんかもう、タフの領域を超えてしまっているようにも思えるが、ウチには腹をぶち抜かれても太陽に焼かれても復活できる吸血鬼がいるので、ね?
「……なんで一回こっちを見たのかな?」
「いえいえ、何でもありませんよ〜」
そんな事はさておき、グレーターロプレウラには劣るがやっぱり大きなキングコブラ。名前はエンペラーコブラというのだが、そのコブラも私にペコリと御辞儀をしてくれた。
エンペラーコブラも10mサイズとかなりの大きさではあるが、一番の武器はやっぱりその牙に含まれている強力な劇毒。
噛まれればどんな大型のモンスターも息絶える程で、ドラゴンさえ獲物にするというのだからどれだけその毒が強いのかがよく分かる。
「でも、毒系はウチだと大分充実してるよね」
「まぁ、横流し出来るくらいだし、そもそも毒の使い手がそこまでいないから仕方無いわよね」
ウチで毒を使うとしたら、偶に弓月が鏃に使うくらいのものだ。それも、獲物のお肉が食べられなくなるからと殆ど使われていない。
この世界、毒を使うとちゃんと取れるお肉も毒が含まれるからね。だから、食材として使えなくなる毒の使用は極力避けるようになっている。
一応毒抜きとかも出来なくはないみたいだが、毒の種類によって工程が変わるようなのでハッキリ言って面倒臭い。
「こっちはアースバイターだな。それに、向こうにいるのはローラービーストか」
「何方もモンスターとしてはかなり厄介な部類だな」
アースバイターは岩山のような甲羅のカミツキガメだ。主食が地面や岩などである為、その体は象並みに巨大で非常に重い。
大きな岩の甲羅は下手な金属より硬く、岩を喰らう顎はワニも驚きの咬合力を有している。具体的に言うと、自衛隊の戦車がキャベツとかそのレベルで噛み砕かれるくらいだ。
というか、甲羅部分もそうだけど頭部も硬いので、下手したら戦車の砲弾も弾き飛ばしてケロッとしていられる。
そんなアースバイターとは真反対に、ゴロゴロと転がることで動きが速くなったローラービースト。二足歩行で歩くセンザンコウみたいなモンスターだ。
直立で歩く猫背気味のローラービーストは、回転して敵に向かってタックルを仕掛けてくる。まぁ、それが得意技なのだから名前にもなっているわけなんだけどね。
悪路だろうと何だろうとお構い無しで転がってくるので、場合によっては谷の上から物凄いスピードで転がり落ちてきて大事故を引き起こすこともある。
まぁ、あんまり高過ぎると落下の衝撃で瀕死になるみたいだけどね。それでも素の防御力がそこそこ高いので、40mくらいの高さならそんなにダメージは入らないらしい。
「……お、そろそろ聖域っぽいかな?」
「じゃねぇか? 少なくとも、俺はアレが聖域じゃなかったら何なんだって言いたくなるぜ」
――――ゴリアテが見ているその先には、オアシスの畔に築き上げられたピラミッド型の大きな祭壇らしき建物が聳え立っていた。
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