第608話
…………パチパチパチ――――
「ん……グ、ォォ……」
頭の痛みに思わず低い声が出る。何か、途中から記憶が朧気になっていて思い出せないんだが、俺は一体何を……
「よぅ、目ぇ覚めたか?」
「……っ! アエーシュマ、か」
焚き火の弾ける音に耳を傾けていたら、突然聞いたことのある声が聞こえて、思わずそちらの方を向いてしまっていた。
「ったく、随分と大暴れした癖に、記憶ん中にゃ全く残ってねぇみてぇだな?」
「……悪ぃ。お前にふっ飛ばされた辺りから記憶がぶっ飛んでてな」
この感じだと、どうにか命を拾うことは出来たらしい。ヴァルハラに行くかと思っていたが、死に損なったみたいだな。
結局、アマネの手を煩わせてしまったのは申し訳ねぇが、その分は今後の働きでキッチリ返していかねぇとなぁ……
「しっかし、テメェの体は一体どうなってんのかねぇ……? 普通、神の攻撃を受けてピンピンしてるって人の範疇に収められるもんじゃねぇんだぞ?」
「んなこと言ったって分かんねぇよ……」
さっきから全身を満たすダルさと、ギシギシと痛む筋肉に顔を顰めながら、よく分かりきらないアエーシュマの問いにそう返す。
つぅか、アマネは何してんだ? 周りは既に日が傾いて夜になってるが、こんな状況でぽけ〜っとしてる程呑気……だな。あの嬢ちゃんに危機感は欠片もねぇんだから仕方ねぇ。
「……記憶がぶっ飛んでてわかんねぇんだけどよ。俺は負けたんだよな?」
「……いんや、戦い自体は引き分けだ。尤も、俺としちゃお前の勝ちだと思ってるけどな」
……なんだ。記憶に無い俺は、アエーシュマの野郎に勝ってやがったのか。どうせなら素面の時で勝ちたかったが、贅沢は言えねぇな。
「しっかし、剣もぶっ壊しちまったな。まぁたヒルディに新しい奴を用意してもらうか」
「俺も新しい剣を用意しとかねぇとなぁ……テメェに圧し折られたせいで、これから暫く手ぶらでぶらつかねぇといけねぇんだよ」
「ソレは俺も同じだっての」
敵だった奴とこんなに落ち着いて話せるってのは、やっぱりアマネ様々って言うべきなんだろうな。どうせ、今頃敵の首魁を前に堂々としてんだろうしよ。
「あら、お目覚めかしら?」
「おぅ、ヒビキ。悪いが、気付けに一杯貰えねぇか?」
「病人が飲むもんじゃないでしょ」
こっちの様子を見に来たのだろう。ヒビキに対して酒を要求してみたら、そんな一言と共にノルドの火酒を二本、こっちに手渡してくれた。
銘柄はノルドの酒蔵の中でもかなり古い、所謂『由緒正しい』ような場所で作られた中々の一品だ。
「ほれ、やるよ。あ、言っとくがノルドの酒はかなり強ぇぞ」
「酒の一つ二つで簡単に酔ってたまるかよ」
貰った酒瓶のうちの一本を、そのままアエーシュマに渡す。かなり強い酒ではあるが、一本程度で酔うことも無いと思って渡している。
それに、アエーシュマは酒と暴力を司る神なんだとか。聞いただけなら確かに悪神だが、俺と似た男だからこそ貴重な酒を何の躊躇もなく渡せるというものだ。
「んじゃ、乾杯」
「おう、乾杯」
瓶の口を蓋するコルクを歯で引き抜き、焚き火の中にプッと吐き捨てる。瓶の中からは、その強さがわかる程の酒気が鼻につく。
そのまま瓶に口を付けて水を飲むように傾ければ、焼けるような感覚と共にノルドの名酒が喉を通って腹の奥を燃やしていく。
「っあぁ〜……久々に、ノルドの酒を飲んだなぁ」
ここ最近は土産の品で買い集めていた各地の酒だったり、アマネが貰っていた贈答品の酒ばかりを飲んでいたから、ノルドの焼けるような濃さの酒は久し振りだった。
アエーシュマの方を見てみれば、ノルドの強い酒に少し驚いていたようだが、その美味さに飲む口は止まらず、あっという間に瓶を空にしようとしている。
「……なぁ、他に美味い酒はねぇのか?」
「ウチの拠点に行けば山程あるぞ」
「勝手に自分の拠点にしないで頂戴」
別にいいだろ。既に俺もヒビキも家主じゃねぇのに入り浸ってんだからよ。それに、倉庫にある酒の類は大体俺等で持ち込んだもんだぞ?
「ゴリアテの拠点なぁ……あの嬢ちゃんがオーナーってことか?」
「その通りよ。正確に言えば、アマネの妹であるユーリが建てて、改築費用はアマネが持ってるって感じね。実質オーナーって思って構わないわ」
そーいや、あのクランホームはユーリの奴が建てたんだったな。クランホームのリーダーはユーリってなってるから、オーナーも書面上はユーリになってる。
だけど、ヒビキの言うようにもうオーナーはアマネみたいなところあるよなぁ……
「あ、ゴリアテ起きてる! お酒飲んでて大丈夫なの?」
「お、アマネか。まぁ、気付けに丁度いいんでな」
『どうやら、今は意識がハッキリしているようだな。アエーシュマを殴り倒して、そのまますぐに気絶したから驚いたよ』
「もう、無茶しないでください……って言っても、わかんないよね」
最後のアマネの言葉に、何とも言えない申し訳無さを感じる。この感じだと、アマネに思いっきり迷惑を掛けただろうからなぁ……
「そうだ。俺、その時の記憶がねぇんだが、何が起きてたか簡潔に教えてくれねぇか?」
「んーと、ゴリアテが黒い闇の鎧を纏って、めちゃくちゃ大暴れして、最後はアエーシュマを先に殴り倒して、その後気絶した。って感じかな」
なんだその情報量。色々と訳が分からねぇ要素しかねぇんだが?
『あの黒い闇の力は神由来の代物。恐らく、お前にも何かしらの心当たりがあるんじゃないか?』
「んなこと言われてもな……巨人の血が流れてるってことしか当て嵌まらねぇと思うぞ? 後は、顔も分からねぇ両親の出身か正体がどうだって話なんだが……」
俺は捨て子だったからな。偶々ヒルディの工房の前に捨てられて、ヒルディに拾われて孤児院に入れられて、そして傭兵として街を出る時に折れちまったあの剣を送ってもらった。
ぶっちゃけヒルディにも両親について聞いてみたことはあったんだがな。俺を拾ったのも本当に偶々だったから、分かる情報なんて一欠片もねぇ。
「でも、自分に巨人の血が流れてることはわかるんですね?」
「ノルドじゃ珍しくねぇからな。昔に巨人の血が混ざって、先祖返りでデケェ体を手に入れる。アマネは分からなくもねぇんじゃねぇか?」
俺がそう聞き返せば、アマネもそういう事かと納得出来たようだ。恐らく、ヒルディも隠し事してるって訳じゃねぇだろうしな。
『巨人の血……いや、かと言ってその力は度が過ぎているようにも思えるが……』
「ノルドの巨人族もラグナロクで死に絶えた氏族がいますからね。もしかしたら、ゴリアテはその氏族の血が混じっているのかもしれません」
『例の神か。我らの地を荒らした無法者共なら、確かに赤子や幼子も関係無く滅ぼすことだろう。成る程、子供の命だけはと母親が逃したとも考えられるな』
色々と俺の出生について考えているが、殆ど情報も無いんだから答えが見つかるわけがねぇ。
「そんなことより、戦いは終わったって考えていいんだよな?」
『あぁ、そうだな。我らの誤解で要らぬ戦いを強いてしまって申し訳無い』
「いや、気にしなくていい。どうせ、アマネに決戦の時に手を貸してくれって頼まれてるんだろ? なら、もう敵じゃなくて同胞だ」
アエーシュマも、あのゼウスと戦うとしたらきっと心強い味方になってくれる筈だ。
それに、目の前にいるこの黒いローブの男も、アエーシュマ達の頭目、まとめ役をやってるってんなら相当な実力者だろう。
なら、変な遺恨を残すより仲間として互いに手を取り合う方が余程有益だってもんだ。
「……なぁ、ゴリアテ」
「なんだ、アエーシュマ」
「大した事じゃねぇけどよ。これからよろしく頼むぜ、ダチ公」
そうして突き出された拳を見て、俺は笑みを浮かべながら同じように拳を打ち合わせた。
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