第607話

 それは、その場にいた全ての者達が感じ取ることが出来た。


『――む!? この、気配は……!?』


『――並々ならぬ気配だな……』


 玉座の間にて魔法を撃ち合っていたアンラ・マンユとヨグ・ソトースでさえ、手を止めてその気配に注意を割かねばならない程の圧。


「え? え? お姉、一体何が――」


 ユーリが私に問い掛けてきた、その瞬間――――











 ガァァァァァァ――――――――――!!!!!










「うひゃぁっ!?」


 遠くから聞こえてくる咆哮に、驚いたユーリが私の腕に引っ付いてくる。


「この声…………ゴリアテ?」


「あのバカ、何やらかしてんの……?」


 ただ、その咆哮は何処からどう考えてもゴリアテの声で間違い無い。正直、郊外の方へ走っていったゴリアテの声がここまで聞こえてきている時点で大分異常な気がするけど。


 尤も、そんなことはこの場にいる全員が理解している。既に玉座の間は魔法の乱射、流れ弾でボロボロになっているが、これ以上の崩壊は二人の神が止めた手を再び動かさない限りは起こり得ないだろう。


『……一時休戦としよう。これは、少々危うい気配がする』


『同意しよう。アマネ、外に出るぞ』


「はい! オデュッセウス、ルジェ、動ける?」


 結界を解いたオデュッセウスとルジェは汗を拭いながら言葉無しに首を振る。二柱の神の攻撃を防ぎ続けていた二人の消耗は相当なものだが、動けない程ではないようだ。


 ただ、そんな二人より冷や汗を拭いながら戻ってきたロビンと龍馬の二人に疑問が浮かぶ。


「あの、何があったんですか?」


「今、表でモードレッドが遠くから見張っているが……まぁ、直接見たほうが早いな」


「アレを斬るのは流石に骨が折れるぞ……」


 龍馬がそんな評価をするって、一体外はどういう状況になっているんだろうか……?













 私達が外へ出た時、そこには都市中で戦闘を繰り広げていた者全てが集まっていた。


「オォォォォルゥァァァァァァッ!!!!!」


 折れた黒い両手剣を投げ捨てた男の拳が、黒一色の人型の頭部に突き刺さる。あまりの威力に、人型の背後の建物にすらヒビが入って、そのまま崩してしまう程だ。


 だが、人型の頭は微塵も動かない。寧ろ、そのお返しだと言わんばかりに振り被った拳を顔面に叩き込んで、殴り付けた男をふっ飛ばしていた。


『アエーシュマ!!!』


『チッ! 知り合いな分、加減が難しいな!』


 アエーシュマと、吹き飛ばされた男に向かい叫ぶサルワ。その横で、蚩尤が生み出した純鉄の金棒がその人型に向かって横薙ぎに振るわれる。


 だが、その人型はその金棒を避ける事なく、アッパーカットをタイミングよく打ち込むことで半ばから金棒を砕き折った。


 そして、そのまま蚩尤に向かい跳躍して右拳を突き出し、瞬時に生み出された鉄の盾をひしゃげさせた上で蚩尤の体も吹き飛ばす。


「あ、アレは一体……!?」


「――――――ゴリアテだよ。原因はわからないけど、暴走して見境無しになっている」


 サルワの拳を左手のみで受け止め、引き寄せた体に膝蹴りを叩き込むゴリアテ。大口を開いて息を漏らしたサルワの顔に、破壊力抜群の右拳が放たれる。


 そのまま吹き飛ばされるサルワ。そして、入れ違うようにゴリアテに向かって飛び掛かり、その頭部に飛び蹴りを打ち込むアエーシュマ。


 だが、ゴリアテは止まらない。飛び蹴りを顔面に受けて尚、その足を掴んで振り回しては地面に叩きつけ、辺りの建物にぶつけた上で投げ飛ばす。


「というか、黒くなってるのはなんでなの?」


「わからん。が、ゴリアテ自身からあの黒い何かが出ていることは間違い無い」


『……闇の力、だな。ダエーワでもあれ程の濃度と密度の闇は見たことがない』


 ゴリアテを覆う黒い何かについて、そう答えるアンラ・マンユ。ダエーワと呼ばれている悪神達でも、彼処までの力を持つ者は見たことがないらしい。


『他の者は手出しをしていない……いや、攻撃した相手だけを攻撃しているのか』


 ヨグ・ソトースは周りにいる他の面々を見てそう呟いた。暴走してるゴリアテは、自分を攻撃した相手だけを攻撃する狂戦士になっているようだ。


 だからこそ、他の面々も迂闊に手を出す事が出来ていない。もし手を出してしまえば、その時点でゴリアテに敵と認識され、破壊神すら打ち抜く剛拳で打ち抜かれる事になるからだ。


『何にせよ、我が同胞を死なせる訳にはいかん』


『無論だ。アマネ、何時でも戦力を呼べるようにしておけ。アレは、相当な手合だぞ』


「――ホント、馬鹿だなぁ……」


 私は、暴れまわるゴリアテに対してそう呟くことしか出来なかった。















「――ゴフッ、ガフッ……はぁ、ヤッベェなぁ……」


 ハッキリ言って甘く見てた。どうせ死に体だろうと油断していたのも良くなかった。


 闇を吹き出して全身に纏ったゴリアテの姿は、重厚な鎧に身を包んだ狂戦士だ。武器がぶっ壊れていたのは幸いだった。


 ただ、その武器が無くてもヤバいのには変わりがねぇ。闇の鎧は頭の先から手足の先まで覆っている為、拳や蹴りの一撃に対して硬い鎧っつぅ防具が武器の役目を果たしている。


『アエーシュマ……! 何という輩を目覚めさせたのだ……!』


「ハハッ、悪いな! 正直楽しいし、今もワクワクが止まんねぇんだ」


 サルワの奴にそう怒られたが、本気の説教をするつもりはない。ま、先にゴリアテをどうにかしねぇとその説教をする前にぶん殴られるわけだからな。


「さぁて、どうしたもんか……」


『――急で悪いが、加勢させてもらうぞ』


 ゴリアテの奴をどう倒してやろうかと考えていたら、俺の横に黒い肌のデケェ男が現れて、荒れ狂うゴリアテの拳を交差させた腕で受け止める。


『成る程、成る程! これは、確かに骨が折れる相手だな……! ツィツィミトル!』


『あいよー、トラロック! そぉら! ぶっ飛べ、真っ黒男っ!!!』


 そのままゴリアテの腕を掴んだトラロックという男は、ツィツィミトルという娘の名を呼んで、何か合図を出した。


 すると、ゴリアテに向かって降っていく大量の流星群。どうやらツィツィミトルという娘が降らせたらしいが、あまりの量に数えるのが馬鹿らしくなる。


 だが、ゴリアテに対しダメージは与えられていない。掴んでいたトラロックを投げ飛ばし、降り注ぐ流星群を次々と叩き割っているのだから、まずまともに食らってすらいないのだ。


『ちょいちょいちょい!? ヤバいって!?』


『こぉれはぶっ飛ばすのきっついぞ〜……まぁ、やるんだけどね』


 咆哮と共にツィツィミトルへ迫ろうとするゴリアテに対し、緑が混じった黒髪の男が手のひらでゴリアテをはたき落とす。


 バチィン! という音は心地良かったが、それを打った本人は顔を顰めて落ちていくゴリアテを見ている。


『イケる? 牛くん?』


『無論。相手が誰であろうと、打ち砕くのみ!』


 その男が牛くんと呼び掛けると、空から戦棍を振り回して降下してくる牛頭の大男が、戦棍の端を思いっきりゴリアテに向かって叩き込む。


 地面に軽く突き刺さっていたゴリアテは、その一撃をモロに受けて、更に地面が一瞬でヒビ割れて砕け散っていく。


 普通だったら、この一撃でどんな相手も死んでいておかしくはないだろう。


 だが、戦棍を押し上げるように噴出した闇が、ゴリアテの生存を証明する。実際に、ゴリアテは己に振り下ろされた戦棍を両手で掴んで押し上げていた。


「……こりゃ、俺も大人しくしている訳にはいかねぇだろうな」


 ゴリアテの四肢を鎖や縄、蔓が縛り上げて拘束しようとするものの、ゴリアテの力が強過ぎるのかブチブチと音を立てて千切れていく。


 そんな姿を見て、俺も覚悟を決めた。元々、この状況は俺が起こしたようなものだからな。


 邪魔になりそうな装備や装飾品の類を全部投げ捨てて、ゴリアテに向かって駆け抜ける。


 既にゴリアテの拘束はあってないようなものになっている。戦棍も、丁度今押し退けられて牛男がたたらを踏んでいた。





「――――――ゴリアテェェェェェェェェッ!!!」





――オォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!





 俺の声に応じるかのように、ゴリアテもこっちを向いて咆哮を上げる。邪魔する他の奴らにはもう目もくれていない。


 全身の力を右手に込める。ゴリアテだって、同じ立場ならきっとそうする筈だ。


 そうして、俺とゴリアテは間近まで迫った段階で思いっきり踏み込み、右腕を大きく後ろに振り被る。










「「ォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」」











――――そうして放たれた、俺とゴリアテの拳。









 俺は、確かな手応えを右手に感じながら、次いで襲い掛かる衝撃を受けて、真っ暗闇の中に意識を投げ捨てた。

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