第606話
アンラ・マンユとヨグ・ソトースの交戦が始まった頃、囮を買って出たゴリアテは郊外の広い牧場の跡地にて、その男と正面から相対していた。
「……わざわざこっちに来てくれて感謝するぜ」
「気にしねぇでいいぞ。俺ぁ、女子供を甚振る趣味はねぇんでな」
背中に黒い両手剣を背負うその男は、ゴリアテを前にして獰猛な笑みを浮かべ、赤い双瞳を輝かせて実に楽しそうな雰囲気を表に曝け出していた。
「随分と楽しそうにしてんなぁ?」
「当たり前だろ。こんな辺境にカチコミ仕掛けてくる奴なんざ早々いねぇからな。しかも、中々面白そうな喧嘩が出来そうときたわけだ」
「成る程。そりゃぁ確かに楽しくなって仕方ねぇな」
ゴリアテも何だかんだ喧嘩好きな面もあるので、その男の言い分にも理解が及ぶ。というか、逆の立場なら嬉々として同じようなことをしていたとすら思う。
他の神とは違って、話せばそれなりに分かり合えそうな手合ということもあり、こんな状況ではあるがこの戦いを渇望する自分がいるのも否定出来ない。
「んじゃ、同類ってことで名乗らせてもらう。アマネの護衛で、ゴリアテだ」
「ゴリアテか。俺ぁアエーシュマ。ダエーワん中でも一番凶暴だって言われてんな」
その名に凶暴の意味を持つアエーシュマは、背中に背負う黒い両手剣を片手で引き抜き、その切っ先をゴリアテに向ける。
それに応じるかのように、ゴリアテも己の得物である鋼色の大剣を引き抜いて、同じように片手でアエーシュマに差し向ける。
「んじゃ、いくぜ?」
「おう、来いや!」
その一言で、両者の剣が物凄い轟音を響かせて剣身を交差させる。アエーシュマもゴリアテも中々の巨漢でありながら、その初動はあまりにも速いとしか言いようがない。
さて、ゴリアテの剣とアエーシュマの剣。この二つが衝突した結果、荒野の砂塵が衝撃で大きく吹き飛んで宙を舞う。
吹き飛ばなかったのはゴリアテとアエーシュマの体ぐらいなものだ。地面には一度の交差でヒビが入っている。
「ウォォォォォォォッ!!!」
鍔迫り合いの状態で咆えるゴリアテ。アエーシュマの体に一閃を叩き込む為、乱打とも呼べる大剣の乱舞を繰り出す。
それは斬撃というより打撃。アエーシュマの剣に衝突する度に、車同士がぶつかったような激しい衝突音を幾度となく響かせる。
「ハハッ! 中々いい力してんなぁ!!!」
だが、それを前にしてアエーシュマは堂々と己の得物である両手剣を使い、全て片手で受け止め捌く。
ゴリアテは時折両手で振り回していることもあるが、アエーシュマはそんな事は関係無しに右手に持った両手剣を軽く打ち合わせるだけで防いでいた。
「おっしゃ! 今度はこっちから行くぜ!」
「――――ガッ!?」
軽い一言と共に振り下ろされたアエーシュマの剣。それを防ぐべく大剣を横にして、剣の腹に手を当てて堪える構えを取るゴリアテ。
だが、その一撃は非常に重く、盾にした大剣が軋み悲鳴を上げる音を耳にしながら、何もない荒野を数度バウンドして厩舎らしき建物に激突する。
全身の骨が砕けたかのような衝撃でゴリアテは何度も噎せ、口からは血混じりの痰を吐く。
どうやら、今の一撃で内臓の幾つかが傷付いたようだ。大剣を盾にしてこの状態なのだから、まともに食らえば即死さえ有り得るだろう。
「クッソ……こんなんなら、何時もの鎧も着てくりゃ良かったぜ……!」
砂漠の暑さに重厚な鎧は不適切と、今回のゴリアテの装備は胴回りだけを守る軽鎧。ベストのようなチェーンメイルに変えていた。
ゴリアテ自身、それである程度は事足りるだろうとは思っていたし、大抵の相手ならこの軽鎧でも充分に戦えると考えていた。
ただ、流石に神格相手に耐えられるような装備でもない。チェーンメイルはさっきの一撃で幾つも鎖を弾けさせていて、次の衝撃で一気に破砕してもおかしくないような状態になっている。
「オイオイ? ボサッとしてんじゃねぇぞ?」
聞こえてきたアエーシュマの声に、即座に横に転がるようにしてその場から逃げるゴリアテ。
その直後、飛び掛かり剣を振り下ろしたアエーシュマが、先程までゴリアテがいた場所を思いっきり剣身で叩き、厩舎を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「ガァァァァァッ!!!」
その隙を逃さず、大剣を振り被ってアエーシュマに向かい叩きつけるゴリアテ。
だが、その大剣は空を斬り、代わりにゴリアテの体がドンッ! という音と共に大きく吹き飛んでいく。
地面を転がるゴリアテの体からは、壊れたチェーンメイルの鎖片がパラパラと転がり落ちていき、ゴリアテ自身からは咳込み血を吐く声が漏れる。
ガタガタになった体で起き上がるゴリアテの脇腹には、ベコッと凹んで潰れた鎖が板のようになって動きを阻害していた。
「――役に、立たねぇなぁ……!!!」
最早自らの拘束具にしかなり得ないチェーンメイルを、乱雑に掴み取って毟り取るゴリアテ。
何故かは分からないが、ボロボロの体はこの期に及んで過去一の力を奥底から湧き立たせていた。
「おっと、悪いな。それ、テメェの一張羅だろ?」
ゆっくりと歩いてきたアエーシュマは、ゴリアテが毟り取るチェーンメイルの残骸を見て、本心ではないが謝罪の言葉を漏らす。或いは、挑発と言ってもいいかもしれない。
だが、そんな言葉を受けてもゴリアテの意識に怒りはない。寧ろ、その闘志、闘争心というものにより一層の火を焚き付けることになっている。
「――ハハッ! 悪いな、俺ぁ雪国出身でよぉ! いつもの鎧は持ってきてねぇんだ!」
「なんだ? 負けた時の理由付けか?」
「なわけねーよ、アホか。負けた時ってのは死んだ時だ。死んだ後にぶつくさ言っても変わりゃしねぇ」
大剣を右手で構えるゴリアテ。その顔には獰猛な笑みが浮かび、双瞳は爛々と輝いてアエーシュマを視界に収める。
「ただ、いつもの鎧で相手してやれねぇのが申し訳ねぇのよ。そっちなら、きっと今以上に楽しい戦いになっただろうからな!」
「そうかい。なら、次があるとしたらそれに期待させてもらうとしようか!」
そう言って、二人は一気に駆け出し、その剣を大きく振り被って剣身を交わす。
最初はゴリアテが剣の乱舞を披露していたが、今回はアエーシュマもその剣を振り回して乱舞していた。
「――――オオオオオッ!!!」
「――――アアアアアッ!!!」
二人の咆哮で砂が吹き飛んでいく。地面は剣が衝突する度にヒビ割れ砕け、細かい欠片がやはり咆哮を受けて遠くへと吹き飛ばされる。
これがもしあの遺跡となった街の中で行われていたのなら、恐らく二人を中心として街の建物が次々と崩れ落ちていたことだろう。
しかも、この両者の恐ろしい点はもう一つある。何と、乱舞の最中に拳や足による打撃を体に打ち込んでいるのだ。
次々と放たれる乱打の数々に、ゴリアテもアエーシュマも獰猛な笑みを崩さない。しかし、その一方でアエーシュマは内心に疑心というものを抱えていた。
――どうなってやがる? 俺ぁ、仮にもダエーワん中じゃ破壊神にも劣らねぇ力がある。普通の人間だったら、まず最初の一発で既に死んでる筈だ。
なのに、このゴリアテって奴は俺の一発を受けて尚平然としてやがる。いや、平然としてはいねぇ。寧ろ、その体にはダメージが入ってる。
だが、これは、攻撃を受ける度に、徐々に己の枷を外しているように思える。
「――――オオオオオッ!!!」
「グッ!? ガァァァァッ!!!」
顔面にゴリアテの拳が突き刺さり、思わず後ろに体を仰け反るアエーシュマ。即座に左拳で殴り返すものの、顔に受けたその一打は最初とは比較にならない程の力が込められていた。
原因こそ不明だが、ゴリアテの力はより一層強くなっている。それも、ダメージを受けることでその箍を外しているかのように。
――――だが、そんなゴリアテよりも先に、息絶えたものがそこにあった。
バキ、という音と共に裂け、砕けていく大剣。ゴリアテが長らく使っていたその剣は、幾度となく交わされた剛剣の威力に耐え切れず、半ば程から割れるようにして折れてしまった。
――――ァ……………………
そして、折れた剣は盾としての役割を果たすことも出来ず、アエーシュマの振るう剛剣をゴリアテの体に届かせてしまう。
先に蹴りが当たった事もあり、アエーシュマの剣はゴリアテの胸部を斜め右下に斬り裂いた。
出血は酷く、ゴリアテは血を噴いた体で尚、アエーシュマに向かい拳を振り上げる。
だが、そんなゴリアテの腹に打ち込まれる、アエーシュマの拳。メキメキ、という音さえ立てたその一撃は、ゴリアテの体を郊外の風車小屋まで吹き飛ばした。
「……楽しかったぜ、ゴリアテ」
胸の傷に加え、腹に拳を打ち込んだのだ。手に残る感触からも確実に死んだだろうし、生きていたとしてもあの中で瀕死になっているだろう。
「さ、後は街の方のバケモン共の相手だな。随分とボコられてるみてぇだし、ちったぁ手伝ってやらねぇと」
そう言って、街の方へゆっくりと歩いていくアエーシュマ。時折その一歩が覚束ないのは、ゴリアテの打った拳打がアエーシュマの体にダメージを与えていた証拠と言えるだろう。
そうして、ゆっくりと剣を引き摺りつつ街の方へ向かうアエーシュマの背後で――――
ォォォォォォォォ――――――………………
――――――――黒い闇が、噴出した。
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