第645話

 私が客寄せパンダになった効果はかなり高かったらしく、中村座は満員御礼どころか翌日にまで影響するまでの大繁盛と相成った。


 これには中村座の人達も大喜びだったけど、演者の人や阿国さんはちょっと引きつった笑みになっていたのが面白かったなぁ。


「あー……白胡麻のおにぎり美味しいですね!」


「昆布出汁だから精進潔斎も出来るしね。惜しむらくは、具が梅か高菜しか無いところね」


「それは終わってから食べればいいでしょ」


 さて、翌日を迎えて次は何処に行こうかと思っていた私だが、例の客寄せの皺寄せがこっちにきてしまった。


 具体的に言うと、神宮完成の式典で踊る神楽舞。その時に歌だけでもいいから参加して欲しいと関係者に頭を下げられてしまったのだ。


 流石にそこまでされると私も断れないし、向こうも私がスメラミコトの人じゃないと理解した上で態々頭を下げに来てたらしいし……


 それに、式典には将軍である徳川慶喜公を筆頭とした御偉方の人も集まるってことで、責任重大ではあるが逃げるわけにはいかないなって、自分の中でそんな結論が出てしまった。


 なら、開き直っていっそ遠慮無く全力全開で歌い上げてしまえば良い。歌もまぁ……それっぽいの歌えばいいだろうしね。


「今回の主役は阿国さんなので、私は今回歌と演奏に集中しますね」


「うっ……それはそれで、結構ヤバいわね……」


 大丈夫、大丈夫! 阿国さんの舞の方が私より遥かに上手いから。流石に本職に勝てる程、私も舞い踊れるわけじゃないからさ。


「アマネは自分のスキルレベルとそれの相乗効果っていうのを一回理解した方がいいわよ」


「え? 何それ? や、確かに歌と演奏と踊りって三種合わせれば凄い事にはなりそうだけど……?」


 ヒビキの言葉が理解出来ずに首を傾げていると、ヒビキと阿国さんが顔を見合わせて大きなため息を吐いた。


 ちょっと? 一体何に呆れたって言うのかな?










 結局、何に呆れたのか問い質せずに今回の会場である『命慈神宮』に移動。というか、ここってパワースポットとしても有名な都心の神宮じゃないですかねぇ?


「うわぁ……明らかに御偉方な人がいっぱいいるぅ……」


「当然よ。というか、アマネはもう慣れてるでしょ」


「まぁね。緊張を解すのにちょっと巫山戯てただけだよ」


 式典ということで、今回はヒビキも私も白い小袖に緋袴を履いた一般的な巫女装束に身を包んで待機している。


 阿国さんは舞を踊るので、より一層気合を入れた化粧や衣装の準備がある。だから、来賓に見えない位置でのんびりと二人で待っているのだ。


「アレだよね。何か色々と奉納したら、阿国さんが神楽を踊るんだったよね?」


「そうよ。私が演奏メインで、アマネが歌メイン。勿論、選曲はアマネがするんだから、ちゃんとした歌にしなさいよ」


 それは勿論。神に捧げる舞なのだから、歌も其れ相応というか、神事に相応しいものでないと私が怒られてしまう。


 まぁ、いい感じの曲はレパートリーにあるから、今回はそれを歌うつもりでここにいる。


 ただ、だよ? 今回も私、結構本気で歌うつもりでいるんだけど、何か色々と引き寄せそうな予感しかしてないんだよね。


 かと言って手を抜くわけにもいかないし、行き当たりばったりでどうにかなるだろうか?


「アマネ、準備終わった?」


「あ、阿国さん! こちらは大丈夫ですよ!」


 軽く白粉を塗り、唇に紅を塗った阿国さんの左手には紅の扇子。右手には持ち手の長い神楽鈴が握られている。


 神事に使うものということで、素人目にも明らかに高級品だとわかる代物だ。何なら、何となくだが神楽鈴からは何処となく神聖ささえ感じ取れる。


「神に捧げる舞なんて結構久々なのよね」


「他のところではやらなかったんですか?」


「やってたのは祭りの為の舞が殆どよ。新しい神宮なんて早々建てられないから、神に捧げる舞って中々珍しいのよね~」


 まぁ、言われてみれば結構納得は出来る。由緒正しい寺社仏閣がポンポン建てられたら、有難みというのも薄まりそうだしね。


 と、そんな話をしながらのんびりしていると、ある程度式典の方も進んでいたらしい。


 将軍である徳川慶喜公の挨拶も終わり、神宮関係者の祝詞も終わり、今は神宮に納める品を運ぶ段階にまでなっていた。


 神宮には鏡、勾玉、刀剣の三種を納めて、それらを神器として神に捧げる。納める三種は八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣という三種の神器に則った代物のようだ。


 そして、この奉納が終われば次は私達による神楽舞。舞を阿国さん、演奏と歌は私とヒビキで行う形になるけど、神々は満足してくれるだろうか?


「行くわよ、アマネ」


「はい。ヒビキ、全開でね?」


「勿論よ。貴女の妹として手は抜けないもの」


 ふふ、嬉しいことを言ってくれるなぁ、ヒビキ。そんなことを言われたら、お姉ちゃんとして本気で歌いたくなっちゃうじゃん。




 阿国さんが先頭に立ち、造設された一時的な舞台の上に上がる。私とヒビキは、その両脇に追従するような形だ。


 そして、舞台の中央に歩みを進める阿国さんの背を軽く見つつ、私とヒビキでガイスターを琴に変形させて舞台の角付近に座る。


 パッ、と開いた扇子。鈴の音が二度、三度と鳴り、私とヒビキの手が琴の弦を震わせる。


 瞬く間に静まり返る聴衆。隣同士の僅かな話し声さえなく、先程まで鳴いていた筈の鳥の声さえ今は聞こえない。


 神に捧げる舞と歌。響く音色は遠くの喧騒さえ掠れかき消して、ただただ私の歌と演奏だけがこの場を支配し続ける。





――――やがて、僅かな空の雲が晴れ渡り、何人もの神々が宙に舞うように踊り、或いは微笑みながら、神宮の上に降り立っていく。






「……良き、神楽であった」


 私達の神楽舞が終わると、神宮に降り立った神々の代表として天照大御神が、短くその一言だけを口にする。


「出雲阿国、アマネ、ヒビキ。貴女方の神楽舞は我らに届いた……いいや。届き、我らの心を震わせた」


 天照大御神に変わり言葉を紡ぐのは、大国主という国津神。腰に長い剣を佩き、角髪に鼻の下の短い髭と、かなりの威風を漂わせている。


「汝らの祈りは我らの心に有る。ここ、スメラミコトの神として、我らは汝らの袂にて見守り、この地を護り続けよう」


 大国主に続くは、天手力男命。彼もまたこのスメラミコトを護る天津神であり、筋骨隆々の体を惜しげなく晒す武威に溢れる神である。


「スメラミコトに生きる民よ。我らは、汝らの生を言祝ぎ、そして永久に繁栄することを願っている」


 最後に天照大御神がそう締め括り、眩い光と共に神々と私達は舞台裏へ転移する。


……あれ? なんか、私達まで巻き込まれてない?





「っはぁ〜……アマネ、心臓に悪い事は辞めてよ」


「全くだ。落成の話は聞いていたが、まさかここまでの事になるとは思ってもいなかったぞ」


「え? 私、なんかやらかしました!?」


 いや、確かに結構本気で歌ってたけど、もしかしてそれで神界の方に何か異変でも起こしてしまったんだろうか……?


「あー……誤解が無いように説明するとだがね。アマネ殿の歌が高天原に届いたのはいいんだが、数多の人々の祈りも乗っけていた事で我らの力が張ってしまったんだよ」


 私に説明してくれるのは思兼命。簡単に言うと、私とヒビキと阿国さんによる神楽舞の効果はしっかりと高天原の神々に届いていた。


 それは良いことなのだが、歌姫である私とその姿を写しているヒビキ、そしてスメラミコトの舞姫である阿国さんによる神楽舞の力が強過ぎたらしい。


 このままだとキャパオーバーで力の制御がままならなくなる可能性が高かった為、慌てて身支度を整えてここ命慈神宮に降臨。地上に現界するのには多大な神力を使うので、それで幾らか発散させようとしたそうだ。


「ただ、見ての通り完全に現界出来ているどころか、本来なら歪む筈の声さえ明瞭となっている」


「うむ。帝国との戦を控えていることを加味したとしても、少々余剰が出てくる程なのでな。有り溢れた分はこの神宮と、新たに建て直されるアマネの屋敷に加護という形で残させてもらおう」


 そう言って締め括るのは武御雷神。背中に矢筒と弓を背負い、腰にはこれまた長い剣を佩いている。因みに相撲の技も大得意だそうだ。


「それにしても、アマネの歌は素晴らしいわ! 宴会の時にも耳にして思ったけど、私達の為に捧げられた歌の何と心地良いことか!」


「えぇ! 傷付いた神々もその痛みが和らぎ傷が癒えるかのようだと口々に称えていたわ!」


 さて、興奮しているのは木花咲耶姫命様と天宇受売命様。何方も比較的薄着の美女で、咲耶姫様からはほんのりと甘い花の香りがして、天宇受売命様からは潮の香りがする。


 スメラミコトというか、日本神話の神々に絶賛されているのは嬉しいが、それ以上に芸能の女神である天宇受売命様の言葉に対して恐縮としか言いようがない。


「ふふ。玉藻以上に美しく艶やかな歌姫にちょっとだけいいことを教えてあげる」


「……いいこと、ですか?」


「えぇ、そうよ。ここより北の地でホタテや鮭が手に入るわ。スメラミコトの食事が好きな歌姫さんにはいい情報じゃない?」


 ここより北……東北、いや北海道か! 確かに向こうは海産物が有名だよね!


 ウニ、ホタテ、鮭に昆布も悪くない。海産物は色んなところから貰ってるけど、足り過ぎて困るようなものでもないからね。


「ありがとう御座います、宇迦之御魂様!」


「気にしなくていいわ。これでもちょっとお釣りが残っちゃうくらいだからね」


 そう言って、宇迦之御魂様はパチっとウィンクを返してくれた。

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