第646話

 ということで、北国の恵みを求めて紅都から北上することとなりました。旅のお供はヒビキと、今回コッソリと式典を見ていた妖怪な方々が何名か。


「北の地にはそれ程足を運んではいないのだがな」


「寒いのはあんま好きじゃねぇが、あん時の詫びがあるからしゃあねぇよなぁ……」


 先ずは大嶽丸と酒呑童子の男鬼組。大嶽丸は田村麻呂から返された大通連と小通連の二振りを腰に携え、酒呑童子は身の丈を超える大太刀を背中に背負っている。


 その二人の服として、恐らくだがクマか何かの動物を狩って作った防寒具らしきものを、いつもの服の上から羽織っている。


「なんか不格好ね……」


「こっちの防寒具を使ってください。流石にそれはちょっと……」


「む、済まないな……」


「お、めちゃくちゃ暖かそうだな、コレ」


 アラクネ印の防寒具、サイズ別で幾つか在庫があるのだ。二人に渡したのはゴリアテ用の大分大きめの代物で、普通の人ならブカブカになりそうなものなのだが、二人には丁度ピッタリのサイズだった様子。


「ごめんなさい。私にも貸して貰えないかしら?」


「いいですよ! 玉藻さんはどうしますか?」


「私は自前の毛があるからいいわ……」


 そして、今回同行する女性が二人。片方は長い黒髪の鬼でもう片方は狐な美女。綺麗な華が二輪も咲いていると言いたくなる。


 鬼の方の名前は紅葉。呼び名はコウヨウでもモミジでも何方でも良いらしいが、本人的には後者のモミジで呼んで欲しいとか。


 彼女は鬼無里という山奥の集落に住んでいる巫女の系譜の人だったそうだが、当時都を騒がせていた呉葉という悪女がその鬼無里の山の近くに潜み、旅人や近くの村落に対し山賊行為をしていた。


 それを受けて彼女は薙刀を手に取り呉葉を討つ為に山へ入ったのだが、呉葉追討の軍により襲われその首を斬り落とされる事となった。


 実はコレ、呉葉による魅了の術に軍の一部が掛かってしまい、紅葉は呉葉の下僕となった彼らに討たれたという、誤認逮捕ならぬ誤認討伐をされてしまった哀れな巫女さんだったり。


 その後に呉葉自体も源氏の武士に討ち取られたし、呉葉の魂は鬼になった紅葉によって更にボコボコにされたから、結果的には平穏が訪れました、めでたしめでたしで終わった感じ。紅葉だけ報われないなぁ……


「ふふ、暖かいけど、ここで着るのはちょっと早いかしら?」


「早めに着ててもあまり変わらないわよ。北に進めばすぐに冷えてくるでしょうし」


 そして、赤えいの背中で魅了の力を振り撒いていた白面金毛九尾こと玉藻御前。金色の髪に合った狐耳と、束ねた金の尻尾を一本だけ出していて、赤を基調とした壺装束に身を包んでいる。因みに紅葉は赤と白の巫女装束だ。


 元々貴族家のお嬢様として潜み生活していたので、寺社巡りなどの為にこういった外行きの服も沢山持っていたらしい。


「寺社巡りって、妖怪の自覚があってやってたの?」


「それは勿論よ。言っとくけど、大半の寺社は私の事を見ても何の反応もしてなかったからね?」


……寺社って妖怪退治も主に請け負えるというか、少なくとも寺領内では破魔の力と妖魔を見抜く眼力が高まるらしいね。


 それで玉藻の正体が全然見抜けなかった辺り、玉藻の力が凄いのかそれとも寺社の人がダメダメだったのか……


「にしても、ホントに動物が増えましたね~」


「ウチの狐達も頭を抱えているわ。何せ、戻ったら獣達が徒党を組んで襲ってきたんだもの」


 まぁ、私を含め六人で北国への旅となったわけだが、早速硬木の山林と呼ばれている野山を移動中。


 硬い杉の木が沢山生えている森で、切り出すのは大変だが建材としてかなり好まれているらしい。曰く、質のいいものは文字通り百年以上朽ちる事無く梁や柱の役割を果たせるんだとか。


「ふむ……あれは忍犬だな。単なる野犬にしては動きが人を知ったものだ」


「抜け忍犬、最近増えてるのよね……」


 パタパタと尻尾を振ってこちらに近寄ってきたのは、抜け忍犬という野生化した忍犬という忍者なワンコ達だ。


 日本のワンコである柴犬や甲斐犬など、日本固有種な犬種の子達で、元々は忍の里で訓練を積んでいる忍犬だった。


 ただ、黒船来航以後で忍の里が廃村と化したり、困窮して忍犬の面倒まで見れなくなった忍びが他所へ譲ったりして、人の管理下の忍犬は数を減らしている。


 何せ、忍犬となった犬達は番犬としては優秀ではあるが、血統の事もあり一般市民の手に届くような値段にはならない。安くなると忍犬を育てている忍の里の収益も減るしね。


「抜け忍犬は飼いきれなくなった飼い主が首輪を解き放ち山に捨てて生まれている。綱吉公の時代に規制こそされたが、既に野生化したものは山で子孫を増やしているのだ」


「犬は狐狸を狙うから、ハッキリ言って天敵なのよね……」


 犬は鼻が利くので、幻術で騙そうとしても結構な確率で見抜かれて、思いっきり狐を追い掛け回したりするらしい。


 ただ、私の手に頭を擦り付ける抜け忍犬達は正直言って可愛いとしか言いようがない。これで忍術も使えるというのだから、強さもあって完璧な生き物になりつつある。


 因みにだけど、忍犬って成長に応じてランクが上がっていくらしい。それこそ人間と同じで、下忍犬、中忍犬、上忍犬……って感じで。手抜き感が否めないのは否定しない。


「うおっ!? テメェ、掘った穴を忘れてんじゃねぇよ!」


 あ、余所見しながら歩いていた酒呑の足がズボって嵌った。ちょっと申し訳無さそうにペコリと頭を下げたアナグマがいるので、犯人はこの子で間違い無さそうだ。


 このアナグマは落としアナグマという名前で、野山に落とし穴を作って狩りを行う。が、実は当の本人が作った落とし穴を忘れるっていうね。


 落としアナグマによる忘れられた落とし穴の被害は結構有名で、山菜採りに入った老人が嵌ったり、猟犬が頭からズボッと嵌ったり、危険な獣から逃げていたら自分も獣もズボッと嵌ったり……


 狩りの為に掘っているのはいいけど、掘った場所を忘れたり、そもそも掘っていたことを忘れていたりするから色々と問題になってるんだよなぁ……


「こうして見ると愛らしいわね……」


「見た目は普通のアナグマですもんね」


 鼻先にちょっとだが土が付いているので軽く拭って落としてあげつつ、思ったより柔らかめの毛を手の甲で撫でる。


 野生の獣とは思えないフカフカさ。これは丸洗いしたら、とてもいいモフモフになる予感しかしない。


「あら、人面樹が生えているわね」


「腹減った時に実を食ったことがあるが、まぁ食えなくはないって程度の味だったんだよな……」


「だが、獣にとっては良き栄養源ではあるようだな」


 そんな中、ワサワサと枝葉を揺らしながらゆっくりと移動している謎の木とバッタリ遭遇。丸い実を幾つも付けた枝の上には、その実を食べるリスも大勢暮らしているようだ。


 この木は人面樹といい、顔があるのは幹の部分……と思いきや、蜜柑のようなオレンジ色の果実全てに顔が付いている。


 果実はキャッキャキャッキャと笑っていて、この笑い声が術師の詠唱を阻害するという。また、喧しい実は喉に良い薬の材料になるらしい。


 しかし、皮が結構硬くて頭に当たると額が割れるくらいの投擲武器にも使える程。果実だからと適当に包丁で切ろうとすると刃毀れしてしまうこともあるので注意が必要なんだとか。


 そんな果実をガリガリと歯で削って食べているのが、歯金リスという鋭い歯が生えたネコサイズのリスだ。金歯リスかと思ったら、歯に金でハガネリスって読むんだね。


 鋼のような歯が生えているので、硬い人面樹の実の皮もガリガリと削ることが出来る。当然ながら武器としても使えるので、油断してると武器を半ばからバキッと噛み砕かれたりもするらしい。


 ただ、ぶっちゃけると歯で噛みつくことより木の上から人面樹の実を投げつけてくる事の方が多い。噛み付いた方が強いのはわかっているが、リーチの差を理解しているので投擲に集中しているそうだ。


「あ、クマも出てきた」


「ニチリングマだな。昼になればなる程好戦的になるが、逆に夜になると一転して大人しくなるぞ」


 ニチリングマというのはお腹に白の円があるツキノワグマみたいなクマだ。大きさ的にもヒグマというよりツキノワグマっぽい。


 ただ、ニチリングマという名前通りお腹にあるのは月の輪ではなく日輪、つまりは太陽を表す白い円の模様。陽の光を蓄えることで、そのステータスは上昇して気性も好戦的になる。


 逆に日が落ちて夜になると、陽の光を蓄えられないのでステータスは上がらず、テンションもダウンして大人しくなるらしい。


「しっかし、次の場所はアマネにはキツいんじゃねぇか?」


「え? この面子で危険な場所が?」


「危険な場所……まぁ、行ってみたらわかるだろう」


 何それ、すっごい不安になるんですけど……?

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