第644話

 サウザンドゲイザーと仲良くなったところで、私は今夜の宿を求めてある場所へと転移していた。


「あ、いたいた! お疲れ様です〜!」


「急に来るって言われてビビったっての!!!」


 やってきたのはスメラミコト。お城の前で待ち合わせした結果、大慌てで芹沢さんが駆けつけてくれる形になった。


 隊服を着たままなので、少し前まで新選組の方でしっかりと働いていたんだろう。いやぁ、御勤めご苦労様です。


「んで、一夜を過ごす宿を探してるんだったな?」


「そうですね。何処か丁度いいところがあればいいんですけど……」


「なら丁度いい。アマネの知り合いもいる、とってもいい場所に案内してやるよ」


 うん? 私の知り合いって言うと、スメラミコトで出会った人ってことだよね? 範囲めちゃくちゃ広くないかな?


 でもまぁ、泊まれる場所に案内してくれるってことなので、大人しく芹沢さんの後ろをついていくことにする。


「それにしても、大分賑やかになりましたね」


「まぁな。沖合に出来た島の正体は周知されてるし、嘗てスメラミコトを守護していた武家が、再び護国の為に蘇ったって話で何処も彼処も大歓迎ってなってるからよ」


 どうやら幕府の方で公表した情報は、沖合に出来た島には護国の為に蘇った武家の武士達が乗っていて、その武士達がスメラミコトに帰る為に紅都の沖合に出現した……ってことにしているらしい。


 勿論、あの後復活したスメラミコトの武士達は、ちょくちょくスメラミコトの故郷に足を運びつつ、妖怪や獣の被害を受けた村落でその武勇を振るっているそうだ。


「波旬……明智光秀の妖気の影響で、妖怪に成り切れていない獣やら何やらは息を潜めて隠れていたんだがな。落ち着いて表に出てきたことで、今度は獣同士の縄張り争いが起きるようになっちまった」


「あー……元々の縄張りの構図がリセットされちゃったんですね」


 スメラミコトの、特に東側では活動を再開した獣、つまりはモンスターが増えているのだが、元々の縄張りを放棄して隠れたことで今度は縄張りの拡げ直しが起きているらしい。


 普通なら力の強いモンスターが力の弱いモンスターを退けて縄張りを形成する筈なのだが、同種で群れるようなモンスターは逆に数が増えて太刀打ちが出来るようになってしまったんだとか。


 そのせいで街道や田舎の村落では人々が縄張り争いに巻き込まれる事件が多発しているらしく、赤えいの背中から戻った妖怪も混ざってかなり荒れてしまっているそうだ。


「ま、人里に下りて暴れるような奴らは真っ先に狩られてるからな。食卓に肉が並ぶようになったし、市場にも出回るようになった。飯屋は何処も彼処も大繁盛してるぜ」


「それ、輸入品が増えてることも影響してません?」


「そりゃ当然だっての。何処ぞの歌姫さんが馬鹿デカい同盟を作っちまったから、今じゃ鷹羽に限らずアチラコチラの港町で出島の造成と貿易が始まってるぜ」


 紅都もレン国やヴェラージの香辛料だったり、様々な花器や茶器、家具などの調度品や織物を運ぶ船が増えたそうだ。


 なので、スメラミコトも特産品の輸出が盛んになり、新しい作物や工芸品の原材料の生産も一気に増えているらしい。


「外交関係も大分進んできてるからな。税収も今年は例年の何倍になるかで賭けが成り立ってるくらいだし、アマネ様々だよ」


「ふふ。御礼は現金じゃなくて現物でいいですよ?」


 スメラミコトの食材は大歓迎ですよ。白米は山程手に入ったので、今度は鰹節も蕎麦も充実させたい。


 あ、それと味噌と醤油も樽で欲しいところ。豆腐もあれば嬉しいし、小豆があれば和菓子が充実しそうな気がする。


「っと、そこだな。ちっとばかし人が多いが、まぁ特に問題はねぇだろうよ」


「……えっと、もしかして歌舞伎座ですか?」


 立派な旗指し物が飾られている大きな劇場には、入口の上に『中村座』と書かれた大看板がある。旗指し物に描かれた紋は角切銀杏だ。


「御名答! ここァ中村勘三郎が座元をやってる『中村座』だ! 紅都の三座とも呼ばれている歌舞伎座の大看板だぜ!」


「……あら? 随分と騒がしい人がいると思ったら、新選組の芹沢じゃないの。って、アマネもいるじゃない!? ちょっ、邪魔ッ!!!」


「え? あ、阿国さん!?」


 芹沢さんの声に何だ何だと表に出てきたのは、艶やかな着物に身を包んだ阿国さん。通りの客に当たらないようにこちらに駆け寄ってくると、彼女の体のお香のいい匂いが鼻孔をくすぐる。


「龍馬から話は聞いてたからな。今夜の宿は中村座を使えばいいだろ」


「あ、何? アマネの宿を探してたの?」


「今夜一夜を過ごせればよかったんですけど、流石に御迷惑ですよね?」


 見たところ夜の興行があるみたいだし、そこにお邪魔するのはちょっと気が引けるのだが……


「別にいいわよ? 相部屋になるけど、私と一緒の部屋を使えばいいし。それに、私も久々にアマネの歌を聴きたいって思ってたのよ!」


「あ、そうだったんですね!」


「ここ最近は仕事が立て込んでたし、今日の夜の興行と、明日の神宮完成の際の式典で舞う神楽のこともあるし、ホントに癒やしが欲しかったの!」


 何でも、所々の問題が一気に解決したことで人々の生活や心にも余裕が戻り、阿国さんのような旅芸人は何処も彼処も諸手を挙げて歓迎されるようになった。


 更に言えば、例の島の騒動で帰ってきた武士達が故郷に戻ったことで、能や狂言、猿楽などの演芸に関して普段なら興味を示さないような人達も気にするようになったそうだ。確かに、あの時代の武士って舞とか結構踊れるんだよね。


 そして、阿国さんは色々な町や都を旅しながらその舞を披露する旅芸人とも言え、そのネームバリューから様々な座から興行の依頼が押し寄せて来ているという。


「そんじょそこらの芸能座なら理由付けて断ってもいいんだけど、神宮みたいな場所で神楽舞を披露するのは早々断れないのよ……」


「まぁ、断る理由がそれ相応のものでないと先方が納得しませんよね……」


「芸能人は信用が大事だからなぁ。ま、そこは仕方ねぇ話じゃねぇか?」


 そんなことを言っている芹沢さんだけど、貴方新選組っていう国直属の警察的な組織の人なんだから、そっちこそ信用が大切なんじゃないですかねぇ……?


「……そうだ! 折角だし、アマネに客寄せをしてもらおうかな!」


「客寄せ……あぁ、歌えばいいんですね?」


「贅沢な客寄せだなぁ〜。阿国、お前の興行より盛況になるんじゃねぇの?」


「……うっさい! ちょっと不安になるじゃないの!」


 あ、ちょっと間があったなぁって思ったら、ホントにそうなりそうで不安になってたっぽい。


 一応言っておくと、客寄せってことなのでそれなりに聴衆の足が止まるように、かなりしっかりした歌をそれ相応の歌声で歌い上げるつもりでいる。


 なので、まぁ……阿国さんには色々と頑張って欲しいところだよね、うん。


「よっしやるか! 阿国さん、何処でやればいいですかね?」


「……そこまで気合入れられると困るんだけどね。えっと、中村座の看板の上にちょっとした舞台があるから、そこでやってもらったらいいわよ」


 中村座の看板の上に舞台があるのか。詳しく聞くと、正月とかでお餅をばら撒く時に使うことが多いらしい。


 後は、座元や座長の挨拶だったり、興行終わりに演じた俳優さん達がそこで見てくれた人に挨拶をしたりだとかで使うそうだ。


 今回はそこで客寄せパンダをやればいいので、まぁいつも通り歌いたいように歌って人を集めることにしよう。あ、今のトレンドとかどうなってるんだろ?


「阿国さん、紅都で流行になってるものとかありますかね?」


「最近の流行と言ったら桜ね。特に恋物語とかと一緒に人気になってるわよ」


「花が咲くにゃぁちと早いんだがな。ほら、アイツの背中にでっかい桜が咲いたんで、桜の絵や小物が売れに売れてんだよ」


 あぁ、成る程。葉桜ばかりなのに桜が今の流行なのは、赤えいの背中に桜が咲いたからか。まぁ、今も満開の花を咲かせているから……って、これも私が関係してる影響の一つだね。


 まぁ、そんなことは今はいい。取り敢えず、流行が桜なのだから桜に関係する歌でも歌うとしよう。


「ヒビキ、カモ~ン!」


「変な呼び方しないでよ……で? 私は演奏してればいいのよね?」


「そういうこと! あ、今回私も踊るからね」


「え、ちょっと待って。それは私の精神的に良くない気が――――」


 阿国さんが何か言おうとしているが、既に中村座の看板の上に移動しちゃったし、もう止めたりはしないからね?










 ヒビキのピアノが音色を響かせる。聴き慣れない音にそれだけで通行人の足が遅くなるが、私の歌が加わると人々のざわめきがあっという間に静まり返る。


 私の手に持つ桜の意匠の扇は、以前来た時に龍馬に買ってもらった御土産の一品。結構可愛くて好きなんだよね。


 それはさておき、私の歌の効果は抜群だったようで、酒に酔ったような人も素面に戻ったかのように驚いた顔でこちらを見ている。


 というか、中村座の周りは歓楽街として結構賑やかな場所の筈なんだけど、私の歌が響いた途端客寄せや客引きの声も店の中の人の声も静まり返っている。


……まぁ、結構本気で歌ってるからね。その証拠として、幻とはいえ青々とした葉桜が私の周りで枝葉を伸ばし、サワサワと風に揺れる音を耳に残していた。





「……で、イケそうか? 今回の主役さん?」


「……言わないで。今からすっごい気が重いから」




 私の歌に静かな拍手を返してくれる聴衆。中には、ポロポロと涙を流す女性の方もいるようだ。


 取り敢えず、客寄せパンダとしての役目は充分に果たしたと思うんだけど……阿国さんが頭痛そうに俯いているんだけど大丈夫だろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る