第722話

 場所は移り、ケーニカンス獣王国。南部の要塞線で帝国軍と交戦を開始した連合軍は、圧倒的優位で防衛に当たる帝国軍を攻撃していた。


「たっ、退避ィィィッ!?」


「ウワァァァァァァァァッ!?」


 派手に爆発した城壁が、帝国兵の亡骸と瓦礫を撒き散らす。マルテニカ連邦から供与された擲弾は、獣人達の膂力を伴って城壁を穿ち、そのまま壁に大穴を開けていた。


「クソッ! 罠が全部壊されてやがる!?」


「なんでモンスターまで獣人共の味方をしてやがるんだよ!?」


 対獣人を想定して作られた逆茂木や防御柵は、押し寄せるモンスターに押し潰されて既に残骸と成り果てている。


 万里の長城のような長い城壁は、徐々にモンスターの攻撃を受けて崩れ始めていて、奥に行ったモンスターから順に、次々と帝国軍の施設を破壊していく。


「ヨッシャ!!! 俺達も乗り込むぞ!!!」


「総員、抜剣!!! 城塞内の敵兵を、一人残らず斬り捨てろ!!!」


 モンスターが帝国軍の陣形を掻き乱す中、後に続く獣王国軍やウォルク軍は、武器を構えて城塞内へと侵入していく。


 体の大きなモンスターや四足歩行のモンスターにとって、狭い屋内や室内は攻め難い場所なのだ。適材適所という言葉通り、内部の敵兵は連合軍が殲滅を請け負った。


 尤も、その城塞内の帝国兵も言ってしまえば弱兵の寄せ集め。モンスターに突破されたことで混乱し、それに続いて侵入してきた獣人達の姿を見れば、あっという間に士気を下げて逃げようとする。


 だが、それを許す理由がない。背を見せた敵に、大勢の同胞の命を奪われた恨みをぶつけるように、獣人達の刃は容赦無く命を刈り取っていく。


「ゆ、許し――――ガッ!?」


「テメェらは、何度そう言った仲間達を殺してきたんだ?」


 頭蓋を叩き割り、首をへし折って、命乞いをする帝国兵を次々と殺していく獣人達。ウォルク兵も、そんな獣人達と同じように帝国兵の命を絶っていく。


 勿論、抵抗しようとした帝国兵に関してはより一層容赦無く攻撃していた。


「クソッ! 例の兵器とやらはどうしたんだ!」


「まだ実験段階で実用化はまだっつってたろ! 此処にあんのは失敗作の出来損ないばっかだ!」


 そんな事を言い争う帝国兵は、アシッドサーペントの強酸を浴びて、苦悶の絶叫と共に溶けていく。


 地上で逃げ惑う帝国兵は、ストロングライノやブルタウロス等の突進で撥ね飛ばされ、センコンキリンの首の薙ぎ払いでゴルフボールのように吹き飛ばされていた。


 追いつかれたら死、足を止めたら死、見つかったら死。帝国兵は、最早共に着任した仲間のことなど完全に見捨て、生き延びる為だけに足蹴にしながら必死に逃げようとしている。


「逃がすな! 一人逃がせば、誰かの仇がまた増えると思え!」


 長い間、帝国の賊軍による被害を受けていた獣人達のその言葉は非常に重い。


 この戦いに従軍している獣人の中には、帝国の攻撃や奴隷狩りで家族や恋人、親友を喪った者も大勢参加している。


 もし此処で生き延びた帝国兵が出てくれば、彼らは文字通り本当の賊となって、また誰かの家族や恋人を殺し、誰かの仇となるだろう。


 それ故、獣人達は誰一人生き残らせるつもり無く、確実に帝国兵を仕留めていく。


「増援は来ているか!?」


「いえ! 寧ろ、他の要塞にもモンスターが大量に突っ込んでいて、混乱状態にあるようです!」


「なら、その要塞にも兵士を向かわせろ! 混乱状態を立て直されるより先に、その息の根を止めてやれ!」


 帝国南部の守りの要である要塞は、モンスターの先制攻撃を受けて混乱状態に陥っている。


 ならば、そこを叩かないという選択肢は出ない訳がない。どちらにしろ、帝国の要塞や軍事施設は更地にするのだから、先に壊してくれる分有り難いくらいだ。


「被害は出ていないか!?」


「下手ぁこいた奴が軽い傷を負ったくらいだ! それ以外で、こっちに被害はねぇ!!!」


 スタンピードによる帝国兵の士気の低下が功を奏して、連合軍に大きな被害は出ていない。


 少しばかり油断したり、慣れない地形で戸惑った者が加減を間違えて軽く避け損ねたりと、ちょっとしたミスによる怪我人は出ているものの、攻勢に支障が出る程のものではなかった。







「なら、このまま帝国兵を潰して――――」







――――ガァァァァァァァァァァッ!!!!!











 帝国兵を殲滅する。その指示を下そうとした瞬間、戦場に響き渡る獰猛な獣の咆哮。


 一瞬、スタンピードで襲来しているモンスターの声かと考えたが、アチラコチラの建物の中から姿を現したその生物の姿を見て、その考えは直ぐ様払拭されることとなった。


「き、キメラだ!? キメラが出たぞォォォォォォッ!!!」


 建物の中から現れたのは、様々な生き物を継ぎ接ぎにした二足歩行や四足歩行のキメラの大群。


 ただ、かなり質が悪いのか失敗作の所以なのか、その体からはツンと鼻につく腐敗臭や刺激臭が漂っていた。


「ヒッ!? や、めろ!? 俺はみ、みかッギャァァァァァァッ!!!」


「なっ!? まさか、味方諸共攻撃してきたのか!?」


 キメラ達は、逃げ惑う帝国兵にもその手を伸ばし、掴み取った兵士をブチブチと上下に引き千切って死体を振り回す。


 よく見てみると、後から出てきたキメラの手や口には、白衣を着た研究者らしき者の骸の一部が残っていた。



「先ずはキメラをどうにかしなくてはな! 行くぞ、ケーニカンスの――――ッ!?」



――――だが、獣人達はそのキメラ達に対し、驚愕と絶望、そして悲哀に体を震わせ、涙をボロボロと溢していた。


「ど、どうした!? 一体、何が!?」


「……嘘だ。そんな、そんなことあるわけがねぇ……!」


 ワナワナと震え、認めたくないものに頭を抑えながら首を振る獣人達。戦場の各所で見受けられた獣人達の動揺は、帝国の残虐な行いを形にしたものであった。






「チクショウ……! なんで、こんな化け物から、倅の臭いがするんだよぉ……!」


「――――――ッ!? まさか帝国の連中は、捕えた獣人をキメラの材料にしたのか!?」







…………ウォルク兵の言う通り、帝国はケーニカンスの獣人を捕らえ、モンスターと組み合わせたキメラを生み出していたのだ。


 奴隷と言えば基本的に鉱山送りが常である為、獣人達も帝国の鉱山に連れていかれたものだと、長い間ずっとそう思っていた。


 だが、鼻が利く獣人達は、眼の前で荒れ狂うキメラの体から嗅ぎ取れる、攫われた筈の家族や恋人、親友の臭いを感じ取ってしまった。


「――――帝国の、外道共がッ!!!」


「獣人達は下がれ! あのキメラ達は、我等の手で楽にしてやる!!!」


 例え異形の怪物と化していても、家族や知人である獣人達に彼らを討たせるのは酷というもの。


 ウォルク兵は無理矢理後ろに引き寄せて獣人達を下げつつ、彼らの代わりにキメラ達を楽にしてやろうと前に出ていく。


 ただ、キメラの数は優に数千体。失敗作の出来損ないという言葉通りならば、実験体として作られたキメラもこの中に混ざっているのだろう。


 それをウォルク兵のみで倒すとなるとかなり骨が折れる戦いとなる。が、それをしないわけにもいかない。


 覚悟を決めたウォルク兵は、荒れ狂うキメラに向かって駆け出していき――――





『――――安らかに、眠れ』





――――突如として現れた騎士が、先頭のキメラを一太刀で斬り倒す。


「あ、貴方は……?」


『……ジャック・ド・モレー。ケーニカンスで果てた、しがない騎士の一人だ』


 白銀のフルプレートメイルに身を包み、フランベルジェと呼ばれる両手剣を構える騎士は、淡々とウォルク兵の問いにそう答える。


『聞きたいことは多いだろうが、今は後にしよう』


『左様。まずは、この哀れな者に安寧の眠りを与えねばなるまい』


『その通りだ、異国の王よ。今こそ、我等が安らぎを与える時ぞ』


 ジャック・ド・モレーの言葉に応じたかのように、また新たな軍勢がキメラの大群と対峙する。


 彼らは、嘗てエーディーンからケーニカンスの地に逃れ、ゼウスの呪いにより志半ばで果てた英雄達。


 そして、魔大陸にてエーディーンの民を受け入れ、黒き呪いと共に没した大国の王と、その民を守り続けた王。



『さぁ!!! 【最後の騎士王】マクシミリアンの名に於いて!!! 今再び我等の刃を掲げよ!!!』


『我が大陸にて覇道を行く我が兵共よ!!! このサルゴンの名を以て、かの悪逆無道の帝国に引導を渡してやれ!!!』



 二人の王の号令に、英霊達は天に轟く咆哮と共に武器を取り、荒れ狂うキメラを鎮めるために前へ突き進む。


『居並ぶ兵は、このゲオルク・フォン・フルンツベルクの背を追え!!!』


『あの騎士に負けるな!!! ナラム・シンがお前達の先を行くぞ!!!』


 先陣を切るのは、マクシミリアンの騎士であるゲオルク・フォン・フルンツベルクと、サルゴンの孫であるナラム・シン。


 その背中をゴーティエ・サンザヴォワールとモクテスマ一世、そして元々ケーニカンスに住んでいたアパッチの頭目であるジェロニモが追う。


『猛々しき獣の戦士達よ! 願わくば、彼らの眠りを共に齎さん!!!』


「――――あぁ、あぁ! そうだ! 俺が、倅を眠らせてやらにゃぁならねぇ!!!」


 ジャック・ド・モレーの号令に、獣人達も再び戦意を奮い立たせ、その手に武器を持ってキメラに迫る。


 全ては、帝国の賊軍が行った非道であるが故。罪なき哀れな同胞に、安息の眠りを与える為。





――――彼らは進み続ける。何れ来たる、平穏な世界の為に。

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