第723話
マルテニカ連邦は元々帝国に危機感を抱いた小国同士が寄り集まって出来た国。故に、開戦に踏み切った途端に国境線である帝国南東部に大軍を集結させて進軍するのもある意味当然というもの。
マルテニカの領主や貴族達は、大統領であるリンカーンの要請に従い、己の領地を通るモンスター達と共に、出せる戦力全てを国境線へ送り出していた。
「――――進め進めェ!!! 帝国のゴミ共をまとめて片付けるぞ!!!」
傭兵とモンスター、そして樹海から姿を現したスカアハが引き連れる亜人達が一気呵成に突き進む。
マルテニカ連邦の国境線にも帝国の要塞はあるが、ケーニカンスの物と比べたらしょぼい代物。小国の寄せ集めなど大した事はないと、高を括ったが故にその防備はかなり雑な代物になっているのだ。
「て、敵襲ゥゥゥッ!?」
「――――うるさい。その口、とっとと閉じろ」
マルテニカ連邦軍の襲来を叫ぶ物見櫓の兵士が、大きく開いた口に矢を撃ち込まれて倒れる。これ程の芸当が出来る使い手は、歌姫と共に旅をした弓使いしかいないだろう。
そのまま、矢継ぎ早に防壁上の帝国兵を淡々と撃ち抜いていくと、要塞の正門に巨大な丸太が何本も撃ち込まれる。
「……ゴリアテ? 苛立つのはわかるけどさ。門をハリネズミにされたら入るのが大変なんだけど?」
「別にいいだろ、ロビン。そんときはまとめて門と一緒にぶっ壊しゃいいんだし」
「その通りだ。ほら、門を開けるぞ」
文句を言うロビンと、それに反論するゴリアテ。今回はゴリアテの方を肯定したオデュッセウスは、杖の先を門に向けて、赤熱した火球を撃ち込む。
それだけで、門に突き刺さっていた丸太諸共正門は焼け落ち、燃え盛る瓦礫が高々と炎を生み出している。
「もっと入りにくくなったように見えるんだけど?」
「風で押し出す。その方が嫌がらせになるだろう?」
そう言ってオデュッセウスは再び杖の先を突き出すと、先端から暴風が吹き荒れて燃え盛る瓦礫を吹き飛ばし、要塞の内部に燃える礫をバラバラと撒き散らした。
その瞬間、要塞内から湧き上がる絶叫。燃え盛る礫を体に撃ち込まれた帝国兵が、激痛で悶え苦しみ外にまで飛び出して火を消そうとしている。
そこに槍を突き刺していく亜人達。喧しいという部分もあったが、一番の理由は敵であっても激痛に苦しんでいるのであれば介錯してやるべきだという最後の情けからだ。
「雑兵共はとっととぶっ潰していいだろ。狙うべきは、帝国のどっかに隠れてる邪妖精共だからな」
「帝国の力が及ぶ領域は広い。全て焼き尽くすつもりで挑まんと小賢しい羽虫は何処ぞに逃げ隠れするだろう」
「ネズミ一匹見逃すわけにはいかないね。まぁ、フランガ王国からのルートはルジェとモードレッドに任せてるし、東側は龍馬がスメラミコトの武士を連れていくから、向こうは向こうに任せるしかないよね」
既に各方面で進軍は始まっており、帝国兵や天使は勿論、下手人である邪妖精すら見逃さないような完全な包囲網を形成していた。
仮に人の目で捉えられなくても、囲いには多種多様なモンスターも加わっている。その中をすり抜けて己等だけ生き延びることなど、余程の手合でなければ出来ることはないだろう。
「しかし、随分とアッサリ突破出来たもんだな?」
「ケーニカンスが既に交戦を開始していることと、帝都が何処ぞの兵器達に消滅させられたからだろうな。指揮系統が麻痺していて、増援も撤退も容易に判断出来んのだよ」
巨大兵器が帝都を消滅させた影響は、帝国軍に大きな影響を与えていた。
本来であれば各地の軍の指揮は上層部である将校や貴族、或いは頂点である皇帝等が行う。しかし、その上層部がいる帝都は、既に先制攻撃で消滅しているのだ。
だからこそ、各地に存在する要塞や城砦は連携が取れていない。常々から派閥争いの絶えぬ帝国で、総指揮を取れる人間がいないというのは、各地に存在する軍事拠点の連携にも大きな楔を打ち込んでいた。
「無能な味方に野心の高い貴族、後は神に縋るだけの愚物というのもあるか」
「帝国の手札はとんでもねぇな。俺だったら賭けずに即降りだぞ」
「それがわからないから今の状況になってるのさ」
このような状態で、よくこれまで大きな顔をしていられたなとつくづく思うが、帝国からしたらこの状態が普通だからこそ、他国との関係の良し悪しも関係無いような政策を取り続けることが出来たのだろう。
「……っと、竜種の集団のお出ましだな」
「フランガ王国上空を通過する組と、海上を通過して帝国東部から上陸する組に別れてるらしいね」
ゴリアテ達が地上で攻城戦を行う中、空では天使達と数多の竜種が交戦を開始。
竜種が放った先制攻撃のブレスで天使達はあっと言う間に陣形を乱され、バラバラになったところを爪や牙、角で引き裂いていく竜達。
瞬く間に瓦解した天使達は、まるで帝国軍と同じように逃げ出したり勝手に戦ったりと、軍として目も当てられないような乱戦へ突入していく。
「下が下なら上も上?」
「逆じゃねぇか? 上がイかれてるから下もおかしくなってんだろ」
「どちらでもそう変わらないと思うがな……」
既にマルテニカ兵や傭兵、亜人達が突撃していることで、のんびりと会話をする余裕が出来た三人は、帝国軍と似たりよったりな様相の天使達を見ながらそんなことを話している。
皆、怒りはあれどぶつける矛先に悩んでいる。端の兵士に当たったところで何の意味も無いし、かと言って主要な上層部の人間は既に壊滅しているのだ。
仮に狙うとしたら神になるが、その神にしたってこれだけの大規模侵攻となると、ゼウス以外に生き残っている神がいるかどうかもわからない。
結果として、やり場のない怒りをぶつける場所として丁度いいものが何も無い。サンドバッグなら兎も角、単なる豆腐の塊を殴ったところでスカッとはしないのだ。
「まぁ、俺達がやるべきことは何も変わりゃしねぇか。ここら一帯の施設を全部ぶっ壊して――――」
反射的に、ゴリアテの剣が壁を斬り裂く。
その奥で崩れ落ちたのは、金属や皮革等を組み合わせて作られた不格好なゴーレム。
袈裟斬りにされて倒れたゴーレムは、後から出てくる仲間のゴーレム達に踏みつけられ、その形をどんどん平らにしていく。
だが、その場に居た三人は見逃さない。そのゴーレムが『何』で出来ているのか……いや、『何』をコアにしているのかを。
「…………ゆっくり、休め」
「…………もう、動かなくていい」
「…………眠れ」
数にして十体。そのゴーレム達が、三人の手により碌な行動も出来ずにバラバラにされ、コアを剥き出しにされて停止する。
だが、誰もそのコアを破壊しようとは思わない。そのコアを、砕くことは許されない。
――――何故なら、そのコアは子供の顔をしているのだから。
元々、ゴーレムというのはモンスターでない限りは複雑な行動が出来ない代物であり、人の手で作られるものの大半は、簡単な作業しか出来ない木偶の坊とされていた。
だが、それはあくまでも『大半』はそうであるという話。帝国はゴーレムのコアに目をつけて、そのコアの構造について研究を行った。
その結果、ゴーレムのコアは心臓だけでなく、人間で言う脳の役割も果たしていると判明したのだ。
そうなれば、後はコアとなる素材に脳としての機能を追加して……とは、ならなかった。
単純に、心臓としての機能に脳としての機能を書き加えようとすると、その時点でキャパオーバーとなってしまったからだ。
普通の魔石や魔力に満ち溢れた宝石では書き込める量に限界がある。そんな中で、帝国はふとあるものに目をつけて、こう言ったのだ。
『役に立たないガキをコアにしてしまえばいい』
帝国は孤児も多く、貴族のお遊びで身籠る平民の女性も多かった。それを利用して、帝国は子供の頭を切り落として加工し、コアとしてゴーレムに埋め込んだのである。
皮肉にも、この思惑は帝国の思う通りになってしまった。コアの材料はそこら辺にいっぱいいる孤児や平民の子供で事足りるのだから、コスト面でも安く済んだ。
「……おい、このゴーレム」
「言わなくていい………道理で、このタイミングでフランガに喧嘩売ろうなんざ思いつくわけだ」
コアに選ばれた子供達に生まれや才能なんて関係無い。必要なのは、子供達の頭だけなのだから。
きっと、彼らに親がいたとしてもゴーレムになることは止められなかっただろう。金を握らされれば平気で子供を売り渡すだろうし、拒否すれば逆賊として殺されるだけなのだから。
ゴーレムの素材に気付いたクー・フーリンの言葉を遮ったゴリアテは、再び剣を構え直して奥から湧き出てくるゴーレム達と対峙する。
「……他の場所では、嘗てこの地で果てたフィン・マックールや、マルテニカの王朝に連なる皇帝アウグストゥス王が参戦している」
「そうか。例の英雄さんの声は、マルテニカにも届いたみたいだな」
「ふっ……私の友も、今頃何処かで戦っているのかもな」
「こういう事はアマネの専売特許かと思ってたけどねぇ……」
――――そう言って、三人の勇士は再び戦場へ駆け出していく。彼等もまた、多くの者達から『英雄』と呼ばれるが故に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます