第724話
――――時は遡り、帝都が消滅した頃。深々と大地を穿った大穴を、一人の老爺が後頭部を搔き回しながら覗き込んでいた。
『ほぉ〜……こりゃまた、随分と派手な事をするもんじゃのぅ……』
その老爺の名はゼウス。初撃こそ受けたものの、その後直ぐに帝都から雷の速度で離れ、炎熱等によるダメージを軽減した、帝国の主神である。
左手に持ったワインをラッパ飲みしながら、ゼウスは今回攻撃してきた相手に対して軽く思考を巡らせる。
まず、帝都の表層どころか地底深くまで穿った威力の攻撃が出来る時点で、そこらの小国や反帝国を掲げる有象無象の線は無くなった。
そのような攻撃が出来るのなら、フランガ王国に宣戦布告したこのタイミングというのは一見して好条件に見えて、実際のところ全く良くない時だからだ。
『やれやれ……帝都に皇帝や将校が集うのだから、それを潰せば交渉が拗れるというのに……』
仮にコレがフランガ王国に宣戦布告したことに対する報復だとして、休戦や停戦の最終決定を行う皇帝やそれに連なる王族を速攻で討ち取った時点でナンセンス。
他の上級将校に関しても同様で、指揮系統の混乱は内部の混乱を招き、統率の取れない貴族や軍人によるバラバラの意見で交渉のテーブルすら用意出来なくなる。
独断専行で侵攻する者も出るだろうし、そもそもフランガ王国という小国相手に対してまともな交渉をしようと考える者など帝国にはいないからな。
『休戦や停戦の度に、この国の皇帝は荒れておったからな……異界人の来訪と共に遠方の帝国領とも上手くやり取りが出来なくなったし、ここ最近は不調続きじゃったなぁ……』
そこまで考えて異界人が原因か? という荒唐無稽な考えが湧いてくる。
勿論、フランガ王国で遊び呆けている異界人にそんな事など出来る筈がない。そもそも、この世界の事すらまともに知らん余所者が、フランガと帝国の因縁などわからないだろうからな。
『――――まぁ、相手が誰だろうと別にどうでもいいか。取り敢えず、今は何処に行くかを考えねばな……』
どうせ下手人は名乗り出んだろうし、適当にそれらしい奴がいたらその時に潰せばいいだろう。疑わしきは罰せよ、と言う言葉もあるからな。
隠れるとしてハイエルフのいる里か、それともアレスのいる海向こうの土地か……あぁ、聖教国という選択肢もあったな。
『気まぐれに散歩をするのも悪くはないかもしれんの。どれ、ちと聖教国の方で見目麗しい修道女でも探すとするか――――』
『――――やはり、貴様はそう簡単には死なんよなぁ?』
ワインボトルを適当に投げ捨てたゼウスの体を、眩い黄金のブレスが飲み込んでいく。
しかし、そのブレスも即座に振り抜かれた右腕によって弾け飛び、ゼウスは先程まで着ていた服から鎧姿の大男に姿を変えていた。
『――――ほぅ? こりゃぁ懐かしいトカゲが出てきたもんじゃの。てっきり岩の下で干物になってるかと思ったんじゃが……』
『カッカッカッ!!! 貴様を殺す為に今日まで生き続けておったようなもんじゃ!!! ……貴様の妻の呪いも、良き助けとなってくれたぞ!!!』
そう言って、黄金の龍は金と黒が螺旋状に捻れ合わさった槍を何十と生み出し、それをゼウスに向かって射出する。
『成る程成る程!!! どうやら、くたばり損ねて力の差もわからなくなったらしい!!!』
迫り来る螺旋槍。その全てを、ゼウスはその手に生み出した雷槍で薙ぎ払い、返す刃で黄金の龍に雷刃を放つ。
尤も、龍はまともに受けるつもりなど毛頭ない。自らの尾に黄金を纏わせて刃を生み出すと、サマーソルトのような形で雷刃を下から打ち砕く。
『ガァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
『ヌゥアァァァァァァァァァァァァッ!!!』
そして、大地を蹴り上げて飛び上がるゼウスの雷槍と、龍の……ファフニールの黄金剣が激突し、バチバチと眩いばかりの雷光と火花を散らして、大爆発を起こす。
雷槍は一時的に不安定になって形が歪むが、ゼウスが力を込めれば直ぐに元の槍の形を取り戻す。
ファフニールの尾の黄金剣も衝突で砕け散ったが、残った部分はドロリと溶けて、今度はレイピアのような鋭い刺突剣に姿を変えていた。
『……漸く思い出した。確か、貴様の名はファフニールだったな』
『貴様に名を呼ばれるのは不快だな。尤も、それ以上にあの時貴様を仕留めていればという思いの方が強いがの』
『相変わらずその口はデカい事ばかり吐き出すな。どうじゃ? このまま大人しく大地に還る、とでも吐いてみては?』
『ほざけ。還るとしても、それは貴様を殺してからの話だ』
バキバキと、両手の爪を黄金で覆うファフニール。口からは金色の炎が漏れ出ており、目は爛々と赤く輝かせていた。
それを見たゼウスもまた、メキメキと体を震わせて巨大化させると、瞬く間にテュポーンのような巨神としての姿を顕とし、より一層大きくなった雷槍を構える。
――――ガァァァァァァァァァァッ!!!!!
ファフニールの咆哮と共に迸る火炎がゼウスに迫るが、ゼウスの吐息でそれはアッサリと吹き飛ばされる。
代わりに激突したのは、ファフニールの黄金の爪とゼウスの持つ雷槍。半ばからツインブレードのように持ったゼウスは、嵐のように乱れ放たれるファフニールの爪撃を正面から打ち合って相殺する。
――――ボォァァァァァァァァァッ!!!
『チッ!!! 喧しいぞ、ブタモドキがァッ!!!』
その背後からゼウスに迫ったのは、地中から姿を現したベヒーモス。額に生み出した硬く鋭い高密度の岩角は、惜しくもゼウスの裏拳により横っ面を叩かれたことで目標を逸れ、そのまま地面を滑っていく。
『余裕そうな理由がやっと分かった!!! 貴様、他のトカゲやそのモドキまでここに集めてきているなッ!!!』
『当然じゃろ!!! 御主に恨みを持つものが、儂だけと思っていたか!!!』
雷槍の縦振りを軽々と避けたファフニールが、お返しと言わんばかりに空から巨大な長方形の黄金柱をゼウスの頭に落とすが、ゼウスはそれを見ることもなく返す刃で両断。
その隙にベヒーモスが生やした岩角を射出するものの、左手で無理矢理掴んだ黄金柱の残骸を盾にしてそれを防ぐ。
と、更に背後からブレスを放つのは、古代龍の中でも最強と呼べるバハムート。
これはまともに食らうわけにはいかないと、雷槍を右腕に纏って、迫るブレスに対しフックを放つような形で迎撃するゼウス。
強襲するファフニールの爪は、左の裏拳で砕くように相殺し、ベヒーモスの大地の槍は雷を纏った足で踏み抜いて木っ端微塵にする。
『幾らトカゲが群れようと、このゼウスの首は貴様らに落とせはせん!!!』
そのまま全身から青く輝く雷撃を放つゼウス。しかし、辺りに出現した黄金柱や鉄柱が雷撃を吸い寄せ、古代龍達にはまともなダメージを与えること無く霧散する。
だが、身代わりの避雷針となった柱はそのまま雷撃に耐え切れず溶けるように崩れ落ち、ゼウスが雷撃を止めた頃には完全に液化して地面のシミと化していた。
尤も、ゼウスの攻撃を妨害したという意味では充分な働きを見せた。その証拠として、イルルヤンカシュの放つ無数の風刃と、ニーズヘッグの放つ黒いブレスがゼウスを直撃したのだから。
『――――鬱陶しいトカゲ共じゃな』
だが、ゼウスの身には傷一つ付いていない。その身を守る『光輝』の鎧が、ありとあらゆる攻撃からゼウスの体を傷付けることを拒否していた。
『相変わらず、趣味の悪い鎧を着ているようだな』
『カッカッカッ!!! 世界の王たる儂に相応しい装いだろう? まぁ、主等トカゲにこの装いの良さなど理解は出来んだろうがな!!!』
そう言って、雷槍を天に向かって突き出すゼウス。
その瞬間、雲も何も無い空から無数の雷の矢が降り注ぎ、周囲一帯を更地にする勢いで地面へ着弾。古代龍の身を撃ちながら、何百もの矢が帝国を破壊する。
『悪いが、この攻撃は既に知っておる!!!』
尤も、威力こそあれど古代龍からしたら掠り傷程度で済ませられるつまらない芸事。特にそれを知っているファフニールは、急速に接近して光輝の鎧に黄金の爪をぶつけていた。
他の龍達も同様に、雷槍を構えて迎撃に徹するゼウスの隙を探し、ほんの僅かな硬直などを狙って突貫。
ゼウスの鎧に己の爪牙や角を当てて、ほんの僅かな傷を少しばかり増やしていく。
『全く、可愛げのないトカゲ共じゃな。まだ犬や猫の方が従順で愛らしいわ』
『貴様に飼われた覚えはないッ!!!』
バハムートの爪と雷槍が激突し、衝撃で槍からは無数の電流が飛び散り、バハムートは削れた爪の一部が焦げて微かに黒い煙を吹き上げる。
そこに襲来したのは、嘗て息子であるアレスに一泡吹かせたガルグイユ。火炎と水流を混ぜた青く燃え上がる流体のブレスがゼウスの体を包み込む。
『ヌゥ!!! この程度、洒落臭いわッ!!!』
それを、右足の踏み込みだけで千々に吹き飛ばすゼウス。お返しと言わんばかりに雷槍の先端から雷撃のレーザーを放つが、それは微かにガルグイユの翼の先端を掠るだけで直撃はしなかった。
この間にも、続々と集まりつつある数多の古代龍達。ゼウスという相手に対して、本来ならば互いの攻撃が干渉するのを防ぐ為に、個々で戦うことの多い龍達が連携して攻撃を当てている。
『……ククッ!!! 上等だ!!! 儂の世界の害虫や害獣は、儂の手で直接刈り取ってやらねばな!!!』
――――そんな古代龍達に対し、ゼウスは焦り一つ浮かべること無く、その顔に笑みを浮かべてみせた。
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