第721話
ヘルが用意したナグルファルの大船団は、各地の英霊達を満員電車も真っ青になるレベルで積み込んで、南に向かって突き進んでいた。
『いやはや!!! これは壮観、壮観!!!』
『そうですね。私も、少々気が昂って仕方がありませんよ』
船の上で大声を出しながら笑うのは、イスカンダルの後でファラオとなったプトレマイオス。
征服王に負けず劣らずの肉体美を誇りながら、本人はどちらかと言えば図書館を作るほどの読書家という、チョビ髭にスキンヘッドのかなり厳つい王だ。
そのプトレマイオスに同意したのは、スレイマンという名の皇帝。ターバンのような白く大きい帽子を被るまきヒゲの男であり、その指揮能力は非常に高い。
嘗てペレシオン侵攻が起きた際には、スレイマン率いる数万の軍勢が主神教徒の軍勢と戦い、帝国が所有する公的な記録に凡そ十四万の被害を出したと記された。
実際にはその倍くらいの人数を殲滅したと公言しているが、途中から数えるのが面倒になったので大体それくらいだと大雑把に言っているそうだ。
『聞けば、我等のみならず他の地でも数多の英霊達が現世に舞い戻って来ているようですな!』
『ノルドのヴァイキングに、シン国の皇軍。それにアラプトのファラオと、小国家群の王族や将校。数えればキリがない程だ』
恐らくだが、ペレシオンとその近隣の小国家の軍だけで優に七百万という数字が出ているのだから、他の地域の軍も加えれば総数は二千万や三千万を超えているのではないだろうか。
エーディーンのナポレオンが率いる軍は、大体そこだけで七百五十万。そこに潰えた小国家群の軍勢、マギストス周辺の国々で大体二百万から三百万人程が既に参戦している。
ここに、ノルドで蘇ったヴァイキング達と始皇帝が引き連れた皇軍や、シン国の周辺国家等の軍勢も加わるのだ。
『我々が英雄ではなく英霊でよかったな。これ程の人数を賄える兵糧など、どの国も供出出来んだろう』
『あぁ、そうだ。まさか、我々が世界中の国々の息の根を止めるわけにはいくまい。そういう意味では、この体も存外不便であるな』
折角蘇ったのだから、美味い飯をたらふく食って、安酒でもいいから酒を浴びるように飲みたい……
そんな事を考えた同胞もいたようだが、周りの人の数を見たらとてもじゃないが出来たものではないと、苦笑しながら諦めたと聞く。
『厭戦気分でないのはいいことだがな。ここまで人が多いと、敵である帝国の功となる首が足りなくなりそうだ』
『なりそう、ではなく足りないだろう。流石に他の地域の軍も含めたら、端の指揮官でも充分な価値の首になるぞ』
普通なら、敵と味方の兵数の差で討ち取った大将首の価値もある程度決まる。例え相手が著名な将であっても、数百の少数と数千数万の大勢とでは討ち取る難易度に大きな差が生まれる為だ。
ただ、ここまで人が多いと逆に帝国の将校の首はプレミアみたいな価値が出てきそうなもの。特に王族や上級の将校は帝都で木っ端微塵になっているから、もしその手の首が出てくれば凄い価値になってもおかしくない。
『これで負けたら笑いものだな……』
『笑う以前に、笑ってくれる人間がいるかどうかも怪しいところだ』
帝国に過去類を見ないスタンピードが向かっていることは英霊達も把握している。何せ、このナグルファルの上からでもその一端が垣間見える程なのだから。
このスタンピードが帝国に達すれば、帝国に与している人間は一人残らず駆逐されることだろう。それこそ、辺境の農民を自称する賊すらも。
『しかし、ヴァイキングの連中まで舞い戻ってくるとは驚いた。てっきり、奴らはヴァルハラにてエインヘリヤルになっているものだと思っていたが……』
『後の戦争ではゼウスらが相当暴れたようだからな。魂が戻れぬような細工をしてあってもおかしくはない』
ラグナルと共に戻ってきたヴァイキングの数は数にして三百万。皆、ゼウスの置き土産でヴァルハラに向かうことも出来ず、ただ地上で掠れ消えていくだけの魂となる筈だった者達だ。
主にラグナロクで死んだ者が多いが、ナグルファルに乗っている者はラグナルが胸を張って自慢出来るノルドの精兵。
『赤毛のエイリークに、のっぽのトルケル。骨無しイーヴァルに剛勇のビョルン……』
『赤のソースティンやブローディアなどは海に沈んだからか、そのまま船に乗って先に暴れているらしいからな』
ヴァイキングはナグルファルに乗っている者と、自前の船で海戦を行っている者の二勢力に分かれていた。
ナグルファルに乗っているのは赤毛のエイリークやのっぽのトルケルなど、主に地上戦を行っていたヴァイキング達。
ラグナロクの際にはノルドから沿岸地域の街にまで攻め込んだ剛の者が揃っており、今回の戦にも喜々として挑もうと気を昂らせている者が多い。
まぁ、昂っている者の一部は先に海戦という形で交戦している、赤のソースティンやブローディアといったヴァイキングがいるからというのもあるのだが。
『始皇帝殿が連れてきた軍勢は?』
『騎馬民族であるチンギス・ハーン殿等モウコ兵が多いな。皇軍だと
始皇帝の後を継いだ康熙帝に、シン国の皇軍の中でも随一と言われていた衛青という将軍もまた、ナグルファルを借り受けて南下を続けていた。
特に衛青の武勇は凄まじく、モウコ兵の侵攻に対してその悉くを退け、チンギス・ハーンを以てして『衛青は不落の城塞』と言わしめる程の強さを誇っていたという。
ただ、その衛青と対していたチンギス・ハーンも野戦に於いて最強と名高き男であり、もしゼウスらが仕掛けた病に倒れなければ、彼もまた『征服王』と呼ばれる覇王となっていただろう。
『最強の騎馬隊と名高いモウコ兵に、戦列破壊のヴァイキング、そして征服王のファランクスに、スレイマン殿のイェニチェリ……』
『いざとなれば、ペレシオンのファラオ達が歩兵隊で挟撃や遊撃もしてくれるだろう。それに、ダレイオス三世の有する戦象も侮れない』
対峙することになる帝国軍からしたら、その面々はハッキリ言って地獄の軍勢と呼べるような悪夢の兵団となるだろう。
軽騎兵と弓騎兵のモウコ兵に襲われればあっという間に蹂躙されることは目に見えてわかるし、仕返しに騎兵隊を突撃させたら征服王イスカンダルの軍勢によるファランクスで、逆に騎兵隊が殲滅させられる。
そして、ヴァイキング達が前に出れば歩兵達は彼らの持つ戦斧や戦鎚、両手剣によって薪を割るように潰され、背を見せればイェニチェリ達の銃撃がその背に穴を開ける。
因果応報とは言えども、実際に対峙することになった兵士達には些か憐憫の情が浮かんでくる程だ。
『しかし、巨人まで出張る必要があるとはな』
『彼等は帝国軍というより、ゼウスの配下である天使共を駆逐するための戦力でしょうからね。尤も、その巨人まで冥府から蘇るとは思いませんでしたが』
……実は、イアソンの呼び声が届いたのかラグナロクの際に滅びた巨人族も、フリームスルスとなって再び現世に舞い戻ってきていたのだ。
これにはユミルやスルト達も咆哮のような歓喜の声を上げて喜び、蘇ったフリームスルス達も再会を喜ぶような声を上げて武器を掲げていた。
『……我等の敵は帝国軍と天使共であったな』
『……あぁ、そうだ! 全軍! 射撃準備!!!』
南下を続けていれば、海上に出た時点である程度の天使達と遭遇することになる。
各船から指揮官の号令が響き、船上の弓兵や射撃兵達が、弓や銃を構えて天使達の攻撃に備える。
ただ、幸いなことにナグルファルの周りにはワイバーンなどのモンスターも飛行していた。相手が空を飛ぶ天使であっても、射程外から一方的に蜂の巣にされる危険性はないと言える。
『――――全軍ッ! 放てェェェェェェッ!!!』
こうして、ナグルファルの船団は帝国軍より先に、天使達の軍勢と開戦した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます