第720話

 世界各地で蘇りし英雄達は、皆が皆帝国を目指して進軍を始め、早い者から次々と帝国軍を強襲し殲滅し始めていた。


「カエサル様! クレオパトラ様! 北部より、古のファラオ達や嘗て存在していた小国の王軍が依然として南下中!!!」


「敵対はするな! それと、既に集まっている傭兵連中の英霊達と同様に、向こうの大陸に渡る為の船を用意せよ!」


「最悪、積荷を降ろした商船や客船、大型の漁船も貸し出してしまえ! そうでもしなければ、英霊達で沿岸を埋め尽くされるぞ!」


 宮殿にて指揮を取るカエサルとクレオパトラは、徐々に沿岸地域に集まりつつある英霊達への対処に追われていた。


 というのも、元々アラプトの所領であった諸島の奪還作戦は、ほぼほぼ終わりに近付いて来ているのだ。


 蘇った英霊達の中で、ランツクネヒトやコンドッティエーレといった傭兵集団を率いていた王族や将校が真っ先に集まってきており、彼らによってアラプトから近い位置の帝国海軍は壊滅状態に陥っていた。


 コレにより接収した海軍の軍艦を使って奪い取られた島々の奪還に向かってくれたのは良いのだが、後から後から止まることなく他の英霊達も集まってくるので、彼らを送り出す船が著しく不足してしまっているのだ。


「まさか、敵ではなく味方で沿岸地域を埋め尽くされることになるとはな……!」


「傭兵集団だけでも万を超えている。歴代ファラオの軍勢がどれ程のものになるかは分からないが、その十倍は確実にいてもおかしくはないだろう」


 クレオパトラの予想として、沿岸地域に帝国軍が上陸することは想定していた。


 だが、まさか友軍である英霊達が沿岸地域に集結して、上陸するスペースすら無い程に埋め尽くすとは思ってもいなかったのだ。


 幸いなのは、単なる英雄ではなく既に死した英霊である為、彼らを維持する為の兵糧について考えなくてもいいところだろうか。


「治安が急速に良くなっているのが笑い話だな!」


「全くだ! 兵の数が少なくなって、小賢しいことを考える賊が増えるかと思っていたのだがな!」


 英霊達の進行ルートに居た盗賊や山賊の類は、巻き添えを食らわないようにひっそりと息を潜めていた。


 帝国軍と関係無い地元の人間だとしても、賊であることには変わりない。もし英霊達に見つかれば、圧倒的物量で根切りにされて終わる事だろう。


 まぁ、国内にいる賊共は余程の暇人か、引くに引けなくなった愚か者。それか潜伏している帝国の手の者なので、減らしてもらえるのであれば有り難い限りではあるのだが。


「兎に角、船の確保を優先しないと――――」


「忙しいところ、済まんな。かなり大きな客人が来ている故、一度手を止めてもらえると有り難い」


「――――ツタンカーメン様!?」


 カエサルとクレオパトラが忙しく指揮を取る中、申し訳無さそうな表情と声色で宮殿に入ってくる、嘗てのファラオであるツタンカーメン。


「急な来訪で非常に申し訳無いが、私も少々頭が上がらないのでな……」


『いやはや、急かしてしまって申し訳無いな!』


『何分大所帯なもんで、此処に迷惑を掛けてしまっておるからなぁ!』


「ブッ!? ゲホッ、ゴホッ!?」


 部屋に入ってきたのは、紫髪に藍の瞳が美しい壮年の男性と、緋色の髪に金と銀のオッドアイの逞しい男性。その姿を見たクレオパトラは、思わず噎せて咳き込んでしまっている。


「ま、まさか、王国の祖! スコルピオン陛下ではありませんか!? そ、それに、隣の御方はかの有名な『征服王』イスカンダル様では……!?」


『おぉ、その通りだ! よく学んでいるようだな!』


『我が名を継いだ二世、セルケトの名の方が有名かと思っていたのだがな!』


 壮年の男性の名はスコルピオン一世。ペレシオンを建国し国の礎を築いた、正しくアラプト王家の祖とも言える最初のファラオである。


 そして、共にいる男性はイスカンダル。またの名をアレクサンドロス三世と言い、直系の王族ではないがペレシオンのファラオにその名を連ねる『征服王』と呼ばれし覇王。


『いやはや、ペレシオンを潰えさせた悪神、奸賊共を討ち取らんと蘇ったはいいが、まさか渡る船が足らんとは全く思ってもいなくてな!』


『考えてみれば当然よな! 何せ、儂の軍を全て集めたら優に五百万は超えているだろうからな!』


「ごっ……!?」


 歴代ファラオが大勢集まった軍勢だけで大体五百万人程度の人数がいるらしく、そこに一時期ファラオとして活動していたイスカンダルが同数の軍を連れてきているそうだ。


「一応言っておくが、これは歴代ファラオの軍勢とイスカンダル傘下の軍勢だけの数字だからな?」


『プトレマイオスの奴が思ったより増やしていたのが面白いがな! ダレイオスの奴やナーディル、ティムールの奴らもいるからな!』


「……ダレイオス三世に、ナーディル・シャー!? それに、ティムール王までいらっしゃるのですか!?」


 嘗てイスカンダルと対峙したダレイオス三世に、人々に『第二のイスカンダル』と言わしめたナーディル・シャー。そして、そのナーディルに並ぶ覇王と呼ばれていたティムール。


 三人共、帝国の賊軍とは比較にならない程の練度を有した精兵を抱える小国の王であり、ペレシオン侵攻の際に祖国を失っていた。


 それ故、彼らもまた現在の帝国に対して一泡吹かせてやろうではないか。ついでにそのまま息の根を止めてやろうではないかと、イアソンの呼び声に応えて意気揚々と蘇ったのである。


「か、確認したいのですが、その三人の軍勢を加えたら、一体どれ程の兵数になるのでしょうか……?」


『そうだなぁ……全て合わせれば、更に二百万は増えるだろうか』


「となると、大体七百万といったところか……船の数が圧倒的に足りないな」


 それ程の軍勢を輸送出来るだけの船など、アラプトには存在していない。民間の商船まで余すこと無く使ったとして、その軍勢の一割程を運べれば上々といったレベルだ。


「そうなると思って、既に他の国に根回しをしてある。ノルド勢のヘルという娘が、ナグルファルという亡者を乗せる船を貸し出してくれるそうだ」


「なんと!? それは有り難い!!!」


 流石にアラプトのみでは難しいだろうと判断していたツタンカーメンは、事前に他国へ船舶の貸与を依頼しており、北国であるノルドからナグルファルを借り受けていた。


『ナルメルやジェセル、トトメスに軍は任せている故、今頃は貸し出されたナグルファルに乗って移動を始めているだろうな』


『クセルクセス王も随分と大勢連れてきていて、アラプトに彼らを乗せる船があるかどうかを心配しておったからな。問題無いとわかれば、憂い無く帝国に歩を進められるだろう』


 これで、アラプト側で気にするべきなのは集まっている英霊の傭兵集団が乗る船だけになった。


 その傭兵集団の人数もかなり多いのだが、それでも百万を超える程ではないので、それならばアラプト側でどうにかすることも出来る。


 と、そんな事を考えていたら――――



『よっ! テメェとまた会えるたぁなぁ、スコルピオン!』


『……ほぅ? まさか、ノルドのヴァイキングを治めしラグナル王まで舞い戻っておったとはな。北からここまで遠かったのではないか?』


『我の手でここまで飛ばしたのだよ。ナグルファルとかいう船にも、我の軍勢を乗せることにしたからな』


『おや、シン国の始皇帝殿も。態々こんなところまで御苦労なことで……』



 新たに宮殿に入ってくる二人の王。ノルドのヴァイキングを統べるラグナル・ロズブロークと、シン国の始皇帝が、アラプトの宮殿に転移してきたのである。


「……ノルドのラグナル・ロズブローク王と言えば、全てのヴァイキングの祖とも呼べる王。それに、始皇帝殿はレン国の祖であったシン国の初代皇帝……」


『よく学んでおるな。我等もまた、ゼウスとかいう巫山戯た輩に民を虐げられ、国を滅ぼされた者。なればこそ、このような戦に出張らんというわけにはいかんのだ』


 そう言って、若々しい青緑の長髪を揺らした始皇帝は、威圧感の溢れる笑みを浮かべて杖を床についた。

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