第760話

 大蟻の平原を抜け、百鬼夜行はメレイス街道という聖教国入りの街道に足を乗せ、道の続く先へと突き進んでいた。


「ここがマルテニカから聖教国に入る街道だね」


「奥に行ってそのまま真っすぐ進むと国境都市。湖畔のある北西の道に進むと首都に続いている」


 マルテニカ連邦と聖教国を繋ぐこの街道は、言ってしまえば国境超えの街道とも呼べる道。


 関所などは一切無いのだが、これは当時主神教徒として悪名高き帝国が各国に喧嘩を売りまくっていた時期であり、同じ主神教徒という名の教徒を抱える聖教国は『二心無し』の意を込めて関所を廃したからだ。


 国防の意味でも大丈夫なのか、という心配は他国からさえもあったそうだが、正直に言えば陸戦で帝国がどうこうすることはほぼ無かったので、ここまで大胆なことをしたらしい。


 実際、帝国が聖教国に軍を差し向けた際にはマルテニカ連邦内を通過する方法ではなく、海上輸送という形で聖教国の西岸から上陸を試みていた。


 これはマルテニカ連邦を通過する為には軍を動かすわけにもいかず、かと言って戦争なのだから軍を差し向けなければならないというジレンマもあって、じゃぁ海から行こう! と上層部の意向により行われたことだった。


 勿論、こんな事をされて大人しくしているほど聖教国は温和ではなく、鎌倉時代の元寇ばりに沿岸部に兵士を固め、上陸を試みる帝国軍を相手に防衛戦を繰り広げる。


 マルテニカ連邦も自国の商船への略奪が横行したことを理由に参戦し、キャメロット騎士国もまた自国の船が襲われた事を理由に近海の船を攻撃した。


 結果、三ヶ国の攻勢を受けた事により帝国海軍は一時撤退。その道中で海のモンスターにも襲われ、敢え無く停戦に至ることとなる。


「聖教国はキャメロットとマルテニカに挟まれた小国だけど、防衛力に関してはフランガ王国に負けず劣らずだからな」


「帝国の攻撃を何度も何度も受け止めてきたフランガ王国とほぼ同レベルってことですか。それは中々凄い国ですね……」


 多方面から攻勢を受けたことで亡国となった帝国ではあるが、その軍事力に関しては本物。


 人の命を塵芥同然に見ていたからこそ出来るグンタイアリのような進軍は、進行方向にあるもの全てを飲み込む死の津波とも呼べる。


 その津波を堅牢な要塞線で受け止めてきたのがフランガ王国なのだ。そして、そのフランガ王国に負けず劣らずの聖教国は、帝国の攻撃に対して同等の防御力があるとも言える。


「聖教国はペガサスを騎獣とする天馬騎士団や聖騎士団、それとバトルシスターというのも主戦力としているんだよ」


「バトルシスターは近接攻撃も出来るヒーラー、といった感じだな。翼の騎士団にもいるが、成長の方向性に悩む職業だ」


 バトルシスターというのは近接武器等で武装したシスターで、聖教国だとメイスやモーニングスターを持った女性が多いらしい。


 ただ、騎士からバトルシスターに転向するとソードシスターという剣特化の職業に変わるそうだ。でも、ジャンヌやマルタはバトルシスターじゃなくて聖女なんだよね。


『昔はバトルシスターもソードシスターも多かったんですよね。今はどうか知りませんけど』


「血気盛んなシスターが多いって色々と凄いな……」


 そんな歴史のお話をしていると、横をマカイロドゥスが駆け抜けていき、その後を大量のオオカミ達が追従していく。


「ストークヴォルフか。ここら辺では珍しくないモンスターだね」


 ストークヴォルフは音に反応して獲物を追い掛けるオオカミで、鋭い嗅覚と聴覚による追跡は簡単には逃れられない警察犬向きの力がある。


 目は赤くて日中はあまり使えないそうだが、夜間になると暗視効果が強くなり、追跡能力が更に跳ね上がる。


 それでいて群れで行動し、一体の獲物に少なくとも六匹のストークヴォルフが襲い掛かるのだから、遭遇したら逃げるか戦うかの覚悟を決めなくてはならないだろう。


「マカイロドゥスは速いなぁ……」


「ストークヴォルフが遅れ気味だな……」


 尤も、足もそれなりに速いストークヴォルフ達も、格上であるマカイロドゥスのような四足歩行のモンスターを追い掛けるのは苦労するらしい。


 確かに速いことは速いが、徐々に距離は広がってどんどんマカイロドゥスの背中が遠くなっていく。


 そんな姿を見ていたら、いつの間にかランドトータスの背中の上で丸くなっている……いや、体型自体が丸いのかコレ。


「マッカチンチラね。なんでこの組み合わせにしたのかは不明だけど」


「わー!? お手々がハサミになってるよ!?」


 アスラウグが持ち上げた赤いチンチラの名前はマッカチンチラ。真っ赤なチンチラ、ということではなくて、ザリガニのようなハサミがあるチンチラだからマッカチンチラだ。


 ハサミの挟む力は結構強くて、挟まれ続けていると骨までミシミシと軋んで折られる事がある。尤も、挟むより殴る事の方が多いらしいが。


 しかし、野生とは思えない程に真っ赤な体毛は目立って仕方無いと思うんだが……いや、ストークヴォルフは視覚頼りではないから、別に体毛が派手でもあまり変わらないのか。


「チンチラというと砂風呂がイメージに出てくるんだが、ユーリのクランホームに砂場はあるのか?」


「砂漠系の子達が住めるように、森の中の一角にオアシスっぽい形で用意してあります!」


「アマネが色々と連れてくるからな。環境面に関しては、下手なダンジョンよりバリエーション豊かな森を整えてある」


 ノルドのような寒冷地仕様のエリアもあるし、恐竜達の為に熱帯系の暖かいエリアも用意してもらっているからね。


 ぶっちゃけ、ウチのクランホームでほぼ全ての環境のモンスターや生き物を飼育出来ると思う。管理面はモンスター以外は大変だろうけど。


「あの森でピクニックしたら、あっという間にモンスターに囲まれて狩られそうですわね」


「案外懐っこいから大丈夫だよ。それに、好戦的な子達はゴリアテが相手するから」


「なんで俺なんだよ!?」


 いや、カオスの転生体っていうめちゃくちゃ強い存在じゃん。多分、ゴリアテならヴォルガルド達とも正面から殴り合えると思うよ? 知らないけど。


 と、そんなワチャワチャをしていると、何故か街道沿いに生えている大量のカリフラワーに視線が吸われる。何この謎の畑……畑なのかな?


「あれはハンターフラワーだな。獲物が近付くと、あの硬く白い部分で殴ってくる」


「アレもモンスターなの!? しかも、狩り方がめちゃくちゃ物理!?」


「ちなみにだが、レンガくらいなら余裕で砕ける硬さを持ってるぞ、アレ」


 何そのカリフラワー、食べようとしたらめちゃくちゃ歯が折れそう。茹でても絶対柔らかくならないやつじゃん。


 ハンターフラワーは獲物が近付くと茎の部分を伸ばして、白い部分で思いっきり獲物を殴るモンスターらしい。


 その威力は凄まじく、生身で受けたらまず間違いなく骨が折れるか砕けるそうだ。盾越しでも腕が痺れそうになるくらいなんだから、多分下手な金属より硬いのかもしれない。


『む、あれはホーンサーペントか。随分と大きく育ったものだな』


「ホーンサーペントは見た目通りの一角大蛇ね。まぁ、ウチじゃあんなのは珍しくも何もないんだけど」


 ヒビキのコメントが若干辛辣だが、確かに額から角が生えているくらいだと、ウチじゃモブ枠のモンスターになっちゃうね。


 それはさておき、ホーンサーペントは見た目通り額の角が武器の白蛇。しかもニシキヘビサイズが標準なので、正直に言えばめちゃくちゃデカい。


 特に今顔を出している子は恐竜並みに大きくなっている子なので、その威圧感も中々のもの。百鬼夜行の面々には劣るけどね。


 額の角は武器だけじゃなく、モズの早贄みたいな感じで非常食を突き刺しておくことにも使われるらしい。なんか、すっごく生臭くなりそうだなぁ……


「……お、あれウォールハーミットじゃね?」


「ホントだ。こっちの方だと結構珍しいんじゃないか?」


「海岸沿いだと見ないことはないが、ここはまだまだ内陸の方だからな」


 そんな中、いつメンが盛り上がったのはここのボスらしきウォールハーミットという巨大なヤドカリ。


 曰く、そのウォールハーミット自体は沿岸部だと割と見掛けられる種のモンスターであるらしいのだが、内陸のモンスターとして見掛けることは早々無いらしい。


「あれ、二つ名持ちなんだね。『立ち塞がる巨獣』って付いてるよ」


「……ヤドカリなのに巨獣なのか」


 確かにしっくりはこないけど、巨蟲というのもなんか違和感がある。って、別にそこは気にしなくてもいいだろう。


 ウォールハーミットは背中に巨大な岩盤を背負っているヤドカリで、その頑丈さはウォールと名前に付くほどのもの。


 ちょっとやそっとの攻撃では傷一つ付かず、超重量級の体は簡単には動かない。なので、街道で立ち塞がって通行止めをしている時があるそうだ。


 倒そうにも頑丈だし、ハサミが危険なので迂闊に近付くこともままならない。あと、結構おっとりしているので魔法を当てられても無視することもあるとか。


「でも、流石に百鬼夜行の前に立ち塞がる度胸は無かったみたいだね」


「俺なら、持ち上げられるゾ」


 確かに、アステリオスの剛力なら簡単に投げ飛ばせるだろうけど……


「……さっきから静かだと思ってたけど、何を運んでたの?」


「ディッケ・ベルタが、車輪を引っ掛けていタ」




――――そう言ったアステリオスの肩には、巨大な迫撃砲が二門も担ぎ上げられていた。

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