第623話
ヘイズルーンに加えてアウズンブラという想定外の子と合流した私は、そのまま二頭を連れて回収地点として伝えられていた隠れ里に向かって進んでいた。
「君達も無理についてこなくてもよかったんだよ?」
今はアウズンブラの背中に乗せてもらっているのだが、護衛役として私を乗せてくれたユウティラヌスとホワイトクロースパイダーの群れが引き続きついてきてくれている。
本来ならば特定のエリアから離れることは少ない筈なのだが、私を守る為に態々縄張りから出てきてくれたらしい。
まぁ、流石に指輪の力を使って呼び直してはいるんだけどね。その厚意には感謝の一言しか言いようがない。
さて、そんなユウティラヌス達と共に合流地点に向かって真っ直ぐ突き進んでいるわけなんだけど、近くの湖っていうのは何処にあるんだろうか?
「湖……もしかして、アレかな?」
遠目から見て、スケートリンクのように凍りついた湖面らしきものは見つけることが出来た。
ただ、ノルドだからアレが湖ではなく水たまりが凍りついたものであることも否定出来ない。ま、わからないなら直接近寄って間近で見ればいいだけの話なんだけどね。
アウズンブラがノッシノッシと雪を吹き飛ばしながら前進し、その後ろをヘイズルーンが元気良くついてくる。
ユウティラヌスはアウズンブラの後ろではなく斜め後方で辺りを警戒しながら爆進していて、クモ達はモソモソと雪の中を泳ぐように掘り進んでついてきているようだ。
それと、今のところここの近辺で他のモンスターを見てはいない。もしかして何か特殊なエリアだったりするのかな?
「おぉ……やっぱり湖だ……」
遠目から見ていて凍っていると思っていたその湖は、近くで見るとめちゃくちゃ大きかったのがよく分かる。
何せ、私が見えていたのは湖の外周部だけ。中央は割れた氷が浮かんでいて、ここが湖なのだとハッキリ分かる状態になっていた。
ところで、これ氷の上に乗ったら割れて湖にボッシュートとかないよね? 流石にそれは……いや、私の耐性だと死なない、のか?
そんな事故が起きたらどうしようか、と考えていた私だが、流石に杞憂でしかなかったらしい。
堂々と氷の上に足を踏み出して突き進むアウズンブラ。ユウティラヌスも割と力強く足を踏み出しているが、氷が割れる様子は一切見られない。
まぁ、そう簡単にバキバキ割れたら色々と致命的ではあるか。木の上の戦いで踏み込みをしたら地面が砕けて折れました、みたいな感じだと苦情が殺到しそうだし、ここもそんな感じの設定なんだろう。
「……なんかいっぱいいない?」
さて、そんな湖の上なのだが何故かわからないけれど明らかに普通のモンスターじゃなさそうな生き物の影が、湖面が露出した場所に固まっている。
遠目から見た感じだと……イノシシとヤギ、ウマの三種類かな?
私達が近付いてきたことで顔を上げてこちらを見ているが、口周りがビショビショに濡れていることから湖の水を飲んでいたことが一目で分かる。
「えっと……皆、ヘイズルーンと同じ感じなんだね」
私の言葉にそっと目を逸らす彼ら。ヘイズルーン同様に、トール達の元にいるのにちょっと飽きて仕事を放り出してサボっていたようだ。
取り敢えず、友人帳には彼らの分で六ページ程新しいページが増えていたので、順番に見ていくことにする。
最初はイノシシから始まっていて、金毛の子がヒルディスヴィーニ、銀毛の子がグリンブルスティというようだ。
何方も騎獣としての仕事があるらしく、ヒルディスヴィーニはフレイヤ、グリンブルスティはフレイという神様を乗せているらしい。
普段は比較的大人しく、ドングリを好んで食い漁る食いしん坊であるらしいが、いざ戦いとなるとその背に主を乗せて臆することなく敵に突っ込む。
何なら背中に誰もいなくても単騎で突っ込んで大暴れするくらいだ。長めの牙も丁度いい武器のようで、ラグナロクの時も天使達をボッコボコにしたという。
「えっと、君達がタングリスニとタングニョーストだね」
メェと鳴く二頭のヤギがタングリスニとタングニョースト。そっくりの見た目で、タングニョーストは歯軋りがとてもうるさいらしい。
トールの戦車を引っ張るヤギで、皮と骨さえ残っていればミョルニルを振る度に復活するそうだ。その為、トールの非常食にもされているとか。
そりゃ仕事をほっぽり出して逃げ出したくもなるよね。何度でも復活できるとはいえ、食べ放題だからと食われ続ける生活は御免被るって話だ。
そして、同じように戦車を引いているのがアールヴァクとアルスヴィズという二頭のウマだ。
ソールとマーニという神様が太陽と月を運ぶのを手伝っているそうで、熱くなり過ぎないように乗り物を引く時はふいごを使って体の熱を冷ましているらしい。
因みに、スコルとハティにめちゃくちゃ追い掛け回されているそうだ。そう言えば、あの二匹って太陽と月を食べるって話があったような気がする。
「まぁ、偶にはサボるのもいいと思うよ。仕事ばっかり詰め込んでも駄目になっちゃうだろうからね」
何事も程々が一番。度が過ぎると体を壊す原因になるし、無理はしないで休めるなら思いっきり休んだ方がいいと思う。
特に今は大分ピリピリしつつある時期だからね。彼らも命を賭して戦わないといけない時が来る。
その時に過労で動けませんってなったら、色々と致命的過ぎる。今のうちにサボれるだけサボっちゃいな、皆。
『いやぁ、いい事言う嬢ちゃんじゃねぇの!』
『異界人にしては中々面白い娘のようだな』
ヒルディスヴィーニ達に向けて送った言葉だったのだが、どうやら他にも聞いていた者がいたらしい。
湖の中央からヒョッコリと顔を出す大きなヘビと、翼を広げて降りてくる白と黒の巨竜。
明らかに只者ではない彼らは、面白そうなものを見る目で私を見ては、互いに片目を合わせて色々と話している。
「えっと、はじめまして。私はアマネと言います」
『おぅ、知ってるぜ。俺ぁ反転龍ユラン・ジラントって名のしがない古代龍だ』
『我はヨルムンガンド。ジラントの友だ』
白い背中と黒い腹部の巨竜は反転龍ユラン・ジラントという古代龍らしい。二つ名は『表裏の蛇龍』で、体はヘビのように長く一対の大きな前脚と翼だけが体から生えている。
反転龍であるジラントは名前の通り『反転』することを得意としていて、相手の攻撃の属性を相反するものに入れ替えたり、自らの耐性を反転させて一時的に強くしたり出来るそうだ。
今は背中側が白くてお腹が黒くなっているが、気分転換でその色はちょくちょく反対になっているらしい。
そして、もう一方のヨルムンガンドというのは私も知っている。確か、北欧神話に出てくるめちゃくちゃデカいヘビの名前だった筈だ。
強力な毒を有する大蛇で、この世界ではラグナロクの際に天使と神の軍勢を相手にヘル達を逃がす壁となった過去がある、仲間思いのヘビなんだとか。
その体は世界を一周して絞め付けられる程で、ヘル達を逃がす時もその体の大きさを利用して敵の神を絞め殺し、空を飛ぶ天使達を毒霧で虫のように地へ落としていた。
ただ、ラグナロクで負った傷は並々ならぬものだったらしく、その傷を癒やすために長い間この湖の底で眠っていたらしい。
『俺の縄張りの一つがここでな。偶々起きてきたコイツと会って、そのまま仲良くなったんだよ』
「へぇ~っ! そんなことがあったんですね!」
『あまり動けぬ我に代わって、外の情勢を教えてくれる数少ない友であるからな』
どうやら、ジラントとヨルムンガンドの仲はかなり良いみたい。あ、そう言えばロボとロキの事をヨルムンガンドにも伝えないと駄目だよね。
「えっと、ヨルムンガンドさんに伝えたいことが二つありまして、まずロキ様のことになります!」
『ロキ様は、どうなったのだ!?』
私がロキの名前を出した途端、目を見開いて動揺を隠し切れずに声を荒げるヨルムンガンド。ちょっと湖面の水がアウズンブラ達の足元を濡らしたが、私に害は無いので良しとしよう。
「ロキ様は存命です。私達が見つけた時は瀕死の重傷ではありましたが、今は世界樹のうろにて療養中でございます」
『そうか……! それは、ロボの奴も喜ぶだろうな』
「えぇ、そうでしたよ。ロキ様を助ける時に大分無茶をしましたが、今は元気に駆け回りながら奥さんを守ってますから」
『……ロボに、妻が!?』
ふふ、ヨルムンガンドの表情が豊かで話すのがとても面白い。これは、暫くロボとブランカと、友達であるジェヴォーダンの話を聞かせてあげた方がいいかもしれないね。
――――私が一頻り話す間、楽しそうに表情を変えるヨルムンガンドと、それに釣られてコロコロと体の色を変えるジラントがそこにいて、それは素晴らしい程の笑顔を隠すこと無く浮かべていた。
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