第624話

 ヨルムンガンド達と別れた私は、アウズンブラ達を引き連れて合流地点である隠れ里の入り口を探していた。


 ヨルムンガンドがいた氷湖の近くの森にその隠れ里の入り口があると聞いていたのだが、針葉樹の森の中にそれっぽいものは全然見当たらない。


 まぁ、隠れ里の入り口がそう簡単に見つかるわけがないとは思ってるけどね。もしアッサリ見つかったとしたら、それはもう隠れ里してないような気がするし。


「……あ、これっぽい、かな?」


 フラフラと適当に歩き回っていると、それっぽい茂みと言うか、柊の飾り物らしき何かを見つけた。


 試しにその飾り物に軽く触れてみると、何処からともなくベルの音が鳴り響き、次いでヘイズルーンが一鳴きして先導し始める。


 どうやら、隠れ里の入り方をヘイズルーンは知っているようだ。先頭を歩くヘイズルーンの後をついていくアウズンブラは、こちらも迷うこと無く確とした足取りで森を突き進んでいく。


「あ、ここが……!」


 そうして針葉樹の森を抜けた先には、ログハウスの建ち並ぶとても明るい町が広がっていた。


 雪の積もった屋根ばかりの町並みは、何処かメルヘンさを感じさせている。あ、レンガ造りの家も何件かあるね。


「おぉ、アマネ! よく、来た……」


「あ、トール様!」


 ぶんぶんと手を振りながらこちらに近寄ってくるトールを見つけたが、何故か途中でその勢いが止まってしまったし、その顔はあんぐりと大口を開けて目を見開いている。


「ホゥホゥホゥ! トール様も予想外だったかの!」


「随分と大勢引き連れてきたもんだな。お、こっちだこっち!」


「あ、は〜い!」


 ポカンとしているトールを放置して、こっちに手招きする白髭のお爺さん二人の元へ移動してもらう。


 というか、片方のお爺さんの格好が赤服に赤い帽子なんだけど、もしかして…………?


「ようこそ、アマネちゃん! ここが儂等の隠れ里! 子供達に夢を届ける工房の町じゃよ!」


「はじめまして! あの、もしかしてサンタクロースさんですか?」


「如何にも! 儂が町長のサンタクロース! 隣におるのは我が友人のジェド・マロースじゃよ!」


 恰幅のいい白髭のお爺さんはやっぱりサンタクロースだった。そして、隣にいる青い服のお爺さんがジェド・マロースという方らしい。


 後で調べたけど、ジェド・マロースもサンタクロースと似たような人みたいだね。というか、調べてみるとサンタクロース的な人の話が結構見つかった。


「取り敢えず、そこの席に座ってくれ。流石に客人を立たせっぱなしは気が引けるからな」


「あ、お気遣いありがとうございます!」


 ジェド・マロースに促されるままに屋根付きのウッドデッキに設けられた席に座ると、サンタクロースとジェド・マロースも対面の席に座る。


 丸太を切り出した長いローテーブルの上には豪華な料理が用意されていて、特にローストチキンはホカホカと湯気を漂わせながら空腹感を刺激する香りを漂わせている。


「少し早いが夕食には丁度良いと思ってな。ヘイズルーンのみならず、アウズンブラも連れてきてくれた礼も兼ねている」


「遠慮なく食べてくれて構わんよ! 儂、人を持て成すのが好きじゃからの!」


 サンタクロースは人を持て成すのが好きらしく、今回の為に態々スープの仕込みもしていたそうだ。


「ありがとうございます! それじゃ――いただきます!」


 ジェド・マロースがフォークとナイフを手に取り、ローストチキンを切り分けて私の皿に乗せてもらったので、遠慮なくそのチキンをフォークで刺し口に運ぶ。


 パリパリの皮と味わい深いソースの噛み合った味に加え、一噛みでホロホロと崩れる肉の旨味が素晴らし過ぎる。


 このローストチキンもサンタクロースが焼き上げた後、一晩掛けてじんわりと内側に火を通した代物であるそうだ。少なくとも、私の貧弱な語彙力が更にボロボロになるくらい、筆舌に尽くし難い絶品だった。


「しかしまぁ、随分と大勢連れてきたもんだな。あのトールが追い掛け回されてんのは久々に見たぞ」


「んぐ……ロボも呼んであげようかな?」


 ジェド・マロースが私の後ろを見ていたので、私も気になってチラッと後ろを見て、その光景に食べていたものを喉に詰まらせそうになった。


 後ろで起きていたのは、トールがヘイズルーンやアウズンブラに追い掛け回されている姿。ヒルディスヴィーニやグリンブルスティも混じっているので、追い付かれたら大事故待った無しだろう。


 ただまぁ、結構楽しそうなので止めに入る必要は無さそうだ。そのままあの子達の気が済むまで面倒を見てもらおう。


「お、やっと来たのか」


「済まんな。ちと物見に時間が掛かってしまった」


 そんな中、ジェド・マロースに片手を上げて言葉を返す黒服のお爺さんが、サンタクロースの隣の席に座ってこちらを見てきた。


「はじめまして。儂はクネヒト・ループレヒト。トール様の依頼でちょくちょくヴェラージの南を偵察しているしがない爺だ」


「南……帝国の占領地ですか」


 ヴェラージの南は帝国軍が進駐している植民地。天使達による監視もあるであろうヴェラージ南部で、よく偵察が出来たものだ。


「儂らは人に気付かれずに動くことが大得意じゃからのぅ。本来の仕事も、あの悪人共がいなくならん限りは再開するのも難しいんじゃ」


「確かに、仮に見つかったとしたら即座に迎撃されそうですよね」


 夜中にプレゼントを届けるサンタクロースも、帝国の関係者からしたら夜間に空を飛ぶ不審者だ。見つかった瞬間、厳戒態勢で即座に迎撃の為の攻撃が始まることだろう。


 ただ、監視網としてそこまで緩い筈ではない帝国の領内を偵察出来る辺り、色々な意味で流石というべきなんだろうか。


「トール様から話は聞いている。漸く、儂等が本来の仕事に戻れる時が近付いてきたようだな」


「まだ不確定な未来ではありますけどね」


「よく言うぜ。あんだけデカい同盟作っておいて『不確定』な未来なわけねぇだろうがよ」


 あ、どうやら鬼ごっこは終わったらしい。疲れた様子を見せたトールが、ドカッと椅子に座って卓上のジョッキを掴んで一息で飲み干す。


「はぁ〜……取り敢えず、ヘイズルーンにアウズンブラと、逃げ出してた奴らは後でヴァルハラに連れていく。手間取らせて悪かったな」


「いえいえ、友人の頼み事を聞いただけですから」


「その割にリターンがデカ過ぎるんだよな……ま、それでこそアマネって言えるんだが」


 まぁ、当初の予定だと連れてくるのはヘイズルーンだけだったからね。アウズンブラとかサボってた子達とか、追加で連れてきた子がちょっと多かったかもしれない。


「で、だ。こっちも既に出兵の準備は整ってる。本来エインヘリャルになる筈だった英霊の多くが向こうの冥界に持ってかれてるのがちと痛いが、まぁどうにかなるとは思うぜ」


「ハデス様伝いでその人達の誘致は出来ないんですか?」


 この間の会合の際に、その手の話をすれば裏ルートでその人達を移籍させることも出来たんじゃないか。


 そう思っていたのだが、どうやらそう簡単にどうこうできる話では無かったようだ。


「それについてハデスの奴に聞いてみたんだがなぁ……ティターン神族や向こうの都合が悪い手合を封じてるタルタロスって牢獄が、丁度その冥府の入り口の上にドン! と乗っているらしいんだよ」


「……成る程。つまり、そのタルタロスを退かすなり何なりしないと、冥界に落ちた人達を解放させるのは難しいってことですね」


「そういうこった。十人くれぇの少人数なら出すのも難しくはねぇが、冥界の管理をしてるハデスを手間取らせてまでって程でもねぇからなぁ」


 何でも、冥界の入り口を蓋するようにタルタロスと呼ばれている神々の監獄が配置されており、冥界から人を出すには少々手間が掛かってしまうそうだ。


 というのも、タルタロスの鍵自体はハデスが所持しているのだが、タルタロスがあるのはポセイドンが治める領域。


 なので、タルタロスを勝手に開けるとすぐにポセイドンに察知されて、色々と面倒なことになってしまうそうだ。


「俺等からも開けるのはやり合う時で良いって伝えてあるからな。ま、アマネのお陰でかなり優位には立てている状況だ。そこまで気にする必要はねぇと思うぜ」


「アマネちゃんが頑張っているのはよく聞かされておるからのぅ! これ以上の謀は儂らにぜーんぶ任せちゃっていいんじゃよ!」


 そう言って笑うサンタクロース。ところで、私の横でトナカイとか黒い毛むくじゃらの狼みたいなのとか小人とかいっぱい集まってるんだけど、これについては触れなくていいんだろうか?


「あぁ、そうそう。そこのトナカイはルドルフ。小人共はユールラッズ、黒いのはクランプスだ。この場所で働いてるやつだから、適当に覚えて帰ってくれればいいぞ」




 えぇ……なんか、スッゴい雑だなぁ……他の子も対応悪過ぎて唖然としてるし……

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