第625話

 おはようございます。昨日は御厚意に甘える形で、その日の宿を貸してもらい一晩を過ごさせていただきました。


 ヒンヤリとした空気のお陰で寝覚めは大分スッキリしたものになっている。窓の外を見てみると、小降りではあるがチラチラと雪が降り始めていた。


「あ、そんなに跳ねなくてもわかるから大丈夫だよ」


 ベッドの下でぴょんぴょんと跳ねているのは、ジャックフロストという霜の妖精だ。


 雪と氷で出来た体は、二段重ねの小さな雪だるまと言うのが相応しい。大きさも足先から膝くらいまでの大きさなので、マスコット感がとても強い。


 ただ、これでも霜の妖精でかなり強力な部類であるらしく、敵として戦うと一気に雪を吸収してその体を巨人のような巨体に変化させる。


 雪や氷があれば再生も早いので、瞬間火力か周りの環境をどうにかしないと倒すのは難しいだろう。まぁ、私にとっては親しい友人なので倒す必要なんて無いんだけどね。


「さ、今日はヴェラージの方に行ってみようかな」


 軽く身支度を始めつつ、今日向かう場所を何処にするか軽く見積もっておく。


 ここからだと南下する形でヴェラージとノルドの国境となる山脈へすぐに現着出来るので、今回は久々にヴェラージに遊びに行こうかと思う。


 一応、今回は依頼とかが無ければ物見遊山をメインにしているからね。偶にはゆっくりするのも大事だって言われたら、まぁゆっくり出来るように気ままな旅に没頭させてもらうってことで。


「さ、朝食を食べたら早速出発だね」


 今日の朝食もサンタクロースが作ってくれるらしく、もう既に絶品の料理であることがほぼ確約されていると言っても過言ではなくなっている。


 私は、軽く鼻歌を歌いながら今日の朝食に心からの期待を込めて、身支度を済ませて昨日と同じウッドデッキにゆっくりと向かっていった。
















 今日の朝食はベーコンエッグに蜂蜜を塗ったトースト、チキンやエビが軽く盛り付けられたサラダと中々豪華なものだった。


 その後、ちょっと多めの朝食でお腹がいっぱいになった私は、ジェド・マロースが使うソリに乗ってヴェラージの山の近くに下ろしてもらっていた。


「ホントにここでいいんだな?」


「えぇ。このまま軽く山を下りながら、色々な子に挨拶をしてこようかと思っています」


 ヴェラージにはまだ未踏の地が……というか、ヴェラージに限らず行ったことのない場所は沢山残っているからね。


 現地の子と仲良くなれば、来客という形でクランホームも賑やかになる。ハッキリ言って寄り道も脇道も逸れまくってOKなんだよね。


「それじゃ、良い旅になることを祈ってるぜ」


「ジェド・マロースさんも、お元気で!」


 ルドルフの引くソリに乗って、隠れ里へと戻っていくジェド・マロース。ここからは何か依頼でも来ない限りはヴェラージ方面をのんびりと旅することになるだろう。


「取り敢えず、麓の方に行こうかな」


 快晴の空の明るさと草木の緑が映える山を、直感に従ってゆっくりと下りていく。


 照り付ける太陽はそこそこ熱いが、程よく風が吹いていることもあってダラダラと汗をかく程でもない。


 下草も長くてふくらはぎ程度なので、歩いていて邪魔になることもない。今度はユーリ達と一緒にここでピクニックをしてもいいかもね。


「っとと、こんにちは! それとはじめまして!」


 そんな広めの高原を歩いていると、空から大きく翼を広げた猛禽類のような鳥が、ゆっくりと私の近くに降下して地面に下り立つ。


 その際に下草がザクザクと刈り取られていたが、それもまぁ鳥の体を見たら無理もない話だと言える。


 その鳥は名前をアシパトラといい、なんと翼や脚の爪が鋭い刃のようになっているのだ。特に翼は死神が持つ鎌と言うのが相応しいくらいで、通過したものを紙のようにアッサリと斬ってしまう。


 そこまでタフというわけではないようだが、すれ違いざまに刀剣のような鋭い刃が通り抜けると考えると侮れるような相手でもない。


 尤も、爪も刃物として充分な切れ味があるので、今みたいに地面の上に下りることが多いようだ。まぁ、そんな爪で木の枝に止まろうとしたらスパッと斬れちゃうよね。


「ふふっ。後で君達用の止まり木も作ってもらうように頼んでおくね」


 ウチのゴーレム達なら、アシパトラの刃で斬れない金属製の止まり木を作ることもできるだろう。偶には息抜き代わりにそういった小物を作るのもいいと思うしね。


「……そちらの方々も、はじめましてですね」


『おやおや。随分と勘の鋭い……いや、そこの魔鳥がバラしたのか』


 私がアシパトラが見つめる先に対してそう話すと、ガサガサと高めの草むらの中から姿を現す大勢のコボルド達。


 中でも白っぽくて嗄れた声のコボルドは、こちらの言葉を理解して私に言葉を返してくれた。


『さて、はじめましてだね。可憐なお嬢さん』


「アマネと申します。貴方が、この群れの長ということですか?」


『その通りだよ。尤も、戦働きも出来なくなっちまったタダの老いぼれだがね』


 クックッと独特な笑いを返すコボルドは、老いぼれと言いつつも何処か老練さを感じさせる佇まいでこちらを見ている。


『で、嬢ちゃんはどうしてこんな辺鄙な場所にまで来たのかねぇ?』


「言ってしまえば物見遊山。ついでに言えば、貴方達のような現地の住人と仲良くなって、ウチのクランホームに遊びに来てくれたら尚良し! とかその程度の理由ですね」


 ゼウスと戦う時の戦力という意図が無いわけでもないが、メインはやっぱりこれだろう。


 ウチのクランの目的というか目標は、世界中のモンスターと仲良くなって目指せサファリパーク! みたいな感じだからさ。


『成る程、成る程……どうやら、随分と面白い客人のようだね。いいよ、話を聞こうじゃないか』


 そう言って、こっちについてくるようにと軽く手招きをする老コボルド。他のコボルド達も、警戒心の欠片も見せずにその後をついていく。


 私も遅れないようにその後ろを歩いていくが、ふと空を見てみると大量のアシパトラ達が飛んでいる姿が見えた。


『やれやれ、全く。あの魔鳥が集まるとウチの犬達がビビっちまうんだけどねぇ』


「コントロール不可なのでその点に関しては御容赦願います」


 近くの木立の奥へ進むと、そこには遊牧民が使うゲルのような天幕が建ち並ぶコボルド達の集落が広がっていた。


 アチラコチラで武器を砥いだり投擲や弓などの武器の練習をしているコボルドもいることから、ここが彼らの拠点であることはすぐにわかった。


『アッシらはマーセナリーコボルドっつぅ雇われ仕事を請け負うコボルドでね。出すもん出してくれるってんなら、例え相手が異界人だとしても喜んで雇われてやるよ?』


 成る程、彼らは傭兵ということか。集落の建物が天幕なのも、仕事が無くなったり都合が悪くなったりしたらすぐに退去出来るようにする為なのだろう。


「出せるものというと、つまりはこういう物ってことですよね」


『……おっと、失敬。随分と気前が良くて思わず驚いちまったよ』


 私がマーセナリーコボルドの老爺に見せたのは、木箱一杯に詰まった宝石の山だ。多分、金貨や銀貨より価値があるんじゃないかと思う。


 後、私の方で出せるとしたら彼らが使うような武器類や食材の類だろうか。体格は少し小柄寄りではあるけれど、一般的な人間と然程変わらないので大体の武器は扱うことが出来るだろう。


 それを提供するのも悪くはない。何なら余りがちな毒の類も提供しても、正直問題はないように思える。


『アッシら全員を雇うとしても、この箱一つで数十年は専属契約が出来るくらいだよ』


「……因みに、相手が神の手勢だとしても同じ金額なんですかね?」


『……相手にもよるさね。神相手にドンパチやるってんなら積まれてもキツいって話だが、例えば天使みたいな下っ端くらいなら相手を引き受けてもいい』


 彼らも神相手に武器を構えてどうこうするというのは御免被るらしい。でも、天使相手ならやり合ってもいいってことらしいし、そちらの線で依頼してもいいかもしれないね。


「なら、もう一箱付けるのでちょっと雇われてください。敵は帝国と、その裏で贅を尽くす主神の一派」


『成る程、何処が相手かと思ったら帝国絡みかい。それなら是非も無いよ。アッシらもこのまま畜生扱いで滅ぼされちゃ堪らんのでね』


「場所はヴェラージ。南部の奪還に助力する形でお願いします」


 マーセナリーコボルド達もあの帝国の侵攻を受ければ、まず真っ先に害獣として駆逐される可能性がある。このまま他人事として放置するつもりは無かったのだろう。


『久々の大戦になりそうだね。神の相手は神に任せちゃえばいいんだろ?』


「えぇ、勿論。友人帳に名前を記していただければ、武器や食料の提供も致します」


『ハッ! そこまで手厚く支援してもらえるんなら、相手が神だろうとやり合うしかないねぇ!』


 ニンマリと牙を剥き出しにして笑う老爺。周りのコボルド達もヤル気満々で闘争心が露出した笑みを浮かべている。


『動けるやつから南に行くぞ! とっとと足の準備をしておきな!』


 老爺の号令に遠吠えで応えるコボルド達は、次々と大きな犬達に荷物を積んで移動の準備を始めていく。


 ここのコボルド達が騎獣として使っているイヌは三種類いるそうで、それぞれ役割が違うらしい。


『嬢ちゃんも南に行くんだろ? なら、このまま一緒にちょっとした旅と洒落込もうじゃないか』


「なら、私は吟遊詩人としてついていくとしましょうかね」


『カッカッカ! 歌姫様を吟遊詩人扱いたぁ、随分と贅沢なキャラバンだねぇ!』


 コボルドの老爺は、膝を叩きながら大笑いして椅子から転げ落ちそうになっていた。

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