第626話

 マーセナリーコボルド達が移動を始めたので、私もそれに同行する形でのんびりと山を下りていた。


 率先して前を駆けるコボルドの騎兵は、チェイサーウルフという足の速いオオカミに乗って周囲に危険が無いか偵察している。


 チェイサーウルフはマーセナリーコボルド達が使役しているモンスターで、足が非常に速く獲物を捕捉したら決して逃さないことで有名なんだとか。


 戦闘能力も高いという程ではないが群れになればそれも補えるし、何よりマーセナリーコボルド達と一緒に戦うことが前提みたいなところもあるので、彼らの役目は基本的に索敵と乗り物がメインとなる。


 じゃあ戦闘の際はどうなるのかと言えば、そちらはもう一方のマッシブドッグという筋骨隆々な猛犬達が請け負っている。


 マッシブドッグはとても逞しいブルドッグ系の犬種のモンスターで、そのパワーは大抵のモンスターを容易に屠れる程のもの。


 特に筋肉で硬くなった体を活かした爆速のタックルは超強力で、バイソンのような大型のモンスター相手でもその頭部を変形させる程の威力がある。


 噛む力もかなり強いので、戦闘面は専ら彼らの役目であるのだ。実際、彼らも強い相手と戦うのは嫌いじゃないみたいだしね。


『どうだい? 荷駄役とはいえ、そこまで乗り心地は悪くないと思うが……』


「モフモフしててすっごくいいです」


 さて、三種の中の最後。こちらは戦闘というより運搬作業の為に使役されている子で、名前はキャリアバーナードという。


 バーナードとあるように、犬種はセントバーナードなのだが、その大きさはミニバンサイズ。積載量も中々のものらしい。


 実際、彼らは折り畳んだ天幕や物資が入った木箱、そしてコボルド達を乗せた上で、かなり軽い足取りでズンズンと突き進んでいる。


 戦闘面だと攻撃力に少々乏しいようだが、それでもかなりタフなのでタンク役として体を張ることもそれなりにあるらしい。


『しっかし、嬢ちゃんがいると旅路が穏やかでいいねぇ。普通ならもう既に一度か二度は大きい群れと出会してると思うんだがね』


「平和なのが一番だと思いますよ」


 尤も、今はそんな彼らもお散歩気分。何せ私がいることで早々モンスターの襲撃なんて起こり得ないのだから、暇を持て余して遊び始める子達が出るのも無理はない。


 勿論、もし襲撃者が現れたら率先して戦ってくれるんだろうから、多少の息抜きやお巫山戯には目を瞑るべきだと思うけどね。


「あ、挨拶に来た子がいるみたいですね。ちょっと行ってきます」


『降りなくていいよ。このままそっちに向かわせてやるから』


 コボルドの老爺がバーナードに指示を出して、近くの森から出てきた大きなヤマネコの方へ向かうように促す。


 大きな荷物を運んでいるので、枝葉の多い森林地帯を軽く迂回する形で移動していたのだが、どうやらこちらのことが気になった向こうから挨拶に来てくれたみたいだ。


「こんにちは。ちょっと近くを通ってたんだけど、うるさかったかな?」


 私の挨拶と言葉に対してンナァ〜と可愛らしい鳴き声で挨拶と返答を返してくれるヤマネコ。トラのような大きい体だけど、鳴き声はとても可愛いんだね。


 このヤマネコはタイガーリンクスという名前で、トラのような柄と体格からその名が付けられたモンスターであるらしい。


 身のこなしはヤマネコのように軽やかで、爪や牙の攻撃力はトラのように強い。普通に戦うとなると苦戦必須の強力な相手だ。


 尤も、ゴロゴロと喉を鳴らしているその姿からは危険性のきの字も感じられないけどね。


『ここらの奴らは割と気が荒い筈なんだけどねぇ。嬢ちゃんがいるなら話は別ってことかい』


 何処か呆れた様子で寝転がるタイガーリンクスを眺める老爺。あ、そう言えば老爺の名前とか聞いてなかったなぁ。


「今気付いたんですけど、長の名前は?」


『あ? 特に明確な名があるわけじゃないが……まぁ、名乗る時はジョン・ドゥって名乗ってるね』


 ジョン・ドゥ、つまりは名無しの権兵衛ということか。まぁ、取り敢えずジョンさんとでも呼ぶようにしておこう。


「あ、どんどん森から出てきてるね」


『嬢ちゃんは誘引剤が何かなのかい……?』


 そこまでゆっくり移動しているわけでもないので、こうしている間にもどんどん森の中から色んな子達が挨拶をしに姿を現してくる。


 目立っているのはジャイアントディアというシカのモンスターで、その大きさは体だけでも3mくらいはあるんじゃないだろうか。


 角も入れたらその倍以上の大きさにもなるし、脚なんてまるでサイかゾウみたいに太くなっている。


 非常にタフな上に攻撃力も高く、角は近接武器だけでなく岩や丸太などを放り投げる投石器としても使うことが出来るそうだ。


 そうでなくとも大きく伸びて枝分かれしている角なのだ。その先端を向けて突進してくるだけで充分な脅威であると言えるだろう。


 そして、その足元をトコトコと歩いている筋骨隆々のとんでもなくムキムキなヤギ達。ヤギのボディビル大会があったとしたら、まず間違いなく優勝間違い無しの筋肉度合いだ。


 名前もマッスルゴートとそのまんま。だが、戦闘能力は筋骨隆々な体から分かる通りめちゃくちゃ高い。


 何しろ目に見えて分かる程に鍛えられた筋肉を有しているのだ。その筋力を活かした突進は、一撃で城壁をぶち抜いて大穴を開ける程の威力になる。


 勿論、硬い石を積み上げた城壁でそれなのだから、生身で受けたらぶち抜かれるどころか弾け飛ぶかミンチになるかのどちらかだろう。


「強そうなクマさんも来ましたね」


『クマさんで片付けていい手合じゃないと思うんだがなぁ……』


 私が強そうなクマさんと称したのは、全身に岩の装甲を纏ったグリズリーだ。


 名前もガイアグリズリーで、大地の力を纏うかなり強力なクマであるらしい。


 その岩盤の装甲はマッスルゴートの突進を容易に受け止められる程に硬く、ジャイアントディアの角も全く歯が……いや、角が立たない。


 物理攻撃にかなり強く、タフネスも中々のもの。魔法なら効くことには効くが、かといって弱い魔法だとダメージにはならない。


 敵として出会ったらかなり厄介な相手だと言える。尤も、懐っこい現状だと厄介な相手ではなく頼りになる護衛と言うべきだろうけどね。


『……おっと、こりゃ驚きだ。嬢ちゃん、侮れん相手がこっちに来てるようだよ』


「侮れない相手?」


 私の疑問にジョンが答えるより先に、森の奥から軽い地響きと共に大きな灰色の体がこちらに向かって突き進んでいるのが目に入った。


 バキバキと木をへし折りながら現れたのは、大小様々な古傷が全身に刻まれた巨象。長く大きな象牙にもビッシリと傷が刻まれていて、如何にも歴戦の猛者の雰囲気を漂わせている。


「グレーエレファント……?」


『アイツはラーディン。帝国の軍勢を単騎で壊滅させた正真正銘の怪物だよ』


 ジョンが言うには、あのラーディンというグレーエレファントは帝国の支配下にあるヴェラージ南部に住んでいた群れの長であるらしい。


 元々森の中で平穏に暮らしていた彼らだが、帝国の支配下に置かれたことで彼らの生活にも亀裂が走ってしまった。


 森を切り開いて農地にしようと画策する官僚と、彼らの象牙を欲した貴族。そして、素材が金になると知っている帝国軍の兵士達が、グレーエレファント達を狩るようになったのだ。


 幾らグレーエレファントが強力なモンスターであると言っても、多勢に無勢という言葉を覆せる程ではない。


 幾つもの群れが帝国軍に攻撃され、伴侶や家族を守ろうとし戦ったグレーエレファントが次々と倒れ、その牙を剥ぎ取られていく。


 そうしてヴェラージ南部から北へと追い込まれていたグレーエレファント達は、たった一頭で暮らしていたある同族を群れの長とした。


 それこそが、ラーディン。北の地にまで押し寄せてきた万を超える帝国軍に対し単騎で突撃し、バリスタや砲弾を悉く弾き飛ばして、その二本の牙で帝国軍を蹂躙した最強の長である。


『ここらの森に住んでいるのは知ってたが、態々向こうから顔を出しに来るとは思わなかったねぇ』


 帝国軍の剣や槍を逆にへし折り、大砲を踏み潰した足でゆっくりと近付いてくるラーディン。『圧殺する蹂躙者』の二つ名を冠するウォンテッドということを差し引いても、中々の威圧感を放っている。


 だが、その目に敵意は欠片もない。コボルド達に対する多少の警戒心は窺えるが、少なくとも戦う意志があってここに来た訳ではないようだ。


「……いつか、群れの皆が南の森で暮らせるようにするからね」


 私が伸ばした手に、そっと鼻先を寄せてくれるラーディン。古傷も相まってザラついた肌ではあるが、その温かさはラーディンの心の温かさのようにも思えた。

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