第622話
大騒ぎしているゴリアテを放置して、昼食を終えた私は軽く雪が降っている雪原をのんびりと歩いていた。
「雪山用のブーツ、用意してもらっててよかったぁ」
ちょっと無理を言ってしまったけど、アリアドネさんに雪山用の内側がモコモコしたブーツを頼んでいたので、今回はそれに履き替えている。
ただ、それを履いていても油断したらあっという間に冷え切ってしまいそうなくらいには、ノルドの環境はとても過酷だ。
まぁ、氷属性無効のお陰で凍傷にも何もならないんだけどね。
「にしても、この雪の中でピンピンしてるヤギって毛量凄そうだなぁ……」
今回の目的であるヤギ探しだけど、そのヤギがどんな見た目なのかまでは聞いていない。流石にこの環境でヤギがポツンと一頭でいたら、色は兎も角として目立たないわけがないからね。
ということで、凄いヤギであることだけ把握した上で、その気配が確認出来たという方向に取り敢えず進んでいる。
正直行き当たりばったりが過ぎるかなとも思ったが、色々と振り返ってみたら案外そうでもないな……ってなったので、このまま強行していくことにした。
「でも、この雪の量は予想以上だったなぁ……」
ちょっと後悔しているのは、思った以上にこのエリアの雪の量が凄まじいので、何か乗せてもらえる子を先に探しておけばよかったな、というもの。
私の友人帳の効果があるので、現地に行けば乗せてくれる子と出会えると思っていたのだが……
流石にこの雪深い大地だと、そもそも生き物の影が殆ど見当たらない。擬態とかしていたら別だけど、正直見積もりが甘かったと思う。
「今度はユーリ達とここで雪合戦でもしようかな……」
まぁ、反省や後悔をしたところで状況が変わるわけでもないし、取り敢えずのんびりと進むことにしよう。
そう思って雪をかき分け進んでいると、モソモソと雪の中から姿を現す真っ白いクモとばっちり目が合う。
「えっと、こんにちは?」
私が挨拶をすると、それに応えるようにシュバッ! と氷のような水色の爪を挙げてくれる白いクモ。
このクモはホワイトクロースパイダーという名前のモンスターで、真っ白い体と水色の爪が特徴的な子であるらしい。
糸を出したりはせず、雪や地面を掘って巣穴を作り、そこで卵を産んだり子育てをする。ジグモっていうのかな? そういうクモに近いようだ。
見た目は普通のハエトリグモだが、二対の前脚は長くてかなり青い。一応他の脚も先っちょは水色なので青くなっているが、武器であるその二本は特に綺麗な水色をしている。
ホワイトクロースパイダーは狩りの為の巣を作らないが、その分長時間待ち伏せ出来る我慢強さがあり、雪の中に紛れた姿は視認不可と言っても過言ではない。
そうして獲物の目を欺き、雪の中を掘り進めたりしながら背後を取ると、そのまま一気に飛び出して青い爪で獲物の後頭部を貫き、一撃で仕留めるのだ。
「丁度良かった。この近くで見慣れないヤギとか見てないかな?」
私の質問に少し悩んだ様子を見せたホワイトクロースパイダー。ちょっと考えた後、積もった雪を軽く掬っては宙に投げ、何かをアピールしている。
すると、ワサワサワラワラと集まってくるホワイトクロースパイダー達。どうやら、目撃情報が無いか確認するために、態々雪を飛ばして仲間を集めてくれたらしい。
「あ、向こうの方にいたの?」
数にして大体三十から四十匹。それだけ居れば、一匹くらい目撃情報を持っている子がいてもおかしくはない。
ちょっと小柄なホワイトクロースパイダーが、爪を振ってどの方向にいたのか、全身を使いながらアピールしてくれる。
「よし。それじゃ、向こうまで頑張って進もっか」
奥の方に向かうに連れて雪の量も増しているようなのだが、指し示してくれた方向が奥地寄りなので仕方がないだろう。
ただ、そんな私を見たホワイトクロースパイダー達は、一斉にその方向に向かって雪を掘り出して除雪を始め、完全にではないが私が通れるだけの道を作り始めてくれた。
「みんな、あんまり無理しなくていいからね?」
ザクザクと頑張って除雪してくれるのは有り難いけど、この雪の量で明らかに遠い奥の方まで道を作るのは大変過ぎる。
と、そんな姿を見ていたのか、ほんの僅かに雪を被って白くなっている、灰色の羽毛に覆われた恐竜がノッシノッシと雪を踏みつけながら現れる。
「あ、背中に乗せてくれるの? ありがとね」
私の近くに寄ってきて伏せてくれたこの子はユウティラヌス。寒冷地に適応したのか羽毛で覆われているティラノサウルスみたいな恐竜で、この雪原に於ける生態系の頂点であるらしい。
その強さは正しく暴君。灰色の羽毛は雪に紛れて目視し難いのもあり、接近されれば逃げる間もなくその牙で命を噛み砕かれることになる。
尤も、今はアマネを乗せて深い雪を踏み抜き突き進む優秀なタクシーとなっている。アマネがいる以上襲撃されることはほぼほぼ無いが、仮に有ったとしても周りにはホワイトクロースパイダーが潜んでいるのだ。
ユウティラヌス自体も強いモンスターである以上、アマネが攻撃を受けて死ぬことはまず起こり得ないだろう。
「あ、やっぱり目立つよね、これ」
ただ、雪を吹き飛ばしながら突き進んでいるようなものでもあるので、私とユウティラヌスは非常に目立って仕方が無い。
なんだなんだと他のユウティラヌスもこっちに近寄ってきているみたいだし、まだ出会ってなかった見知らぬ子達もどんどん集まってきている。
初見なのはノースハウンドというブルドッグと、キングマンモスという大きなマンモスだ。どちらもこちらに向かって群れで来ていた。
ノースハウンドは全身真っ白なブルドッグで、その体格はブルドッグというよりグレートデーン。この雪原で狩りを行うかなり強い野生の猟犬であるようだ。
白い体は目視し難く、群れで獲物を囲むのも大した苦労はない。ここに生息する主な獲物が大型ばかりだが、まぁ強い種であるのでそこはどうにでもなるらしい。
何十匹と集まって逸れたキングマンモスやユウティラヌスを狩るようだが、プレイヤーが来たら多分そっちが主な獲物になると思う。小さくて狩りやすいだろうからね。
そんな彼らの獲物に含まれているキングマンモスだが、こちらも強さで言えば生態系の頂点とは言わずとも、トップクラスの領域に入る強いモンスターだ。
大きな体にはそれに見合った長く大きな牙が生えており、振り回せばそれだけでノースハウンドを小石を蹴るように吹き飛ばすことが出来る。
更にその踏みつけ。大地を揺らす重い一撃は片足だけでも強力で、両足で踏み付ければユウティラヌスも一撃で仕留めることが出来るのだ。
また、大きな群れを形成して身を守るという生態も、彼らが生態系の上位に食い込む一因であると言えるだろう。
「……あ、なんか見えてきた」
いつもの流れであっという間に大所帯になってしまったが、どうやら目的の何かが見えてきた様子。
しかし、遠目から見てもなんか大きいように見えるのは気の所為……じゃ、ないような気がする。
「いや、デッカ……」
そこにいたのは、恐らくトールの言っていたヤギとはまた別の子だ。いや、よく見たら足元にヤギっぽい子がいるし、関係者ではあるのかもしれない。
今回の目的のヤギはヘイズルーンというのだが、何でも山羊乳ではなく蜜酒が絞れるというとんでもなヤギなのだ。
一応戦えないわけではないらしく、敵が来ると二本の角で思いっきりどつき回して追い払うらしい。
ただ、その見た目は明らかに普通のヤギ。シロイワヤギは割とモコモコした見た目だったと思うけど、ヘイズルーンは何処からどう見ても日本でも見掛けられる家畜……
いや、違う!? アレ、縮尺がおかしくて短毛に見えるだけで、よく見たら結構フサフサしてる!
「えっと、その子を保護してくれていたの?」
縮尺がおかしくなっていたのは、ヘイズルーンを暖めているように見える大きなウシがいたからだ。
そのウシの名前はアウズンブラ。ノルドに於ける原初の神を育てたとされる雌牛で、ラグナロクの混乱の際に行方不明となっていた神獣的な凄いウシらしい。
ある意味ヘイズルーンより貴重というか、既に死んだものだと思われていたので、殆ど情報とか貰ってなかった。
「取り敢えず、このまま一緒に行こっか」
ヘイズルーンとアウズンブラは、私の言葉に一鳴きして頷いてくれた。
――後々、アウズンブラのチーズやヘイズルーンの蜜酒がウチに届くようになったのだが、消費するのに困るので大量に送らないで欲しい、というのは贅沢な要求だろうか?
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